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133.荒野のオアシス

 ガタガタと音を立てつつ、カシャが荷馬車を引いていく。

 それは以前、エルフの技術者であるジェニーが作ってくれたキャンピングカーだった。


 その中には今、僕とハナ、そして魔族のリッターが乗車していた。

 リッターが窓から外の荒野を眺めつつ口を開く。


「これは……凄いな。こんな馬車が量産されれば、我が国などあっという間に呑み込まれてしまうだろう……っと、今のは失言でした。聞かなかったことにしてください」


「あはは、大丈夫ですよ。僕は物覚えが良い方ではないんで」


 僕は笑いながらそう答えた。



 今、僕たちはリッターの案内で魔族の国へと向かっていた。

 魔族からの同盟の申し出に王都へと使いを出したところ、アルマ姫が手を上げて同盟について話を進めることになったらしい。

 そのため、近々王都からロージナを経由して魔族の国の都市――グリーフへと向かっている。


 僕は引き続き外の景色を眺めるリッターと話を続ける。


「それにカシャはああ見えて、生き物や精霊に近いんです。だから量産もできないし、似たような貨物装置は検討中ですがそれには鉄の道を敷く必要があります」


 ジェニーが構想していた東の港町との鉄道について思い起こす。

 結局アレも大量に生産するには技術力が必要なので、量産には至っていなかった。


 それを聞いたリッターは腕を組んで思い悩む表情を浮かべる。


「……しかしそうなると、我々の間の交易にはやはり距離という問題が付きまといますね。世界の荒廃によってもたらされたこの荒野はとんでもなく広い」


 リッターはそう言うと、自分たちの置かれた状況に対して説明を始めた。


「我々の国では今、荒廃の影響を受けて食料不足に陥っています。国民の多くが慢性的な栄養失調だ。それ故に、元来『弱肉強食』で成り立っていた国の体制が維持できず、我が国は転換期に立たされたのです。……協調の時代へと」


 彼は僕の目を見つめた。

 すでに魔族との戦争は前世代の物ではある。

 人族としても、無闇な争いは望んでいない。


 僕は頷く。


「僕たちも平和を望んでいます。恥ずかしながらこっちの国でも先日王都でごたごたがあったばかりで、国としての体制がしっかりしてるなんて言えない状態です。きっと同盟は上手くいきますよ」


「そう言っていただけるとありがたい。……とはいえ、無事同盟を取り付けたところで問題は残ります」


 リッターは笑いながら、キャンピングカーの中を見回す。


「この特殊な車を使えば、遅くとも二、三日あればグリーフまで着くことでしょう。ですが普通の荷馬車ではそうはいかない。一週間はかかるはずだ。……そうなると、避けられない問題に直面します」


 彼は人差し指を立てる。


「『輸送限界』です」


「輸送限界……?」


 僕がオウム返しに聞き返すと、彼は頷いた。


「はい。馬車には必ず『乗員』と『馬』が必要になります。そしてそれぞれが食事や水を必要とするし、馬は我々の十倍は食べます。……なので一週間で荷馬車が運べる量としては、自分たちで消費する分だけで精一杯となり、満足な量を輸送することは不可能なんです」


 運び手の食料が必要になるので、それ以上の積み荷を乗せることができない……ということだ。

 つまり単純にこちらから食料を輸送することはできない。

 それは明日食べる物にも困っている彼の国では、切迫した問題である。


 リッターが口を開く。


「我々は金鉱山や銀鉱山といったものもいくつか所有しているので、人族への対価として払えるものはあります。……ですが肝心の、食料を輸送してもらうための手段が存在しない」


 ロージナから鉄の道を作ることも、ロージナと魔族の都市との間に中継都市を作ることも、長い時間がかかる。

 それを解決するには――。


「きっと、なんとかなりますよ」


 僕は笑ってみせる。

 ……もちろんそれに確証はない。

 とはいえ、気持ちまで暗くなっては解決するものも解決しないだろう。


「知恵と勇気と……あとはちょっとした裏技を使えば」


 そう言って苦笑した僕に、リッターは訝しげな表情を浮かべた。



 ☆ ☆ ☆



「荒野の中にいくつかオアシスはありますが、交易拠点として使うならここでしょうね」


 リッターがそう言って案内したのは、小さな湖のほとりだった。

 周囲には緑が生い茂り、そこに生態系を作っている。


 僕たちはカシャから降りて、芝生を踏みしめる。


「ここは水があるんだね」


「ええ。ただし生活できるほど大量に水があるわけではないですし、食料もほとんどありません」


 周囲を見渡してみるが、果実などはなさそうだった。

 とはいえ水の補給ができるのはありがたい。

 交易をする場合はその分積み荷を増やせる。


 リッターは周囲を探るように辺りへ視線を向けた。


「それに水場があるということは、それだけ水を狙う獣も寄りつきやすく――」


 そしておもむろに手を上げると、茂みへ向かって指差した。


「――『ウィンドカッター』!」


 風の刃が向かい、草を刈る。

 そして同時に、その中にいた生物が切り刻まれて倒れた。


「……サソリ?」


「はい。イビルスコーピオンと呼ばれる大型の肉食獣です」


 見れば人間より少し小さなサイズの巨大なサソリが、そこに身を伏せていたようだった。


「こうやって水場に近付いた獲物を狙っていたのでしょう。尾にある毒針は猛毒で、トロールすらも一撃で倒すとか」


 そう言いながら、リッターはサソリに近付いた。


「……せっかくなので食べますか」


「た、食べるの? サソリを……!?」


「ええ。尾の先は毒がありますが、そこを切り落とせば食べられます。『食べることが可能』というだけで、我々も好んで食べるわけではありませんが……。あと少し硬いので、口の中を切らないように気を付けた方がいいですね」


 彼はそう言いながら、サソリの死体を持ち上げる。

 その顔と目が合った気がした。


「……ハナ」


 僕は彼女に小さな声で話しかける。

 護衛として着いて行くと聞かなかったハナだが、僕の話しかけられると彼女は眉間にしわを寄せた。


「……(あるじ)(さま)。何をおっしゃりたいかはわかりますが、わたしには少し荷が重い気がしています」


「でもハナ、彼はどうやら生で食べようとしているぞ」


「それは良くないですね。自然の中にいる以上、どんな寄生虫がいるかわかりませんし。火は通した方が良いですし、それに味も多少は良くなるかと思います」


「ああ。僕もそう思う。これはある意味、僕のピンチなのではないだろうか。だとしたらハナ、護衛であるキミが活躍する場面と言える」


「……本気で言ってます? それはその……わたしにアレを何とかしろと言うことですよね?」


「僕も手伝うから」


「……こちらの世界に来てから一番のピンチかもしれません」


 心底嫌そうな声色のハナを横に、僕はリッターへ声をかけた。


「それを使って料理したいんだけど、いいかな?」


「料理……? これを……?」


 リッターもまた訝しげな顔をする。


「たしかにまあ、素揚げにすると食べやすいという話は聞いたことはありますが……。非常食……というよりも荒野で迷い、食うに困って食すという場合が多いので、そこまで凝ったことをする例はあまり聞いたことがないです」


 彼は僕たちの顔を交互に見た。


「べつに無理して食さなくても大丈夫ですよ? 我々とお二人では牙の構造も違いますし、わたしも『食料となる物を無駄にするのは同胞に申し訳ないので食べる』という意味合いが強いですし……。ですが」


 リッターはチラリと期待のこもった眼差しを僕らに向けた。


「もしもロージナで食した物と同じ水準の味を期待できるなら……是非ともお願いしたいところです」


 その言葉に、ハナは覚悟を決めたように頷いた。


「……わかりました。やってみます」


 ハナは少しためらいながらも、巨大サソリを彼から受け取った。


「美味しくなくても、怒らないでくださいね……」


「ええ、もちろんですとも」


 自信なさげなハナに、リッターは苦笑した。




 ☆ ☆ ☆



「まずは尾の先を切り落とします。……てやっ!」


 掛け声一つ、ハナはサソリの尾を切り落とす。


「あとは……うーん。内臓は食べられるかわからないので、外しておくことにしましょう」


 同じ要領でハナは胴体から殻を外して、内臓を捨てていく。


「そして残りは……アレ、これは」


 ハナはサソリの尾の断面から、黒い糸のような物を引っ張り出した。

 リッターはそれを見て口を開く。


「おそらく、尾毒に繋がる分泌(せん)のようなものではないだろうか」


「なるほど……。見た目はこれ、完全に海老の背わたですね……ふむ」


 ハナはそれをサソリの体から引き抜きながら、考えるような素振りを見せた。

 その間に、僕はカシャと一緒にお湯を沸かした大鍋を持ってくる。


「ハナ、お湯が沸いたよ」


「はい。ではこれをざっぱーん!」


 ハナは口ではそう言いながらも、そっとサソリの肉を殻ごと鍋の中へ沈み込ませた。

 カシャの出す炎がさらに鍋を加熱して、ぐつぐつ煮立てる。


 サソリの殻が赤色を帯びてきて、周囲に良い匂いが広がった。


「……エビの匂いだ」

「エビですね……」


 僕とハナは鍋の中から香り立つその匂いに困惑する。

 目の前にあるのはエビではサソリなので、頭がおかしくなったような気にすらなった。


 10分ほど十分中まで火が通るように煮立て、サソリをお湯から(すく)いあげる。

 ほかほかのエビを車から出したまな板の上に置き、少しばかり熱が取れるのを待った。


「……あ、簡単に剥がれますね」


 火を通したことで身が収縮したのだろう、プリプリなサソリの肉が殻から取り外される。

 硬い殻は捨てつつ、ハナは包丁を持った。


「これを一口サイズに切り分けて……」


 巨大サソリなので身は十分に大きい。

 切ったそれを、今度はフライパンへと入れた。


「これに固形脂と塩と砂糖、刻んだたまねぎと桃色茄子で作ったケチャップを入れて炒めれば……」


 ジュー、という肉が焼ける音と共に、芳ばしい匂いが辺りに広がった。

 そしてそれを、三人分の皿に取り分ける。


「サソリの肉を作ったエビチリ……もとい、『サソチリ』の完成です!」

「わー……」


 半ばヤケになりながら完成を宣言する。

 危ない場所は取り除いたのでお腹を壊すことはないだろうけど、感動半分恐怖半分というのが正直な感想だった。

 リッターがそれに満足げに頷く。


「とても良い匂いだ……これは美味そうだぞ」


「ではどうぞお先に!」


「どうぞどうぞ!」


「え、あ、はい……」


 僕とハナの言葉に従って、リッターがフォークを手に取る。

 一欠を刺して、口へと運んだ。

 ゆっくりと咀嚼して、そして天を仰いだ。


「……()()……」


「本当ですか!?」


 ハナが尋ねると、リッターはうんうんと頷く。


「ぷりぷりな身に、甘さとしょっぱさと酸味が絡まっていて実に美味い……。これを国に持ち帰って『サソリは食料!』と宣言すれば、次の日には荒野がサソリ狩りを目的としたハンターで溢れかえることになるだろうな……」


「そんなに!?」


 僕は驚きつつ、それを口にした。


「……エビだこれ!」


 驚く僕の横で、舌の上でハナは転がすようにもごもごと味わう。


「……若干素材に泥臭さは感じないでもないですが、気にならないレベルですね。ニンニクとかオリーブオイルで炒めればもっと臭みが消えるかも……」


 それを聞いたリッターが「ううむ」と唸る。


「イビルスコーピオすらもこんな美味な食材に変えてしまうとは……やはりあなた方を連れて来て正解でした」


 リッターは僕たちを見て、手を差し出す。


「改めて、我々にその力と知恵を貸していただきたい。もちろんできる限りの対価は支払います」


「……ええ。とりあえずは平和と信頼を」


「うむ。敵対者ではなく、良き隣人となれるよう期待しています」


 そうして僕たちは握手を交わす。

 その手は力強く優しいものだった。


 きっと彼らと力を合わせれば、これまでの戦争の歴史を変えられることだろう。

 悪化する環境もあれば、良化する関係もあるということだと思う。

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