第5話 フィールドの支配者
スカイカップは滞りなく進み、残すは決勝のみとなった。
この大会の最後を飾る試合なだけに観客の期待も今まで以上に高まっている。
中でも一際観客達の注目を集めているのが影山だ。
全国大会に何度も出場している実力者で、この大会に出て来ると報じられた時点で既に多くのマスコミが駆け付けている。
「俺達も、いよいよあの影山さんと戦えるんだな」
ヨルが感慨深げに呟いた。
ヨルはセイカも今頃喜んでいると思ったがセイカは何故かボーッとしていた。
「どうした? あの影山さんと戦えるんだぞ?」
「いや、その……何か、集中出来なくてさ」
セイカは落ち着かぬ様子だった。
開会前、何者かの気配を感じてからずっと強い圧迫感を受けていた。
「…………」
冷や汗を拭い、セイカは決勝に向けて精神統一を始めた。
『さぁ、いよいよスカイカップ決勝戦が始まります。会場は凄い熱気に包まれてますね』
アナウンサーが解説のチェールに尋ねる。
「はい、やはり多くの人が影山選手に注目しているのでしょう」
「では選手の入場です。まずは橘ヨル選手の入場です」
アナウンスと共にヨルが出て来て、観客が拍手で讃える。
「ヨル選手の機体はカーネル。その正確な操作で今まで勝ち上がって来ました」
チェールがヨルの解説をし、続いてアナウンサーが次の選手の紹介を始める。
「続いては暦セイカ選手です」
「セイカ選手は中々豪快なファイトを繰り広げていますね。一回戦以外の試合は全て彼女の三機同時撃破で幕を降ろしています」
セイカも会場に現れ、中央に設置されたGキューブに向かっていく。
「そして今大会最も注目を集める選手、影山選手です!」
アナウンスが始まり、影山が会場に姿を現した瞬間に会場がワッと沸き上がった。
影山は髪型をオールバックにしたサングラスを掛けた細身の男だ。
階段を上り、壇上に昇ると心の中で溜息を吐いた。
(おいおい、決勝なのに二人もガキがいるのかよ)
ヨルは影山を目の当たりにして緊張していたが、セイカは怪訝な顔をして影山を見つめていた。
てっきりあの時感じた気配は影山のものだと思っていただけに、影山からあの圧迫感をカケラも感じないことにセイカは驚いていた。
(じゃあ、あの感覚は勘違い……?)
「最後に登場するのは、これまでギリギリの戦いで切り抜けて来た、天海レイン選手!」
セイカ達三人は最後の一人が出て来る通路を見つめた。
「ん?」
通路から、セイカと同じ背丈の小さな女の子がひょこっと顔を出した。
「「「はぁ?」」」
三人が呆然としている中、レインはトテトテと小走りでGキューブに近付き、ピョンピョンと階段を登った。
レインは薄紫色の長髪と頭に付けたウサギの耳のような青いリボンを揺らしてニコッと笑った。
(おいおい、勘弁してくれよ)
影山は子供だらけなこの状況に辟易し、ヨルはただ唖然としていた。
セイカも、唖然として戸惑っていた。
(コイツからもあの圧迫感は感じない、じゃあ、あれは一体……?)
「さぁ、スカイカップ決勝戦……スタートです!」
アナウンサーの合図と同時に四人がそれぞれの機体をジオラマに向かわせた。
「ウルフォース!」
「カーネル!」
「コスモギャラクシー!」
「ジ・オーシャン!」
四体のカスタムソルジャーが四角の形に陣取り、互いの動きを見合った。
今回のフィールドは海岸ジオラマ。海岸沿いの浜辺と崩れた建物があるフィールドだ。
ウルフォースは灰色の装甲をした狼のような機体だ。
そして、その見た目通りの素早さでジ・オーシャンに襲いかかる。
ジ・オーシャンはウルフォースの爪による引っ掻きを喰らい、吹っ飛んだ。
「くっ!」
カーネルがスナイパーライフルをソードに展開してウルフォースに斬りかかった。
ウルフォースは巧みにビームソードをかわし、反撃にカーネルを切り裂く。
「……」
続いてセイカのコスモギャラクシーがウルフォースに挑む。
またウルフォースは振り下ろされるビームブーメランをかわし続ける。
しかし、徐々にかわすのが辛くなったのか、かわさずに腕でブーメランを弾くようになる。
そこへ、距離を取ったコスモギャラクシーがブーメランを投げつけた。
それも何とか弾き返すも、コスモギャラクシーはすかさず弾かれたビームブーメランを掴むと思いっきり振り下ろした。
これは流石に避けることは出来ず、左肩に直撃してしまう。
「くそっ」
影山は舌打ちをして狙いをコスモギャラクシーに絞った。
戦い始めた二機を、カーネルはスナイパーライフルで遠くから狙撃し始めた。
「凄い試合だね……」
カジオはレベルの高いこの試合に見入っていた。
それはアムとマルゴイも同じだが、二人はある事が引っかかっていた。
隣にいるエクレールが先ほど言っていたことだ。
アムは思い切ってエクレールに尋ねてみた。
「あの、もしかしてエクレールさんがこの大会に誘ったのって、セイカちゃんですか?」
それを聞いて、エクレールは首を横に振った。
「いいえ、セイカちゃんではないわ」
なら、エクレールが気に掛けている子とは……
アムとマルゴイは再び試合に集中した。
「オラァ!!」
ウルフォースは怒涛の勢いでコスモギャラクシーを攻める。
コスモギャラクシーもブーメランを分割し、両手で逆手持ちの剣のようにしてウルフォースの爪と同等に渡り合う。
しかし、力負けして尻餅をついて倒れてしまった。
「貰った!」
ウルフォースは倒れたコスモギャラクシーに飛びかかる。
すると、コスモギャラクシーは両手に持ったブーメランを扇風機の様にグルグル回転させた。そしてそのまま両手からビームを発射する。
すると、螺旋を描くようなビームが二つ放たれ、ウルフォースを弾き飛ばした。
そんな二体を、カーネルのスナイパーライフルが襲った。
一進一退の攻防がこのフィールドで繰り広げられていた。
「骨折り損の茶番」
突然、ファイト中にある人物がそんなことを呟いた。
いきなりのことに、セイカとヨル、そして影山はその人物を見た。
さっきつぶやいたのは……レインだった。
「あの女に言われてわざわざ参加してみたが……まさか、決勝まで来てこんな児戯を見せられるとは思わなかったよ」
「何だと!!」
影山は激怒した。
何もしていないくせにこんな生意気なことを言うレインが気に食わなかった。
そんな中、セイカはある異変を感じとっていた。
先程まで雲一つない晴天だったのに、いきなり暗雲が立ちこみ始めたのだ。
そう、レインが喋り出したその瞬間から。
セイカは慌てて視線をレインに向ける。
その瞬間、とてつもない力がレインから放たれ、レインの髪が強風にあったようにして暴れまわる。
「そろそろ、お開きにしようか」
(やっぱり、コイツが……)
次の瞬間、レインの瞳が虹色に輝いたのをセイカは見逃さなかった。
そして、いよいよジ・オーシャンが動き始めた。
ジ・オーシャン。
海賊のような格好をしているように見えるが、その黒いマントと赤い瞳は吸血鬼を思わせるようでもあった。
レインはニッと口元を歪ませた。
ジ・オーシャンは腰に取り付けてあった取っ手を掴み、右手で握った。
次の瞬間、ビームが取っ手から放出され、それは錨の形状をとった。
ビームハンマーを構えて、ジ・オーシャンはウルフォースに襲いかかる。
ビームハンマーは重い装備のため動きが鈍くなるのだが、ジ・オーシャンは素早い動きでウルフォースを圧倒する。
重い攻撃が何度も叩き込まれ、装甲がひび割れていく。
ウルフォースは何とか一矢報いようと攻めに転じるも、全ての攻撃が軽くかわされてしまう。
「何だよ、何だよこいつ!?」
影山は圧倒的な実力差に恐怖した。自分には全国に出るだけの実力がある。
そのプライドは、小さな女の子一人に粉々に砕かれた。
ビームハンマーの一撃がウルフォースの足を砕き、転倒させる。
ウルフォースはガードするも、その両手ごと頭を粉砕され、ウルフォースはダウンフェイズを迎えた。
「な、なんと!あの影山選手がはやくも脱落!これは予想外の事態です!!」
アナウンサーが驚愕しながら実況する。
観客の間にも動揺が走る。
ジ・オーシャンはカーネルを視界に捉えた。
「次はお前だ」
「ちっ」
カーネルはライフルの照準をジ・オーシャンに合わせて狙撃した。
ジ・オーシャンはビームハンマーをぶん投げてビーム弾を弾かせながらカーネルを襲わせる。
カーネルはライフルをビームソードに展開してハンマーを上に弾いた。
レインは必死の行動をするヨルをせせら笑った。
次の瞬間、ジ・オーシャンの羽織っていたマントが変形し、両手に纏わりついた。そして、両手の先から高密度のエネルギーが放出される。
そのまま肘から炎をジェット噴射のようにして発進し、一気にカーネルに接近する。
今まで以上の素早い動きにカーネルは全く対応できず、あっという間に全身がボロボロになる。
そして両手から強力なビームを発射し、カーネルの両肩を消し飛ばした。そうするとマントの変形を解除し、マントを叩きつけるようにして翻した。
その瞬間、カーネルによって上空に弾かれたビームハンマーが落ちてきた。すかさず取っ手を掴むと振り下ろし、カーネルの右腕を切り落とす。
(何だ、こいつの動き……)
ヨルはこの戦闘に違和感を感じていた。
確かにレインの操作が正確で異常なほど速いのは分かる。しかし、だからといってここまで攻撃がかわせないことなどあるのだろうか。
「くっ!」
このままやられるわけにはいかない。
一瞬の隙を突き、カーネルはジ・オーシャンの背後に回り込んだ。
何とか一撃を……
次の瞬間、ジ・オーシャンはグッと力を溜めると勢いよく背筋を伸ばした。
すると背中から無数のビームが放たれ、至近距離にいたカーネルの全身を貫いた。
カーネルの四肢がもげ、ダウンフェイズを迎えてしまう。
「……最後、だな」
「っ……」
レインはセイカを見て嘲笑い、セイカは顔をしかめる。
コスモギャラクシーとジ・オーシャンは正面から相手に向かって接近する。
ビームブーメランとビームハンマーがぶつかり合い、激しい火花を散らす。
コスモギャラクシーは何度もビームブーメランを振るうも当たらず、逆にジ・オーシャンは軽々とコスモギャラクシーの体にビームハンマーを叩き込む。
攻防の合間の一瞬でマントを変形させ、ビームを発射してコスモギャラクシーを吹っ飛ばす。
「あの子、強い……」
カジオは思わず息を飲んだ。
離れていてもレインの異常さは薄れない。
そして、マルゴイはあることに気づき、驚愕した。
「お、おい、あいつ!!」
ヨルは、目の前で起こっていることが信じられなかった。
「……目を、瞑って戦ってる」
レインは両目を閉じて操作していた。
にもかかわらず、ジ・オーシャンの動きは全く衰えていない。
何の間違いもなく、左手でPCDの操作を行っている。
セイカはそれが気に入らなかった。
自分より強い奴がいるのはワクワクする。
しかし、こんな手抜きをされるのは許せない。
「本気でやれ!特殊モード!!」
《アースモード》
コスモギャラクシーの体が輝き、性能が強化される。
それまで押されていたものの、何とか対等に渡り合う。
互いの武器がぶつかり合う音が何度も響く。
レインの右手は微かに震え、パチパチと微弱な電気を帯びていた。
天候も更に崩れ、ついに雨が降り出した。
会場にバリアが張られ、ファイトの邪魔にならないようになる。
すると、レインはいきなりPCDを回転させるようにして宙に投げた。
その瞬間目を開き、右手で思いっきりPCDを掴んだ。
レインの右手がPCDに触れた瞬間、豪音と共にレインの右腕に電流が走った。
この異様な光景にセイカとヨルは後ずさり、影山は腰を抜かした。
レインは恐れおののく者を見て、ニッと笑った。
《サブマリンモード》
ジ・オーシャンがマントを翻すと同時に眩い閃光が広がり、次の瞬間ジ・オーシャンの全身が水色に輝いた。
コスモギャラクシーのアースモードと同じ、機体の性能を飛躍的に上昇させる機能だ。
「!!」
セイカはジ・オーシャンが特殊モードを発動したことに驚く。
ジ・オーシャンはビームハンマーでコスモギャラクシーを圧倒する。
ただでさえドゥルーツの剣よりも強力なビームハンマーを立て続けに喰らい、その上サブマリンモードでスピードが何倍にも跳ね上がっているため、尋常ではない速度でコスモギャラクシーが傷ついていく。
セイカは内心酷く動揺していた。
特殊モードを使っている状態で圧倒されているから、というのもあるが、他にも原因はあった。
(避けられない。何をしても……当てられない。どうしても……)
レインの戦い方に違和感を感じたのだ。
動きを読まれているようにも思えるが、何か、あまりにもレインにとって都合のいい展開になっている気がするのだ。
レインはそんな焦るセイカを見てクスクス笑った。
「どうした?何なら今から目を閉じてやろうか?」
そう言って片目を閉じてセイカを挑発する。
セイカはもう我慢の限界だった。
「調子に乗るなぁ!」
迫り来るジ・オーシャンにビームブーメランを横に振るう。
二機が交錯し、一瞬だけ眩い閃光が広がる。
次の瞬間、ジ・オーシャンの脇腹に一筋の傷が刻まれる。
この想定外の事態にレインは驚愕する。
「何!?」
「今だ!必殺アクション!!」
スペリオルアクション《ストライクスターズ》
コスモギャラクシーの右手が輝き、ジ・オーシャンに殴りかかる。
ジ・オーシャンのビームハンマーに弾き返されるも、ハンマーに触れたことで次の段階へ進む。
「行けっ!本命!!」
スペリオルアクション《ノヴァ・ストライク》
コスモギャラクシーの前に二つのビームブーメランがクロスして現れ、コスモギャラクシーはそれに拳を叩きつけて突き進んだ。
彗星のような光を纏ってジ・オーシャン目掛けて一直線に進む。
ジ・オーシャンはビームブーメランを盾にして防ぐも、止めきれず後ろへと押し出される。
その先には大きな柱がそびえ立っていた。
「あれにぶつける気か!」
ヨルはセイカの狙いを読んだ。
柱にジ・オーシャンをぶつければ必殺技との挟み撃ちになって威力も増加するはずだ。
「チッ」
レインは舌打ちすると素早くPCDを操作した。
ジ・オーシャンの体が僅かに仰向けになり、コスモギャラクシーの体が上に重なった瞬間に背中のビームを一斉に発射した。
結果、ジ・オーシャンは反転し、コスモギャラクシーは一人で柱に突っ込んでしまう。
「そんな……」
「必殺アクション!!」
セイカが反撃の手を撃つ前にレインは止めの一撃を放つ。
スペリオルアクション《ブラッディ・パイレーツ》
ジ・オーシャンの瞳が赤く輝き、マントをはためかせる。
その背景には、ネオンで煌びやかに輝く血塗られた海賊船が浮かんでいた。
両手を広げ、足元から物凄い勢いで渦潮が広がる。
コスモギャラクシーの足が水に漬かったかと思うと、その体は足元から突然現れた渦潮に包まれた。
渦に包まれ、コスモギャラクシーは身動きが取れない。
ジ・オーシャンの両手から赤く輝くビームが伸び、渦に囚われたコスモギャラクシーのもとへ飛んでいく。
コスモギャラクシーをX字に切り裂き、その跡が刻まれる。
赤い斬撃は45°ほど回転し、X字が地面に垂直になった瞬間、赤い十字架となって爆発した。
そして、地面に倒れたコスモギャラクシーの全身から光が弾け飛んだ。
「決まったー!スカイカップ優勝者は天海レイン選手。素晴らしいファイトを見せて貰いました」
アナウンサーがこのファイトの結末を告げた。
観客は歓声をあげることなく、ざわざわと動揺した声で一杯だった。
とても目の前で起こったことが現実とは思えなかった。
影山は一目散にその場を走り去っていった。
ヨルもトボトボとこの場を立ち去っていく。
レインはそんな二人には目もくれず、セイカを見つめた。
セイカはGキューズに手をついて、項垂れていた。
顔は髪に隠れて見えないが、酷くショックを受けていた。
レインは息を飲み、一筋の冷や汗を流した。
今のレインの頭の中は先ほどの出来事と目の前の少女のことで一杯だった。
ジ・オーシャンがコスモギャラクシーの一撃を受ける未来など予知していなかったし、そんな気はさらさらなかった。にもかかわらず、セイカはレインの予測を超える一撃を与えてきた。
そこで、レインはある一言を思い出した。
あの女に言われた、あの言葉を。
(そうか……こいつが)
レインはニッと顔に笑みを浮かべると、その場を立ち去っていった。
セイカは、背を向けて立ち去るレインの姿を焦点の定まらない瞳で見つめた。
今のセイカには、レインの姿は恐ろしい怪物の背中にしか見えなかった。
その少女が、今最高の高揚を覚えていることも知らずに。




