第4話 予感
会場はガヤガヤと人の話し声で賑わっていた。
いよいよスカイカップが開催されるのだ。
セイカは椅子に座ってうたた寝しながら暇を潰していた。
そこへアムとカジオが近寄り、声を掛けた。
「やあセイカちゃん。調子はどうだい?」
「ども」
セイカは返事をするものの眠そうにウトウトしていた。
一度寝てしまうと中々起きる気にならない。
「ほら、早く起きないといけないよ」
「分かってるけどさ……」
アムはよくこんな騒々しい場所で寝ていられるなぁ、と半ば呆れていた。
会場は人が行ったり来たりで少し離れれば誰が何処にいるのか分からない有様だった。
そんな中、ある一人の人物が人々に紛れて入ってきた。
「!?」
セイカは突然飛び起き、カジオの腹に頭を思い切りぶつけた。
カジオは痛みで悶絶し、腹を抱えて座り込んだ。
キョロキョロと辺りを見回すも、誰が入ってきたのか見えない。
「どうしたの?」
アムはセイカの不審な行動を不思議に思った。
さっきまで眠そうにしていたのに今でははっきりと意識がある。
「いや……」
セイカは言葉に詰まる。
何か、言葉では言い表せないプレッシャーを感じたのだ。
得体の知れない感覚がなくなるまで、セイカは周囲を警戒し続けた。
「さぁ、いよいよスカイカップが開催されます。解説のチェールさん、今回の注目すべき選手はどなたでしょうか」
放送室のアナウンサーが会場やジオラマを映し出すディスプレイを見ながら隣に座っている解説の人物に尋ねた。
解説は、黒い髪を二つに括り眼鏡を掛けた女性だった。
年齢は30歳程で、落ち着いた印象を抱かせる人柄だ。
「そうですね。この大会は参加者が多いですから、全ての選手を確認できていないんですが……やはり、しいていうなら昨年の全国大会出場経験のある影山選手でしょうか。特に、今回は珍しい四人対戦のバトルロイヤルですから……」
「やはりそうですか。他の注目選手は……」
放送室から聞こえる会話を聞きながら、観客席に座ったカジオとアムはジュースを飲んでいた。
「あ、この解説チェールさんだね」
「あの人の解説、聴きやすくていいのよね」
二人がそんな会話をしていると、カジオの隣に一人の男が現れた。
「隣、空いてるか?」
カジオとアムは男を見る。
その男は大柄で、二人の知り合いだった。
「マルゴイさん!」
「おう、久しぶりだな」
マルゴイはカジオの隣に座り、一息ついた。
カジオは隣のマルゴイに話しかけた。
「マルゴイさん、教室の方はどうですか?」
「ああ、中々楽しくやれてるよ」
マルゴイは数々の大会で優勝を飾り、それなりのファイターとして日々を過ごしていたが、数年前に現役を引退。今はカスタムソルジャーの教室で戦術コーチをしていた。
「マルゴイさん、厳しいながらも教え子をきちんと成長させてるみたいね」
「俺は、自分が人に教える才能なんて無いと思ってたんだがなぁ」
マルゴイは恥ずかしそうに頬をポリポリ掻いた。
「それでは第一試合、スタートです!」
アナウンサーの合図と共に、第一試合の選手達が一斉に自分の機体をフィールドに向かわせた。
セイカも、ファイトを始めた。
「コスモギャラクシー!」
「行け、シグマ!」
「それっドゥルーツ!」
「それっドゥルーツ!」
四体のマシンがフィールドに降り立った。
セイカの戦うフィールドは岩盤ジオラマ。フィールドの至る所が岩で出来たフィールドだ。
セイカは自分の対戦相手の顔を見回した。
一人はあまり特徴のないサラリーマン。
残る二人は、双子の男達だった。
セイカは知る由もないがこの双子、名前をネジスケとパナスケという。
セイカはあの時感じた悪寒の原因がいないことを確信すると、一先ず安堵した。
そして、戦闘が始まった。
セイカが向かったのはネジスケのドゥルーツ。
パナスケのドゥルーツはシグマと交戦する。
「行くぞー」
ネジスケのドゥルーツがショートソードをコスモギャラクシーに振るう。
コスモギャラクシーは斬撃を何回かかわすとビームブーメランでドゥルーツを弾き飛ばした。
更に追い討ちを掛けるも、ドゥルーツは左手に持っていたシールドでガードする。
「甘い!」
コスモギャラクシーは思い切りブーメランをシールドに叩きつけ、ドゥルーツのバランスを崩れさせる。
そこへすかさず飛び回し蹴りを叩き込み、ドュルーツを蹴り飛ばした。
一方、パナスケのドゥルーツはシグマを追い込んでいた。
「必殺アクション!」
スペリオルアクション《フラッシュショット》
ドゥルーツの持っているピストルから光の光弾が数発放たれ、シグマに命中した。
シグマはダウンフェイズになり、失格となってしまった。
「今行くぞ、ネジスケ!」
パナスケはネジスケに加勢し、コスモギャラクシーに襲いかかった。
パナスケのドゥルーツはピストルで狙撃し、ネジスケのドゥルーツは剣で斬りかかる。
銃弾で怯んだ隙に剣を受け、コスモギャラクシーのダメージが畜積していく。
「あわわ、セイカちゃんピンチだよ」
観客席でセイカの様子をモニターで観戦していたカジオは慌て出す。
アムはそんなカジオを見て呆れた。
「あのね、あの子があの程度で終わるわけないでしょ」
「どうでもいいが、お前らあの双子に触れてやれよ」
マルゴイは知り合いが出ているにも関わらず全く反応のない二人に思わず突っ込んだ。
「これで決めるよ、必殺アクション!」
スペリオルアクション《スラッシュラッシュ》
ネジスケのドゥルーツのショートソードが輝き、力が溜まっていく。
この技を喰らえば一溜りもない。しかし、セイカは落ち着いてPCDを操作する。
「特殊モード!!」
《アースモード》
PCDから電子音声が流れ、次の瞬間、コスモギャラクシーの体が黄土色の輝きを放ち始めた。
コスモギャラクシーは左手で拳を握り、バチバチとエネルギーを弾けさせる。そして、思い切り左手を振りかざすとモードの切り替えが完了。
コスモギャラクシーはアースモードとなった。
「な、何だ?」
パナスケは突然の事態に驚く。
しかし、後には引けないネジスケはそのままコスモギャラクシーに斬りかかった。
腹を括ったパナスケも、コスモギャラクシーの背後からの援護射撃を再開する。
ドゥルーツの嵐のような怒涛の斬撃を、コスモギャラクシーで腕で弾いて受け流していく。
通常、このようなことをすれば機体の装甲が持たないはずだが、コスモギャラクシーはピンピンしている。
「そんな攻撃じゃ、今のコスモギャラクシーには傷一つ付けられないぜ」
セイカの言う通り、コスモギャラクシーは今のドゥルーツの斬撃や狙撃では傷一つ負っていない。
コスモギャラクシーはドゥルーツに頭突きをかまし、怯んだ所をブーメランでぶっ飛ばした。
そして、距離を取って狙撃するドゥルーツに標的を定めた。
(落ち着け、あいつの期待はブーメランを投げる以外に遠距離攻撃の手段がない。落ち着いて距離を取ればあの何とかモードとやらも切れるはず)
パナスケはそう考えた。
しかし、そんなパナスケの予想とは裏腹にコスモギャラクシーはブーメランを何故か背中にしまった。
コスモギャラクシーは両手を合わせてから、ゆっくりと離す。
そして、突然両手を前に突き出した。すると、ビームが放たれてドゥルーツ目掛けて直進した。
「は!?」
予想だにしない攻撃にパナスケは呆然とし、ビームが直撃する。
そして、地面に倒れたドゥルーツに向かってブーメランを投げ、命中したドゥルーツは宙に浮く。
更に、帰ってきたブーメランがドゥルーツを巻き込み、コスモギャラクシーに引き寄せる。
「必殺アクション!」
スペリオルアクション《ストライクスターズ》
コスモギャラクシーの右手に光が集まり、赤く輝く。
そして、ブーメランごと向かってくるドゥルーツを裏拳で殴り飛ばし、起き上がったドゥルーツにぶつけて二体を纏める。
「本命、行くぜ!」
スペリオルアクション《ノヴァ・ストライク》
コスモギャラクシーの前に二つのビームブーメランが重なって現れる。
二つの逆回転しているブーメランに、思いっきり拳を突き出すと彗星のように光を纏いながらドゥルーツ目掛けて突撃する。
二体のドゥルーツは爆散し、コスモギャラクシーは地面に着地した。それと同時に、アースモードの効果も切れ、コスモギャラクシーは元に戻った。
セイカは安堵の溜息を吐くと頭を下げ、ニッコリと笑顔になった。
「ありがとうございました!」
「やれやれ、ちっさいのに凄い奴だな」
マルゴイはセイカの腕に心底驚いた。
そして、気になったことをアムに尋ねる。
「あのビームだが、あれはあのモードになると使えるのか?」
「いいえ、いつでも使えたはずよ。あの子……よく自分の手の内を隠すから滅多に使わないけどね」
マルゴイはアムの返答を聞くと、考え込んだ。
一見荒っぽい戦闘スタイルに見えるが、その実緻密に考えられた戦略を備えている。
しかも、自分の手の内を簡単に明かさない用心深さまでもってある。
そして何よりも……あの、バトルが終わった時の、あの心から楽しんだ者にしか出せないあの笑顔。あれはまるで…………
「似ているな」
「ええ」
マルゴイは思わずある人物を思い出して呟いた。
その意図が分かったアムは静かに同意した。
カジオはよく分かっていないが、会話に参加しようと話を切り出した。
「でも、あの特殊モードって何なんだろうね!」
カジオのこの質問は誰にも答えられなかった。
アムもコスモギャラクシーのことはよく知らないし、マルゴイもあんなものは聞いたことが無い。
その時、何者かが突然話しかけてきた。
「特殊モード……ある特別なカスタムソルジャーしか使えない物で、機体よって得られる力は違うわ。アースモードは特に防御力の強化が色濃く現れてる」
突然話しかけてきた人物に驚き、三人はその人物を見た。
長い煌くような金髪に漆黒のドレス。年を重ねても決して衰えることのない美貌。
その姿を見た瞬間更に驚き、思わず名前を叫びそうになったが騒ぎになるため何とか堪え、改めてその人物の名をアムは呟いた。
「エ……エクレール・テロメア」
「あら、そんなに緊張しないで」
エクレールはそう言って微笑んだがそれは余りにも無理な相談だった。
確かにかつて程の威圧感はなくなっているものの、その存在感は圧倒的で、神秘的だった。
もっとも、今のアム達のように意識している者にしかその威圧感は感じられないため騒ぎにはならなくて幸いなのだが。
「そ、それで、どうして貴女が此処に?」
色々と聞きたいことはあったが、まずどうしてエクレールのような人がこの大会を観戦しに来たのか、その理由をマルゴイは尋ねた。
「ちょっと、気に掛けてる子がこの大会に出てるのよ……もっとも、私が出るように勧めたんだけどね」




