第四十五話
「お前、何やって、るんだ?」
『お兄ちゃん、旅館の遊戯施設行くからリンちゃん部屋から連れてきて! ……頑張ってね!』
と、最後の一言で人を一気に不安にさせてくれるミーニャ。
俺はそんな彼女の言葉に従って、リンが居るミーニャたちの部屋へと入ったのだが、そこにリンの姿はなかった。
リンが居そうな押し入れの中とかもしっかり探したのだが、彼女はいなかった。
では彼女はどこにいったのか。
答えは簡単である。
そして、彼女が他に行きそうな場所など一つしかない。
俺はもう一度言う。
「お前はいったいそこで……何をやっているんだ?」
場所は俺の部屋。
さらに俺の視線が向いているのは、着替え用としてミーニャに取り寄せてもらった俺の私服のうち、旅行へと持ってきた数着――その旅行用に持ってきた数着を座布団にするかのように蹲って眠るダメ狐ことリン。
しつこいようだが、あえてもう一度言う。
「お前はそこで、何をやって、いるんだぁああああああああああああああああああ!」
涎を垂れ流し、俺の服をビチョビチョにして眠るダメ狐を起こすため、今回はかなり大きな声を出す。
同時にリンへと駆けより、しゃがみこんで彼女の体を揺するのも忘れない。
「起きろ、起きるんだリン! お前はバカか!? 俺の服が壊滅してるじゃないかよ!」
「んぅみゅ」
「いいから起きろ! そしてその涎を止めろ! 起きるんだ、リン!」
こんな事をするのは俺の自己イメージとはかけ離れているし、眠っている幼女に近づいて体を揺さぶりながら絶叫するのは、どことなく変態っぽい気がするのだが、リンを起こすためならば仕方ないだろうと、俺は必至にリンに声をかけ続ける。
すると、
「んぅ……何ですか、お兄さん?」
ゆっくりと瞳を開け、眠たそうな声と眼をこちらに向ける。
俺の苦労故か、俺の覚悟故か、どちらにせよようやくリンは起きてくれたらしい。
などと安心しているのもつかの間、リンはのっそりと体を起こし、自分の頬に付いた涎と、俺の服に垂れた涎を確認……最後に俺の方を見て言う。
「お兄さん、涎まで垂らして欲情するなんて……やはり鬼畜ですね」
「…………」
うん、これは。
「お前の涎だからね!? これ全部お前の涎だからね!?」
「っ!」
尻尾と耳をピンと張りつめさせ、いつも通り俺の声に驚いてプルプル震えだすが、今回も俺は続けて言う。
そう、言おうとしたのが。
「で、ではお兄さん……お兄さんは自分の涎を舐めるためにそんなに息を荒げているんですか? どちらにせよ鬼畜です」
「…………」
眼の前には涎を垂らす幼女。
近くには興奮して息を荒げながら幼女に掴みかかる男。
元の世界なら色々と破滅していたかもしれない。と、そんな事を思いながら、俺はリンへのツッコミを再開するのだった。




