第三十五話
最悪の一日だった。
夕食を食べ終わり、今朝と同じように炬燵でヌクヌクしながら、俺は今日の悪夢について思いだす――本当に最悪だった。
「えぇ! じゃあお兄ちゃん全然ちゃんと店番できなかったの?」
返す言葉もない。
今日、俺はリゼットと揃ってクレームの雨嵐を客から頂いた。もっとも、その全てがこちらに非があるミスだったのだが。
っていうか、
「よく考えたら、全部お前のせいだろ!」
「え、なんで?」
「何でじゃない! お前が店番を何も知らない俺と、まだ仕上がってないリゼットに押し付けてどこかに行くから、ちゃんと店番できなかったんだろうが!」
「えぇ~」
「えぇ~じゃない! ちゃんと店番してほしかったら、最低限教えることくらい教えて行け!」
今日一日どこに行っていたのか、夕方ころに帰ってきたミーニャ。
俺は今日だけで溜まりにたまった言いたい事を、今ここで発散する。
「いったい何を考えて居るんだ、お前は!」
するとミーニャが唇を尖らせ、いつもより若干元気のなさそうな口調で言う。
「だってお兄ちゃんに自信つけさせようと思ったんだもん……」
「うっ」
だもんって何だよ、だもんって……それにこれ。
なんだ、この空気。
まるで一気に俺が悪くなったような感覚は。
「と、とにかくだな。もし俺のためだとしても、最低限やり方くらい教えてくれないと、余計に自信を無くすというか何というかだな……えーっと」
気まずい空気にこめかみをポリポリとかいていると、
「じゃあどうしたら自信付くの?」
「いや、自信も何も俺は自信喪失したつもりなんてないぞ」
「でも元気ないよ?」
あぁそれならば心当たりがある。
今朝まで俺は確かに元気がなかった。というより、何だかボーっと意味の分からない思考の迷路に陥って気がする。
だがそれはあくまで今朝までの事だ。
「安心しろよ、今はもう――」
「では旅行に行きましょう、お兄様!」
珍しく自らそんな提案をしてきたのは、今日散々ミスをして先ほどまでブルーになっていたリゼット。
働いている最中、特に悪いわけでもないのに、俺に向けて「申し訳ございません」と謝り倒しだった彼女は、炬燵から身を乗り出して言う。
「お兄様の旅費は全額、私が払います! ですからぜひ!」
「いや……ぜひっていうか、お前金は大丈夫なのか?」
確かリゼットは絶賛金欠中のせいで、この店で働き始めたはず。
故に俺の旅費を出す余裕なんてないはずだ。
「だいいち、どうしてお前が俺の旅費を出すんだよ?」
別にまだ行くと決めたわけではないが、俺がそう聞くと彼女は続ける。
「今日のミスは私がミーニャ様のお言葉をしっかりと活用出来なかった点にあります……それでお兄様にも迷惑をかけてしまいました。ですからそのお詫びをしたいのです! いえ、しなければ私は生きていけません!」
お、重い……。
「それにお金ならば大丈夫です! ミーニャ様から日払いでしっかりとお金を頂いているので!」
日払い。
しかもこの短い間に旅行の提案まで出来るほどにお金を?
「…………」
一体リゼットはどれほどのお金を貰い、ミーニャはどれほどのお金を与えているのだろうと、そんな疑問が頭をよぎるのだった。
「どうでしょうか?」
キラキラと瞳を輝かせて、こちらを覗き込むリゼット――非常に断りづらいし、ここまで俺の事を思ってくれているのに、悪いからとあっさり断るのもどうかと思う。
この世界の事はまだよく知らないし、旅行しがてら勉強するのもいいかもしれない――それにまだ微妙に引きずっているクビの件の気分転換にもいいかもだしな。




