第二十八話
「お兄様、ミーニャさまを連れて逃げてください!」
魔王の先兵。
その言葉を真面目なリゼットはどう受け止めたのか顔に焦りを浮かべた顔で立ちあがり、腰に吊るされた剣に手をやり身構える。
「ここは私が全力で食い止めます、その間に避難を! 町の人々を連れて脱出してください!」
「あ、えっと……リゼット?」
「早く行ってください、お兄様!」
って言われてもな。
今陥っているこの状況そのものが、リンの冗談もしくはからかいに乗ってしまったリゼットの勘違いである以上、逃げる必要はまるでない。
よって今やらなければならない事は、早急にリゼットの勘違いを訂正する事なのだが、
「逃げる? 避難? くふふ……この町にはすでに百万の軍勢によって包囲されています」
さっきまでは炬燵と一体化していた癖に、すんなりと炬燵から出てすくりと立ちあがって、尻尾をフリフリ挑発的に振りながらそんな事を言うアホ狐こと、リンが火に油を注いでくれる。
「それとそこに居るお兄さんですが、もうすでに死んでいます――今そこで動いているのは、自分が死体操作の魔法を使って操っている魔物にすぎません」
「なっ!?」
どうやら俺は死んでいたらしい。
驚愕の事実だ。
「って、そんなバカな話いくらなんでも……」
そんな話はいくらリゼットでも真面目に受け止めるわけがない。と、俺が一縷の望みをかけてリゼットを見ると、
「そ、そんな……私は……私はお兄様を守れなかった……?」
信じていらっしゃる。
まじめすぎて若干可哀想な子状態と化したリゼットは、俺を見たあとホロホロと涙を流しながら、その場にガクリと膝から崩れ落ち、呪詛でも吐くかのように虚ろな瞳で何やらボソボソ呟き始める。
うーむ、これは流石にそろそろ何とかした方がいいかもしれない――やれやれ仕方ない。俺はそう呟きそうになるのを必至に堪えながら、ゆっくりと立ちあがって二人の間に進み出る。
「くふふ……さぁお兄さん、自分の命令に従ってあの女騎士を――」
「あーはいはい、ふざけるのもそこまでにしろよ、リン。それとリゼット、こいつが言ってることは嘘だから気にするな」
俺は余計な事ばかり言ってくれる狐っ娘の頭をポンポンと優しく叩きながら続ける――なおその際、叩くたびに「あう、あう」などと言いながら耳をピコピコさせるリンがとても可愛らしい。
「こいつは確かに魔王の血族……というか魔王の実妹だけど、別にこの町を壊そうとしにきたとかじゃない。全部こいつの口から出まかせだよ」
するとさっきまで膝を付いて魂が抜けた様な表情をしていたリゼットは、まるで水を得た魚の如く顔をこちらに向ける。
「で、ではお兄様も生きて?」
心配していたのはそこかよ。
本当にリゼットは真面目と言うか、真面目すぎるというか。
「ああ、大丈夫だよ。死んでもないし操られてもいない。っていうか、俺の強さはお前が一番知ってるだろ? 俺がこんなのに負けるわけないだろうが」
「……お兄さん、酷いです」
ポムポムとボールの様に頭を軽く叩かれながら文句を言ってくるリンを無視し、とりあえずリゼットに近づきその手を掴んで立ちあがらせる。
「とにかくお前ら一回座れ、面倒くさくならないように俺が一から全部説明する」
真面目なリゼットと、基本的にずれているリンを二人だけで話させては駄目だ。もしそれをさせてしまうと、アホみたいな会話が永遠と続く。
それが今日ここで、俺が学んだ新たなる教訓だった。




