第二十六話
引きこもりであるリンを部屋の外出すことには成功した。
それだけでも思わず耳を疑ってしまいそうなほど素晴らしい事だと思うが、俺はそこからさらにもう一歩進み、屋外まで出すことにも成功したのだ。
素晴らしい。
十人に聞けば十人が。
百人に聞けば百人が。
千人に聞けば千人が――
とにかく俺は万人から同意されるほどに素晴らしい行いをしたはずだ。
なのに、なのに俺は最後の最後で決定的なミスを犯してしまった。
「……どうして、こんな」
後悔してももう遅い。
考えるべきだった――話を逸らすためにやむなくとはいえ、リンを俺の家のリビングへと連れ込んだらどうなるかを。
思いだすべきだったのだ――リビングに一体なにがあるのかを。
「あぁ~、ヌクヌクします……」
聞こえてくるのはリンの声。
リビングに入った瞬間、炬燵という魔物に食われてしまった哀れな狐っ娘。
彼女は今、炬燵が放つ圧倒的な力に屈し、ただただ怠惰という蜜を貪るだけの生きた屍と化してしまっている。
「……はぁ」
と、俺はせっかく外に出したリンが、猫よろしく炬燵から顔だけ出して丸くなっているのを見て溜息を吐く。
「何の溜息、お兄ちゃん?」
「いや、もうだめだと思って」
炬燵は想像以上に人を離さない魔力を持っているのに、ただでさえ引きこもり体質のリンが炬燵に一度捕らわれてしまえば、もう抜け出すことは不可能と言える。
「あぁ、リンちゃん?」
「うんそう、リンちゃん」
何だかんだで俺も炬燵の魔力に抗えず、ヌクヌクしていると先ほどからリンの傍で彼女の頭を優しげに撫でているミーニャが言う。
「でもリンちゃんがここまで出てくるなんて、凄い進歩だよ! お兄ちゃんの世界のことわざでほら――この一歩は小さいがなんたらってやつ、それと一緒だよ!」
「あぁ、『この一歩は小さいが、人類にとっては偉大な飛躍である』だろ?」
「そう、それだよ!」
まぁことわざではないんだけど、それをこいつに言っても仕方がないだろう。
だいいちそんなことよりも、今はどうやってリンを炬燵から引きずりだすかを考えた方がいいはずだ――一番効果的なのは、炬燵の電源を切るところだが……と、そこで重大なことに気が付く。
この炬燵はいったい何を電源として動いているのだろう。
非常に気になる。
「なぁミ――」
「さて、そろそろリゼットさんと交代の時間だから行ってくるよ」
そう言って行ってしまうミーニャ。
最悪のタイミングだ。
何せ彼女がどこかへ行った後には、答え合わせを出来ない難しい問題のみが残されたのだから。




