52話 都会最終日②
みんなで夕食を済ませた後、空港近くのホテルに向かう電車に乗る為に駅に向かう。
既に暗くなり始めた街を電光掲示板や街灯が照らす。
駅の入り口では寂しそうな表情を浮かべる三人が僕を見ていた。
「また来て良いからね」
「待ってる」
「いつでも歓迎するわよ」
まるで一生の別れのような雰囲気、僕は三人と握手していた。
でも、僕は田舎住みだからこうしてオフで会えるのは年に数回ほどだろう。
三人からしたら一生の別れと同等の感覚なのかもしれない。
「じゃあ、またね」
「気を付けるのよ!」
「また遊ぼう」
「歩ちゃんまたね〜!」
三人に手を振りながら僕は人混みに消えていく。
見えなくなるギリギリまで三人は手を振ってくれていた。
電車で行き来していたため、乗り方乗り継ぎ方はマスターしている。
残高も把握していて、目的地まではチャージしなくてよさそうだ。
(この電車からこの時間の電車に乗り継いで...)
スマホで表を見ながら、乗る電車を再確認する。
初めて都会に来た時と比べるとかなり慣れて来たと自信が持てた。
大きなキャリーケースを転がし、ホテルに向かう。
間違えることなくホテルに到着することができたが、長い時間立ちっぱなしで歩きっぱなしだったので僕の足は少し震えている。
貧弱な自分の足を懸命に動かして、ホテルに入っていく。
(おぉ...綺麗だ...!)
ネット情報だと建てられてまだ数年のホテルらしく、宿泊費も安いのに温泉も朝ご飯も付いているとかなり評判がいいホテルだ。
僕は身だしなみを整えた女性の待つカウンターへ受付をしにいく。
イベントを乗り越えた僕なら緊張せずに話せるはずだ。
「いらっしゃいませ」
「あ、あの...よ、予約していた、鷲川...です」
「はい、鷲川様ですね。確認いたしますので少々お待ちください」
頭の中では完璧に話せる計画だったのに、口が動かなかった。
まだまだ知らない人と話すには訓練が必要だと実感する。
確認が終わったのか、受付の女性はパソコンから目を離すと引き出しから部屋番号の書かれた鍵を取り出し、僕の前に置いた。
「確認が完了致しました、ごゆっくりお休み下さい」
「あ、ありがとうございます...」
鍵を受け取り、書かれてある部屋番号の部屋まで移動する。
エレベーターで上がり、廊下を歩く。
ホテル独特の静けさの中、僕の足音とキャリーケースを転がす音が響いた。
部屋に到着して扉を開ける。
中は一人部屋ということで小さめの部屋だが、逆にこの小さい部屋が落ち着く。
ベッドと机があり、僕は部屋の隅に荷物を置いた。
明日が早いので早速お風呂に向かうことにする。
成美ちゃんの家で洗濯してもらった下着とパジャマを用意し、鍵を持って部屋を出た。
タオルはホテルのものがあるようで、準備しなくて良いそうだ。
お風呂のある地下に降りてくる。
少し薄暗い廊下を歩くと温泉のような香りが漂う。
女湯の暖簾を潜ると、広い脱衣所に到着した。
早めの時間帯だからか貸切状態だ。
(久しぶりの温泉だなぁ...)
この体に生まれ変わってから行った温泉は小さい頃に家族で行った温泉以来だ。
服を畳んでロッカーに入れ、扉を開けて浴場に足を踏み入れる。
全身を包み込む温かさ、お湯が湯船に注がれる音、心が癒されるような感覚をしみじみと感じながら体を洗う。
程よい熱さのお湯で髪、体を洗い湯船に向かう。
横になりながら入れる所や、立って入る深い所、電気風呂もサウナもあり温泉好きには堪らない場所だろう。
(気持ちいい...)
自然と笑みを浮かべてしまう程心地よい温泉、このまま寝てしまいそうな感覚に包まれながら心身共に癒される。
自分としては長めの入浴時間、人も増え始め僕は体を拭いて脱衣所でパジャマを着て自販機の前に行く。
瓶に入ったコーヒー牛乳、僕は迷うことなく購入した。
口が小さいため一気に飲もうとしても三分の一ずつになってしまう。
(美味しい...)
温まった体の中に冷えたコーヒー牛乳が染み渡る。
お腹を壊しそうな感じだがこれがいいのだ...
僕は最高の温泉とコーヒー牛乳に満足して部屋に戻った。
温泉の余韻を感じながら、部屋でスマホをいじる。
だが、久しぶりに感じる異様な静けさに心が落ち着かない。
ずっと賑やかな空間にいた上に、濃厚な時間を過ごしてきたからだ。
(楽しかったな...)
まるで生きがいだったアニメが最終回を迎えた時のような何とも言えない感情に襲われる。
どの場面を思い出しても『楽しかった』、この感想が思い浮かぶ。
僕はその感情を振り払うように目を閉じて、眠りにつくのだった。
窓から差し込む日差しにアラームが鳴る前に目覚めた。
慣れないベッドというのもあってか、変に疲労感が残る。
時間は朝六時、ちょうど朝食のバイキングが始まっている時間だ。
予定では七時に起きて朝食を食べ、電車で空港に向かう予定だったが早めに行動したほうがいいだろう。
僕は着替えて朝食を食べに一階へ向かった。
(うわぁ...!)
ザ・朝食と言っていいほど、朝食の王道の料理がこれでもかと並んでいた。
僕はお盆にお皿を乗せ、その上に料理を並べていく。
僕は丸いパンにいちごジャム、ウィンナーやスクランブルエッグを朝食として食べることにした。
(いただきます)
都会で食べる最後の料理を前に両手を合わせた。




