表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/37

これは運命の出会い、真実の愛1


 パメラの人生が崩れ落ちたのは、十五歳の時、父である伯爵が騎士団に捕まった時だった。


 それまでは羽振りの良い裕福な伯爵家の一人娘として、何不自由なく暮らしていた。伯爵は亡き妻とよく似たパメラを溺愛し、蝶よ花よと亡き妻の分までといわんばかりに惜しみない愛を注ぐ。

 父親の愛に包まれてパメラの世界は輝いていた。

 自分が望めばすべてが叶えられる、ごく普通にそう思えるほど、パメラの毎日は幸せに満ちていた。


 それなのに、これは一体どうしたことだろう。


 伯爵の怒鳴る声に驚いて、二階からそっと玄関ホールを見下ろせば。

 沢山の騎士たちが押しかけ、使用人たちが悲鳴を上げ、右往左往していた。その騒動の中心には、伯爵と、そして騎士団の団長の制服を身に纏う体の大きな騎士がいる。


「お父さま?」


 二人のただならぬ様子に不安がこみ上げてくる。想像もしていなかった恐ろしさに、思わず陰に隠れてしまったほど。


「お嬢さま、こちらに」


 パメラの腕を取ったのは、侍女のケイトだ。同じぐらいの年齢なのに酷く大人びていて、パメラは勝手に姉のように思っていた。信頼できる彼女を見て、ほっと息を吐く。


「ねえ、何が起きているの?」

「旦那様が貴族たちの行方不明にかかわっていると疑われているようです」

「まあ、それ本当?」


 信じられない思いで、目を見開いた。伯爵は、社交的で人当たりの良い人物として評判だった。誰もが信頼を置く、貴族の一人。確かにそれは仮面だったかもしれない。でも疑う人間なんて、いなかったはずだ。


「この手を離せ! 私ではない! 何かの間違いだ!!」

「間違いではありませんよ。貴方の主催する社交クラブで、何人もの人間が行方不明になっているのです」

「だからと言って、私が関係しているとは限らないだろうっ!」


 必死に否定する伯爵。騎士団長はため息をついた。どう説明しようかと、逡巡していたが、部下の騎士に耳打ちされて、彼は小さく頷いた。


「では、証拠をお見せしましょう」

「証拠だと?」

「ええ。この屋敷の地下に沢山ありましたよ。沢山の被害者の遺体が」


 地下。

 そもそも地下に死体が沢山あるなど、気が付く人の方が稀だ。


「そこまでバレているのね」


 地下にある部屋は頑丈にできており、分厚い扉がすべてを遮断しているはず。立ち入る人間も同じ立場の人間である。


 パメラは思わず側に控えているケイトを見てしまった。彼女は特に動揺した様子を見せずに、唇の端を持ち上げる。その余裕の表情に、この状態は彼女たちの手によって引き起こされたのだと理解する。


「そろそろ限界でしたので。派手にやらないようご忠告しましたが、受け入れてもらえませんでした」

「そう」


 パメラはほんの少しだけ、首を傾げた。


「わたしも捕まってしまうのかしら?」

「このままだとそうなってしまいますね」

「お父さまは禁固刑?」

「何人もの貴族を殺していますから……恐らく死刑かと」


 父親が死刑となった場合、パメラも連座になる可能性があった。まだ成人前の十五歳とはいえ、この国の法律では重犯罪者の家族は連座と決められている。これが平民であったり、貴族であっても一人二人であれば、重労働が課せられるだけだったかもしれない。でも、伯爵は両手に収まらないほどの貴族たちを殺している。


「死ぬのは嫌だわ」

「では、私どもと一緒に行きますか?」

「できるの?」

「はい。その代わり、今の身分を捨てることになりますが」


 死刑から逃れるのだから、すべて失うのは仕方がない。とはいえ、今まで父親の庇護の元、傅かれた生活をしていた。失った後、まともに生活ができるものなのか。


「わたし、逃亡生活は嫌だわ」

「ご心配なく。ちゃんとパメラ様もわたし達も被害者として姿を消しますので、追われることはありません」


 淡々と答えるケイトを、パメラはじっと見つめた。


「不自由な生活は嫌よ? 貴族ではなくてもいいけど、浮浪者みたいな生活も、生きているのも辛いような生活もしたくないわ。娼婦みたいに体を売るのも嫌だし、生理的に受け付けない男の妻にもなりたくない」


 これから逃げるというのに、我儘を言った。生きるのも辛いような生活をするぐらいなら、一緒に処刑された方がまだましだという気持ちがあった。


「もちろんでございます。パメラ様は私どもにとって、とても大切なお方」

「禁呪の適合者だったかしら?」


 笑みを深くして、ケイトは頭を下げた。ちらりと階下の慌ただしい様子をもう一度見る。


「任せていいのね?」

「はい。できれば、騎士たちに大げさに助けを求めてください」


 よくわからないが、小さく頷いた。


 その瞬間。

 足元がぽっかりと穴が開き。体ががくんと下に引っ張られた。足元を見れば、枯れ木のような細長い手が足首を掴んでいる。


「ひっ……」

「きゃあああああ! お嬢さま!!」


 足首から気持ちの悪い手を引き離そうと、力が入れるが、がっちりと掴まれていて離れない。下に下にと強い力で引っ張られていく。慌ててケイトに縋りついた。そして、視線は階下にいる騎士たちの方へ向ける。


「お願い、た、助け……」

「は? こんなところに魔物?」


 魔物の手がもう一本、黒い穴から伸びてきた。その手は躊躇うことなく、茫然と見上げている騎士たちへと伸ばされた。その手を剣が斬り落とす。


「急いで二人の救助を!」


 騎士団長の怒号に、騎士たちは一斉に動き出した。


 騎士たちの足音が聞こえる。二階へ上る階段に、魔物を排出する穴が出現した。一階から二階に上がるだけの距離なのに、騎士たちは溢れ出た魔物に階下に押し戻される。突然の魔物の出現に、騎士たちは剣を引き抜いた。大量に発生した魔物は騎士たちに襲いかかる。


「くそ! なんて量だ!」


 魔物の討伐に手間取っている間に、ケイトとパメラは黒い穴に呑み込まれていった。




 伯爵家が中心となって行われていたのは、極悪非道な実験。

 地下室から出てきた死体の数は百とも二百ともいわれる。

 非道な当主は、娘も実験道具にしていた。最後の抵抗なのか、屋敷に溢れ出た魔物の餌食となる。


 魔物を屋敷の外に出すわけにもいかず、騎士たちは奮闘。

 伯爵とその娘、使用人たちが犠牲となった。騎士たちは動けなくなるほどの怪我を負った者もいたが、誰一人死ななかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ