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魔の森の魔法陣


 ウィルフレッドに連れて行かれた場所にはエドガーが待っていた。


「じゃあ、俺はここまでだ」


 ウィルフレッドはエドガーにイヴェットを預けると、戻っていった。その後姿を見送る。


 女性たちの押しにたじたじだったイヴェットに対して、ウィルフレッドは何でもないことのように流していた。それがまた、何とも言えない感情を引き起こしている。


「どうしました?」

「いえ、何でもありません」


 モヤモヤした気持ちを心の奥底に押し込めると、笑顔を見せた。だけど、エドガーは誤魔化されてくれない。にこやかに、それでいてどこか揶揄うような目を向けてくる。


「街の女性たちに、ウィルフレッドとのことで何か言われましたか?」


 まったくもってその通りだから、黙ってしまう。


「部屋に着くまでの間、少し昔話でも」


 エドガーは教会の奥に向かって歩き始める。

 街の人たちが気軽に立ち寄れる場所ではないのか、入り口にはしっかりと結界門が張ってあり、許可した者しか入れないようになっている。廊下は天井も床も壁も白く、ひっそりとしていて誰もいない。壁には等間隔に明かりの魔道具がつけられていて、日の光とは違う温かな光がともっていた。


 イヴェットは彼に従った。エドガーは辺境伯家について話し始める。


「辺境伯家は案外血筋が繋っている者が多いのです。ウィルフレッドの父親は前辺境伯で私にとっては兄です」


 辺境伯家は魔の森に近いせいか、結婚が早く、子供をたくさん作る傾向にあった。エドガーは三兄弟であるし、ダレンも従弟だ。他にも沢山の従兄弟がいるらしい。


「だからでしょうか、ウィルフレッドは少しも跡取りという立場を理解していなかった。沢山の血縁者がいて、辺境伯などという地位はやりたい人がやればいいという感覚がいつまでも抜けなかった」

「では、王都に来た理由は」

「少しでも貴族としての自覚を持ってもらいたかったからです。まあ、上手くいったとは思えませんがね」


 ウィルフレッドは国王からの紹介で顔を合わせた。初めて会った時、とても頼りになりそうな人だと感じたことを思い出す。


 葬儀の後も、よく知りもしないクリーヴズ公爵家にいて。父のジェレミーはイヴェットを拒絶していた。あの時はわからなかったが、今思えば、パメラとアリソン、二人が彼にとっての大切な家族だったからなのだろう。一緒に来てくれたカイラと二人、不安な毎日を過ごしていた。そんな時に護衛として引き合わされた。


「ウィルフレッド様が側にいてくれたから、わたくしはあの家で生きていけました」


 その気持ちがどこに向かうのか。

 このあいまいな気持ちを違う形にしようとすれば、現実が重くのしかかってくる。

 公爵家の娘であるイヴェットにはまだ婚約者がいて。家を捨てたイヴェットには次期辺境伯であるウィルフレッドとは身分が釣り合わない。


 素直な気持ちに従ってしまうのは、とてつもなく難しく思えた。


「逃げてはいけないとは言いませんが」


 エドガーは優しい笑顔を浮かべた。


「できれば、いつか向き合ってほしいと思います」

「それは」


 難しいと言葉にする前に、エドガーが遮った。


「大抵のことは強い気持ちで道が開けるものです。まずは自分の気持ちを自覚することです」

「……はい」


 そんなことを話しているうちに、廊下が終わった。突き当りには神話をモチーフとした精巧なレリーフが施された扉がある。飴色の扉は白い廊下にはとても浮いて見えた。


 エドガーは慣れた手つきで、魔法開錠を施すと、扉を大きく開けた。


「どうぞお入りください」


 部屋の中は廊下とは違って、大きな窓で光が沢山入り込んでいた。自然な光に溢れた、とても気持ちの良い空間。


「ここは?」

「秘密部屋ですね。外に出せない物が保管されています」

「……」


 外に出してはまずい物を想像して、顔が引きつった。そういう秘密は知りたくないと思うのはごく普通の人の反応だろう。帰りたいという気持ちで、カイラを見れば。


 彼女は不気味な笑みを浮かべていた。そしてあり得ない質問をぶつける。


「もしかして、エドガー様のポエムもあるのでしょうか?」


 何を聞いているのか。イヴェットが目を剥いた。カイラは好奇心で輝く目をしてエドガーに詰め寄っている。


「いいえ。私のはありませんが、ダレンの恋文はありますよ」

「ダレン様の恋文!?」


 驚きすぎて、声が出てしまった。エドガーはさっさと部屋に入り、壁の書棚に向かう。


「面白いでしょう? あの筋肉しかないような男が様々な言葉を連ねて、熱烈に愛を綴るのですよ」

「……愛の表現は人それぞれなので、いいと思うのですが、なぜこの部屋に保管しているのですか?」


 しかも、許可した人間しか入れない部屋に置いておく必要はない気がした。もし貰った彼女が手放したというのなら、本人に返してあげてもいいのではとイヴェットは不思議に思う。


「ここに来る前は、各地を転々として傭兵業をしていたのです。そんな彼に騎士団長をしてもらうために手に入れたものでして」

「えっと、恋文を手に入れることと、騎士団長になってもらうことが全く繋がらないのですが」

「本人の人を守りたいという気持ちを思い出させるために、いい脅迫……いえ、朗読させてもらいました」

「朗読。自分が書いた愛の文を朗読」


 カイラが笑いをこらえられないのか、体を震わせている。


「あの。そういうお話であれば、もう戻ってもいいですか? 今日のポーションを作っていないので」

「ああ、そうでした。本題はこちらです」


 そう言って大きなテーブルの側へと案内された。一面に広げられた紙には魔法陣の写しがある。

 大きな円の内側に、小さめの円、円と円の間には見たことがない文字の呪文が刻まれていた。そして、呪文の間には十二個の四角が描かれている。中央にも四角が書かれていた。


「もしかして、魔の森に描かれていた魔法陣ですか?」

「そうです。写せるだけ写してきたのですが、お手上げでして」


 エドガーはため息をついた。イヴェットは関わりたくないと思いつつも、ついつい魔法陣を観察してしまう。

 どこにでもあるような魔法陣であったが、使われている呪文の文字は初めて見るもの。でも、文字らしきものを追っていけば、同じものがいくつもある。恐らく同じモノを表現しているのだろう。

 規則性はそれなりにあるようだが、わかるのはそれぐらいだ。これは魔法陣を少しでも齧っている人間であればだれでも想像できることで、イヴェットが特別なわけじゃない。


「十二個の小さめの四角、この場所にはランタンのような魔道具が置かれていたそうです。そして、光ると空間が裂け、別の場所と繋がる。出てくるのは魔物です」

「真ん中にある四角は?」


 つい好奇心で聞いてしまった。


「私は見ていないのですが、腰ぐらいの高さまである柱のようなものだったそうです」

「柱?」


 エドガーは肩を竦めた。


「魔法陣にしては珍しい気もしますが。中央に術者が立つことを模倣しているのであれば、魔力の供給源だった可能性がありますね。これはロルフとも意見が一致しています」


 なるほど、と頷き、そのまま疑問の目を向けた。


「やっぱりわたくしでは役に立ちません」

「確認してもらいたいことは、こちらです」


 そう言って彼がテーブルの上にあった箱から何かを取り出した。彼が手にしているのは、イヴェットにつけられていた魔道具だ。


「魔道具のここにあるマークとあの魔法陣の端についているマーク、同じに見えませんか?」


 特徴的なマークが確かに刻まれている。鍵のようなそのマークと、それを囲う菱形は特徴的と言えば特徴的で。でも偶々かもしれないと思えるほど、ごく簡単なマーク。


 そして気が付いてしまった。同じものとした場合の様々な可能性。


「もしかして同じ人が作った魔道具?」

「そう考えています」


 イヴェットはエドガーが何を知りたいのか、理解した。


「お役に立てなくて申し訳ありません。わたくし、他の家族とは仲が悪いので……どのような付き合いでこれを手に入れたのかはわからないのです」

「少し、家の事情を伺っても?」

「ええ。話せることなら」


 魔の森の魔法陣に関係するのであれば、たとえクリーヴズ公爵家の恥だとしても答えなくてはいけないだろう。


「では、サロンへ行きましょうか。そろそろ客人も到着したころだ」

「わたくしもですか?」

「はい。そこで、少しクリーヴズ公爵家、この場合はあなたの家族になった人たちのことを教えてほしいのです」


 大したことは話せないだろうな、と思いつつ頷いた。

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