11.5 もう一つの魔導書(柚原緋波)
今回は緋波視点となります。
※11/23 11話と入れ替えを行いました
終業式の日。緋波は偶然にも、図書室へ足を運んでいた。陸上部は休みなので他の部活の友達から本の返却を依頼されたのだ。
「へー、こんな所にあったんだ」
多くの生徒達と同じく、緋波も図書室など入学してから一度も訪れたことがなかった。
図書室の扉は開いており、先客がいた。後ろを向いていたが、見慣れた後ろ姿ですぐに誰か分かった。部屋の中央にある大きな机で課題を広げているのは幼馴染の夜川柊。
部活のない午後に遊びもせず勉強とはなんて偉いんだろう。と、感心しつつ声をかけようとすると
「んーー、ふぅ」
柊がいきなり伸びをして立ち上がったので咄嗟に近くにある貸し出しカウンターの裏に隠れてしまった。
なぜ隠れるのか自分でも自身の行動が理解できなかった。隠れてしまった以上今更出て行っても変なので、柊の行動をしばらく見守ることにした。
柊は慣れた足取りで本棚の間を本を物色しながら歩き始めた。
そういえば部活がない日の放課後、柊の靴が残っているのを何度か見かけた。たまにここに通っていたのだろうか。
しばらく物色を続け、柊はファンタジーと書かれた棚から一冊の本を手に取った。
何が気になるのかしきりに本を裏返してみたり不思議そうに眺めている。
よく見るとその本は真っ白だった。そして柊がめくっているページもまた、全て真っ白で文字が並んでいるようには見えなかった。
「!」
何から何まで真っ白な本。緋波はそれに似たものを知っていた。だが緋波が知っているそれは似てはいるが全く異なる――
「我、魔の道を修め、世界の理を理解せしめんと志すものなり。我、願う。次元を越えて隔たれる彼の地へ行かんことを。そのための扉、汝が力をもって創造されたし。万物創造クリエイション」
突然、柊が何やら呪文のようなものをぶつぶつと唱えたと思うと部屋中が眩い光に包まれた。
緋波はあまりの眩しさに、目をつぶりながらカウンターの影に退避した。次に目を開けた時には光は収まっていた。
「おいおい。なんなんだこれは……」
柊が驚く声が聞こえたので再びカウンターの影から覗くと、そこには驚くべき光景が広がっていた。
白い穴、いや光の穴というべきか。四辺を縁取られた四角い穴が柊の横に突如として出現していた。
穴、と表現したが緋波にはそれが開いた扉のように見えた。
驚きはしたものの無類のファンタジーオタクだったので大丈夫!――なはずもない。
ラノベやファンタジー小説好きでこの手の展開に多少は免疫のあった柊とは違い、緋波は完全にパニックに陥っていた。
驚きの余り、言葉を出すことを口が忘れているかのようだった。
そして混乱しつつも、ようやくもう一度確認しようとして緋波が見たのは吸い込まれていく柊の姿だった。
それは柊を吸い込むと光が溢れる内側から扉が現れて――バタンッという音と共に完全に閉まってしまった。
その後、扉は下から徐々に透るようにして消えていき、最後には完全に消滅した。
「なんだったの……今の」
しばらく呆然と座り込んだ後、いつまでもそうしていたいという気持ちを押さえ込んで立ち上がった。
今の出来事の唯一の目撃者として自分が確認しなくてはならないという責任感があった。
恐る恐る柊が吸い込まれた場所に近づく。
そこは先程の出来事が嘘のように、至って普通だった。
分かることといえば柊が手にしていた――そしてこの事件の鍵を握るであろう白い本が消えていたことか。
いっそこれは白昼夢か何かではないのか。そう思い込もうとするが、机の上に広げられた柊の課題が意味ありげに存在感を放っているような気がした。
「一体、柊はどこに消えちゃったの……?」
まず考えるのは柊の安否だ。仮にこれが現実だとして、生物が突然消えるなんて現象はあり得ない。
あれが扉だとしたら必ずどこかと繋がっているはずだ。
そうやって少しでも状況を分析しようと考えていると、
――キーンコーンカーンコーン
完全下校のチャイムが鳴った。まだ3時なのだが、この後職員会議があるとか何とかで今日だけ早めになっている。
「もうこんな時間? でも、これどうしよう」
緋波が見やるのは机の上に広げられた柊の荷物だ。“夜川柊失踪事件”の証拠品としては残しておくべきなのだろうが、ただの失踪ではない。どうせ何の手がかりにもならないだろう。
そう考えて緋波は荷物を片付けて持って帰ることにした。
早く帰って確認しなくてはならないこともある。
* * *
家に着くなり二階の自分の部屋に駆け上がった。この時間まだ家には誰もいない。
そして机の鍵のかかった引き出しを開ける。
「やっぱり似てる……」
引き出しの中に入っていたのは一冊の異様な本だった。
先程、柊が手にとっていたそれとは対称的に真っ黒な装丁の本だった。
もちろん題名、作者名などは一切書いておらず――それだけだったら良いのだがどこが異様かというとそのページだ。
本というものは普通、何かを書き記す存在であり、それのみが存在意義と言っても良いくらいだ。
しかし、この本はそんな本としての存在意義を疑うようなものだった。
どういうことかというと、装丁も真っ黒ならばページすらも真っ黒なのである。ページが真っ黒ということは必然的に何かが書かれているはずもない。
さっきの真っ白い本が何も書かれていない本とするならばこちらの本は全てが書かれている本とも言える。
何故このような本を緋波が持っているかというと、受け継いだのである。
この本は代々柚原家の長女に伝わるもので、緋波の母が亡くなった時に遺品として相続した。
柚原家は特殊な家系で、どの代にも必ず女の子が生まれたため、途切れることなく緋波の所まで受け継がれてきた。
『貴方にも、もしかしたら読める日が来るのかもしれないわね』
緋波が何を読んでいるのか尋ねると、生前の母はそう言っていた。
「もしかして、今日がその日なのかな? お母さん 」
緋波は緊張した面持ちで真っ黒な本の表紙をめくった。
何も記されていなかったそこには、あるはずの無い文字列が浮かび上がっていた。
母が亡くなったのは緋波が小さい頃で、ここ数年はすっかり本など忘れていた。しかし今日、柊が真っ白い本を読んでいるのを見てもしかしてと思ったのだ。
「読める……!」
不思議な文字列は日本語ではなかった。だが何故か読むことはできた。
その文字列を読もうとして躊躇った。もしこれを読めば、柊の時と同じことが起こるかもしれない。
だが、誰に言っても信じてもらえないようなこの状況で、柊を助けられる人が他にいるだろうか。
そう考えると、自分がやらなくてはならないという使命感のようなものが胸に湧いてきた。
ただ、このまま消えると父親や友達、学校などが心配すると思ったので、書置きを残すことにした。
――お父さん、そしてみんなへ。柊を探しに行ってきます。もしかしたらすごく時間がかかるかもしれないけど、必ず帰ってくるので心配しないで待っていてください。
書置きを書き終えて机の上に置くと、決心が固まった。
「よし、行くぞ!」
再び真っ黒い本を開き、今度は書かれた文字を口に出して読み上げた。
「我、魔を極めし女の血族にて今代の魔女とならん者なり。我、願う。次元を超えて隔たれる彼の地へ行かんことを。今一度創造されし扉、我が力をもって破壊する。万物破壊デストラクション」
緋波が呪文を唱え終わった時、「ドガッ!」と、何かが壊れる音がして目の前に真っ暗な穴の空いた扉が現れた。よく見るとそれはさっきの扉が壊れたもののように見えた。
一瞬の後、緋波はその穴に吸い込まれるようにして闇に包まれた。




