表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/15

5 .羊飼いのメリーさんと混迷の魔王様

季節は移ろい、秋の気配が濃くなってきた。空には羊雲が広がっている。


メリーさんは新しい羊が来るとかで今日は魔王城にいない。

魔王城に訪れた束の間の平穏。なのに、心なしか魔王の黒い兜は元気がなさそうに見えた。


蛇男がお茶を淹れながら尋ねる。


「魔王様、メリーさんが遊びに来なくて寂しいんですか?」


「は?」


思わず魔王は聞き返した。メリーさんがアソビに来なくてサビシイ? まるで別の世界の言葉のようだ。魔王は首を振って否定した。


「ここのところ横になっても眠れない。それだけだ」


まさかの睡眠不足だった。


「魔王様には睡眠薬も眠くなる呪文も聞きませんからねぇ。」


蛇男が呟くように言う。そうなのだ。メリーさんのせいでポンコツに見える魔王だが、本当はすごいのだ。

幸い勇者は南の島にバカンスに出かけていて、スライムのように蕩けているとの情報が入っている。魔王が早退しても特に問題はなさそうである。


蛇男は「眠れない時は羊を数えると良いらしいですよ。」とアドバイスして魔王を寝室に送り出した。そして、自分は遊びに出かけてしまった。



魔王は横になってみたものの、やはり眠れず、仕方なく羊を数え始めた。


「羊が1匹…羊が2匹…」


魔王の脳裏にモコモコの羊が1匹、2匹とあらわれる。つぶらな瞳とふりふりと振られる尻尾が愛らしい。なんだか癒されるような気がする。

これなら眠れそうだと魔王は引き続き羊を数えることにした。


「羊が3匹、羊が4匹…」


魔王の脳裏に羊と一緒にメリーさんがポンっと現れた。羊からメリーさんを連想してしまったのだ。メリーさんが羊たちと一緒に頭の中を駆け回る。無邪気な笑顔に魔王の警戒は最大になる。なんとかメリーさんを追い払おうとするが、うまくいかない。


「メリーさんが5人…メリーさんが6人…」


メリーさんに意識を持って行かれた魔王はいつしかメリーさんを数え始めてしまった。夢か現か、魔王の脳内がたくさんのメリーさんによって占拠されていく。追払っても追払ってもメリーさんは消えない。むしろ遊んで貰って楽しそうである。


と、その時、魔王は自分のうなされている声で目が覚めた。


脇に置いてある時計を見ると、20分ほど寝ていたようだ。しかし、かえって疲れが増したような気がする。


魔王はやれやれという感じでもう一度横になると、一から羊を数え始め、今度こそ眠ってしまった。



◇◆◇


もこもこ。


気がつくと魔王はもこもこの羊たちに埋もれていた。


羊を数え過ぎたのであろうか。確か2万2360匹まで数えた記憶がある。もこもこしていて暖かくて、良い夢である。魔王が寝返りうつと、もこもこたちがいっせいに「めーーー」とないた。


「めー?」


魔王は目が覚めた。久しぶりによく眠っていたようだ。しかし、もこもこは消えない。

それどころか、羊のつぶらな瞳と目があった。羊が目覚めのキッスとばかりに鎧を舐め上げてくる。


鎧を袖で吹いてから上体を起こすと、羊が滑り落ちていく。急いで両手で支えてやると、羊はありがとうとでもいうかのように、めーとないて、他の羊たちのところに戻って行った。


改めて見回すと、魔王の寝室は、足の踏み場もないほど羊に埋め尽くされていた。

もこもこをかき分けかき分け、なんとか執務室にたどり着く。しかし、そこも羊でいっぱいだった。

魔王城はどこもかしこも、もこもこに占拠されてしまっていた。


椅子に座ろうと羊さんを退けると、他の羊さんが椅子の上に登ってくるというのを数回繰り返し、魔王が椅子に座るのを諦めたころ、メリーさんと蛇男がやってきた。

仕方がないので、魔王は立ったままメリーさんから話を聞くことにした。


「新しい羊をお隣の国から輸入したんだけど、ちょっと買い過ぎちゃったみたいで。しばらく魔王城にみんなを置いてあげて欲しいの。」


「ちょっと買い過ぎたってレベルではないな。」

魔王は冷静に突っ込んだ。


「コンビニで儲けたお金とこの前のオークションのお金、全部使ったから。」

さすがはメリーさん。やることが違う。


「おいしそうな羊です。何匹か丸呑みしてもよろしいでしょうか?」

蛇男が舌をチロチロさせながら羊たちを目で追う。


「私の羊を食べないで!」

メリーさんが羊を守ろうと、両腕を広げた。


「羊を食べるのだけはやめろ。」

魔王も釘をさす。


蛇男は両手を上げて降参し、話題を変えることにした。


「それにしても、いろいろな羊がいますね。あれなんて、スライムみたいですよ。」


蛇男が指差した方向には、半透明の羊が集まっていた。

他の羊はもこもこなのに、半透明の羊はぷるるんとしている。


「あの仔たちは『スライムひつじ』っていう珍しい羊なの。」


メリーさんが説明してくれる。なかなかストレートなネーミングである。


メリーさんがスライムひつじたちに手を振ると、呼ばれたと思ったのか、ぷるんぷるんと震えながら執務室に入ってきた。触ってみるとひんやりしている。



「スライムの性質を有しているのであれば、分裂も可能か?」


魔王が魔力を込めて突いてみると分裂した。


「魔王様、これ以上羊を増やしてどうするのですか?」


蛇男がボソッと突っ込む。


「合体させることも可能だぞ?」


魔王が再び突くと、分裂した個体が合体した。

スライム羊がびっくりして目を瞬かせる。


「わぁー! 私ももやってみたい!」


メリーさんが大喜びで魔王を見る。


「全ての羊に『スライムの素』を飲ませてスライムにした後、合体させたり分裂させたりすれば、羊の管理が楽になるのでは?」


蛇男も閃いたとばかりに魔王を見る。


魔王は二人からの期待のこもった視線に折れた。


メリーさんに羊飼いの杖を貸すように言うと、受け取った杖に何やら細工をする。


「黄色のボタンを押せば分裂、水色のボタンを押せば合体する。いたずらには使うな。約束できるならこれを渡そう。」


メリーさんが羊たちのことを大事に思っているのは分かっているので、大丈夫だろうと思ったが、念のため釘をさしておく。


メリーさんはもちろん笑顔で約束した。


魔王はメリーさんに杖を渡すと、蛇男にメリーさんから目を離さないよう言った。




メリーさんはさっそく羊たちに『スライムの素』を与えて羊の種類ごとに合体させていった。

羊たちは最初は一様にびっくりしてつぶらな瞳をぱちくりさせていたが、慣れてくると楽しそうにメリーさんの周りを走り始めた。


特大の羊に、メリーさんはご満悦である。


「小さな家くらいの大きさがありそうですね。」


蛇男が特大サイズの羊たちを見上げて言ったとき、事件は起こった。


メリーさんがボタンを押していないのに、走り回っていた特大サイズの羊たちがぶるぶると震え始めたのだ。


メリーさんが羊たちを心配して駆け寄ろうとするが、蛇男がそれを押しとどめた。


「メリーさん! 危険ですから下がってください!」


メリーさんと蛇男の前で、羊たちがどんどん合体していく。

羊は合体しながらみるみるうちに大きくなり、魔王城の高い天井に迫って、突き破った。


メリーさんが焦って、黄色のボタンを連打するが、羊の膨張は止まらない。

羊に押しつぶされる直前、蛇男はメリーさんを連れて、命からがら魔王城の外に転移した。


羊は膨らみ続け、魔王城を半壊させると、空にぷかぷかと浮き始めた。

超巨大羊が短い脚をばたばたさせて、空を進んでいく。


他の魔物達も次々に城から出てくる。口をあんぐりあけて空に浮かぶ羊を見ていたが、メリーさんを見て、納得した表情になった。



「無事で良かった。」


魔王もメリーさんの隣に転移してくると、ほっとしたように言った。それから指をパチンと鳴らした。


すると限界まで膨らんだ超巨大羊がポンという音を立てて弾け、いっせいに小さな羊に分裂した。


メリーさんの手に乗るくらいの小さな羊たちが、まるで雪のようにゆっくりと地上に降り注ぐ。羊たちはとっても楽しそうに空から降ってくる。

幻想的なその光景に、メリーさんはちょっとの間見惚れてから、羊たちを迎えに行った。




おしまい。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] スライム羊の発想は意表を突かれました。スライムで合体となると某竜探しを連想します [気になる点] 移転とある文章は転移の間違いでしょうか?誤字報告の仕方がわからないのでこちらでご報告をば失…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ