10.お迎えが来たようです
「ふむ。この辺りだと思ったのだが、少しズレたか?」
魔王は今メリーさんを追って灼熱の砂漠に来ていた。太陽がギラギラと真上から照りつけ、魔王を焦がそうとしている。
だがしかし、そこは魔王。冷えピタを装備しているからか、熱さ対策はバッチリだ。なんなら物語のラストで溶岩に沈みながら親指をグッと立てるシーンもスタントマンなしで演じ切ることができちゃうのだ。
そうは言ってもメリーさんがいないのに、意味なく灼熱の砂漠にいる必要はない。魔王はメリーさんの気配を探ると、北に向けて移動を開始した。
3秒後、魔王は氷の大地に来ていた。街中であると言うのにブリザードが吹き荒れ、魔王を氷漬けにしようとしている。
だがしかし、そこは魔王。ホッカイロを装備しているからか、寒さ対策もバッチリだ。なんなら、物語のラストで南極に置き去りにされたにもかかわらず、一年後再びのこのことやってきた人間共をしっぽを振って迎えるシーンもスタントマンなしで演じきることができちゃいそうだけど、魔王に尻尾はないので、感動のシーンは演じきれなかった。現実は残酷だね。
まぁ、魔王というからには再会を喜ぶというよりか、置き去りにされたことを恨んで虐殺する方がお似合いかもしれないが……。
さて、冗談はこのくらいにしよう。魔王はメリーさんの気配を追って、大きな建物に入って行った。なんとこの建物は氷でできていた。そして、どうやらここは学校らしい。
メリーさんならば、壁の氷を削ってかき氷を作り、イチゴシロップと抹茶金時で迷ったあげく、どちらもかけて台無しにしそうだなぁと思いつつ、奥へ奥へと進んでいく。考えている内容はともかく、その姿はまさに魔王である。
もしも、生徒や先生が魔王と出くわしたら、お巡りさんを呼ばれること間違いなしである。
と、その時!
ピンポンパンポ〜〜ン
間抜けな呼び出し音があたりに響き渡った。
『第6学年のメリーさんを見かけた方は教務課までご連絡を! 繰り返します。第6学年のメリーさんを見かけた方は至急教務課までご連絡を!』
「何をやらかしたのだ?」
魔王は薄暗い廊下で独りごちると、まるでそれを聞いていたかのようにアナウンスが教えてくれた』
『メリーさんが巨大なかき氷機を探しに行って迷子になったようです。もう3日も授業に出ていません。このままだと卒業が危ういです』
「………………」
全くもって、メリーさんは何をやってるのだろう。魔王は首をふりふりメリーさんの気配を追いかけた。メリーさんはすぐそこだ。
長い廊下の角を曲がると、ちょっとした中庭が広がっていた。天候はもちろんブリザード。
メリーさんは、今まさに吹雪の中庭にて女子学生達に捕獲され、教室に強制送還されようとしていた。
「あともうちょっとで至高のかき氷がつくれるのいぃぃイ!」
間違いなくメリーさんの思考と発言である。
こうして直に見るのはいつぶりだろう。そんなに時間が経っていないような気もする。魔王は安寧の日々に終わりを告げ、メリーさんに近づいて行った。
メリーさんは突然やって来た魔王に気がついた。力強く手を振って再会を喜ぶ。「知り合い! 知り合いが来てるの!」と周囲の女学生達に訴えかけるが、周囲は「もうそんな手に騙されないんだから」とメリーさんを離してくれない。
メリーさんの日頃の行いが分かるというものである。
「あとで、寮の面会室に来て欲しいの〜〜〜」
メリーさんはドップラー効果とともに魔王の前を通り過ぎ、教室に戻って行った。こうして魔王はブリザードの吹き荒れる中庭に一人ポツンと取り残された。
◇◆◇
それからしばらくして、魔王は、仕方なく寮の面会室に向かった。なお、途中で道を間違えたことには気がつかないふりをしてあげるのが、優しさというものである。
寮監室の呼び鈴を鳴らすと、奥から「よっこいしょ」と掛け声とともに、寮監さんが顔を出した。
恰幅の良いおばちゃんで、メリーさんとの面会を申し込むと、細い目をさらに細くして微笑んだ。
「あらあらあらあら、メリーさんの彼氏さん? いいわねぇ〜若いって!」
「はぁ!?」
いきなり誤解された。
「いやねぇ、照れちゃって」
「照れてる訳ではない!」
「あ、でも寮内での逢引きは禁止だからね? 健全な交際を心がけてね?」
「せぬわっ!!」
寮監のおばちゃんが笑いながらバシバシと魔王の肩を叩く。避けることのできない攻撃が魔王を襲った。0という文字が自分の肩付近から大量発生する幻覚が見えるような気がして、魔王は疲労を覚えた。
寮監のおばちゃんは思う存分魔王をバシバシ叩くと、ふと魔王が手に持っているものに気がついた。
「彼氏さん、何を手に持っているのかしら?
「む? これか? メリーさんの住む寮を探すためにオートマッピング機能を利用して作成した付近の地図だ。あと、私はメリーさんの彼氏さんではない」
「へぇ〜、よくできてるわねぇ。部屋ごとに生徒たちの名前も書いてあるわ」
寮監のおばちゃんは老眼鏡をかけて、しげしげと地図を見た。そして、そのまま視線をずらし、今度はしげしげと魔王の顔を観察し始めた。
「メリーさんの彼氏さん、誰だったかしら、最近見た誰かに似てるのよねぇ。あなた、誰それによく似てるって言われない?」
「鎧で素顔は見えないはずだが? あと、メリーさんの彼氏さんでは断じてない」
「じゃあ、鎧に見覚えがあるのかもしれないわねぇ?」
「鎧が似ているだけなら、中の人は全くの別人ではないのか? あと、何度もいうがメリーさんの彼氏さんではないということをきちんとご理解いただきたいのだが」
魔王がメリーさんの彼氏さんではないことをこまめにアピールすると、寮監のおばちゃんもようやく分かってくれた。
「確かに、メリーさんの彼氏さんにしては、ちょっと老けてると思ったのよねぇ」
「っ……」
「あと、その鎧。ちょっと不気味で陰気臭いしねぇ」
「ぐっ……!!」
「趣味の悪い陰気な鎧をかぶってで、ちょっと年齢がいってて、どことなくもっさりしてる男……」
「」
寮監さん。魔王が謎のダメージを受けているからその辺りにしておいてあげて? 魔王のライフは0よ!
そんな我々の願い虚しく、突如、寮監のおばちゃんが壁に貼ってある指名手配犯の写真を指差して大声を上げた。
「あーーーーーっ!!」
釣られて魔王もポスターを見る。
黒い鎧。
歳の頃は20代後半から中年。
爽やかさに欠け、どこなとなくもっさりした印象。
見つけたらお近くの交番まで連絡することを要請された、その犯人の犯した罪の名は──
下着泥棒だった。
両者の間に落ちた沈黙はしばし。互いに見合って、二人はもう一度ポスターを確認する。
下 着 泥 棒
恐るべき4文字の罪名がポスターに燦然と輝いていた。やることは一つ! さぁ、息を吸って────
「ギャーーーーーっ! 下着泥棒だよおぉぉおおお!」
「断じてちがあああああう!」
日頃からおしゃべりで鍛えあげた肺活量を駆使して悲鳴をあげる寮監のおばちゃんと、容疑を全力で否定する魔王。
魔王の否定虚しく、寮監のおばちゃんの悲鳴を聞きつけて、寮で働く他のおばちゃん達がドラゴン調教用の鞭やらフライパンやらモーニングスターやらを持ってやってきた。控えめにいって、とても物騒である。
そして寮監のおばちゃんが壁に貼ってある指名手配犯のポスターを指差すと、みんなはあっという間に事態を把握した。ついでに、魔王が手に持っていた生徒の名前が書いてある寮の地図は最高に魔王を窮地に追いやった。
「下着ドロボーとか最っ低だよ!」
「気持ち悪いね」
「変態ロリコン野郎ってやつさね」
直球で罵倒するおばちゃんズ。魔王の感度の良い耳は、次から次へと発せられる全ての罵倒を聞き取った。高性能なのも良し悪しである。
「くそ、どうしてこうなった! こうなったらメリーさんを出せ!」
言っていることが完全に小悪党のそれである。
メリーさんを出してどうなるのか。事態が好転? する訳ないですよね。そんな基本の「キ」も忘れてしまった魔王に追い討ちをかけるべく、メリーさんがのほほんとこちらに向かって駆けて来た。
正確には授業から逃げてきた。
ちなみに後ろから、メリーさんを追って同級生と羊さんもやって来る。羊さんは、ぴょん、ぴょん、ぴょ〜〜〜んと羊の三段跳びを決めて、メリーさんの隣に着地した。オリンピックにでも出るのだろうかという芸術点の高いジャンプにちょっと遅れて同級生達も追いついた。
「メリーさんのこと呼んだ〜?」
朗らかに問いかけるメリーさん。魔王はメリーさんに文句を言おうと口を開いたが、それを押し退けて、おばちゃんズがカクカクシカジーカと事情を説明していく。さすがおばちゃん押しが強い。
そしてメリーさんは全てを理解した。
「まさか、あの人が下着泥棒だなんて! 真面目で良い子だったんですよ? 挨拶すると「こんにちわ」って返してくれて!」
メリーさんが、芝居がかった仕草でオヨヨと泣き崩れる。すかさず飴ちゃんを取り出してメリーさんを慰めるおばちゃんズ。茶番である。
「下着なんぞ盗んでどうするのだ! しかも何だその真面目で良い子とか挨拶を返すとか意味が分からんわ!」
「えへっ! 一度でいいから、凶悪犯人の地元の近隣住民インタビューやってみたかったの!」
「他所でやれ!!!」
「他所って……、交番とか?」
「絶対に、二度とやるな」
魔王は一語一語に力を込めて言った。
「冗談なの! そんなに怖い顔しないでって、いつもの鎧と兜だったの」
「お前が言うと冗談に聞こえぬのだ! それより早く頼むから誤解を解いてくれ」
おばちゃんズは今も箒やらフライパンやらバズーカやらを構えて魔王を睨みつけている。
「みんな安心して! この人は怪しい人ではないの!」
メリーさんがない胸を張って宣言した。
「この人は、ただの魔王なの!」
「「「ただの魔王?」」」
メリーさんよ。魔王というのは怪しいものに該当しないのだろうか?
魔王は天を仰いだ。
「通りすがりの魔王だと思ってくれていいの!」
「「「通りすがりの魔王???」」」
メリーさんよ。普通、魔王は通りすがったりしないのではないだろうか?
魔王は両手で顔を覆った。
「魔王って、自称さね? 危ない人にしか見えないよ」
「そうだよ。まさかコイツに無理矢理言わされてるんじゃないだろうね」
「本当のことを言っていいんだよ」
おばちゃんたちが口々に心配してくれるが、安心してほしい。
メリーさんは脅されているわけではないし、バッチリ真実を述べている。
魔王は魔王。確かに自称だが、間違っているわけでもない。
「大丈夫なの! きっと、可愛くて有能なメリーさんに頼みがあって来ただけなの!」
「そのとおりだ!」
魔王はとりあえず肯定したが、すぐに「む?」と首を傾げた。
だが、メリーさんがニコニコしているし、周りも「なるほどね」「メリーさんはいつもなんだかんだ上手くやってくれるものね」と納得したようなので、深く考えるのをやめた。
「ちょっと、面会室を借りたいの!」
「面会室はいいけど、メリーさんとこの変な男を二人きりにするわけにはいかないからね。みんな、同席してあげて」
同級生と羊さんは気持ちよく同席を引き受けてくれた。
メリーさんとこの怪しい男の関係はいかに!という感じで、一行は面会室に向かったのだった。
寮監のおばちゃん(62歳・徒手空拳で戦うぞ!)
掃除のおばちゃん(58歳・箒二刀流の使い手だぞ!)
食堂のおばちゃん(66歳・フライパンが宙を舞うぞ!)
洗濯のおばちゃん(51歳・モーニングスターってちょっと洗濯屋の名前っぽいぞ!)
警備のおばちゃん(72歳・伝説の竜騎士の華麗なるセカンドライフは大好評発売中!)
寮生の生活はおばちゃんたちに支えられているのだ!




