9.メリーさん誘拐事件!?
さて、ここで視聴者の皆さんに問題ですっ!
もしも、メリーさんを誘拐したら、誘拐犯は保護者に何を要求するでしょうか?
「やっぱぁ、お金かしらぁ? 10億エーンくらい?」
と答えるのはサキュバスちゃん。髪を耳にかけながら足を組み替える姿は全くけしからんの一言だ。
「宝石でもいいかもね〜。ちょうど海の秘宝って言う大粒の真珠が売りに出てるの。代金? 50億エーンくらいかな〜」
と相槌を打つのは人魚姫ちゃん。小首を傾げるついでにウインクする仕草がなんとも色っぽいの一言だ。
「オリハルコンを倉庫単位で頼みたい」
と我が道を行くのはドワーフちゃんだ。竹を割ったような絶壁が勇ましいね!
そして、魔王城が誇る二大美女ぷらすあるふぁの言葉に、一匹見つけたら100匹いると思えが合言葉の台所の妖精さんが叫んだ。
「払えるかぁああああああ!!!!!!」
「「「ええ〜〜、じゃあ、メリーさんの引き取りは無理です〜〜〜」」」
サキュバスちゃんと、人魚姫ちゃんと、ドワーフちゃん。3人の声が見事なハーモニーを奏でた。
もうお分かりだろう。もしも、メリーさんを誘拐したら、誘拐犯は保護者に何を要求するか? メリーさんの引き取りだ。
あのあと実に1時間もの間、メリーさんと同じ空間に詰め込まれた元妖精はよく頑張った方だと思う。魔王様に断られ、蛇男に断られ、狼男に断られ、今、サキュバスちゃんと人魚姫ちゃんとドワーフちゃんにも断られたところである。途中、「妖精さん、アウトー!」という謎のアナウンスが流れ、バットを持った羊が乱入してきて、バットでお尻を叩かれたが、その程度は誤差の範囲である。
「こうなったら、最後の手段だッ!」
最後の手段第4楽章「こんどこそ」というテロップを羊さんが用意するが、元妖精には見えていない。見えていないので、滔々と続ける。
「ここはどこだと思う、メリーさん」
「興味ないの!」
「そうだよなぁ、分かんねえよなぁ。仕方がない、教えてやろう」
「メリーさん、興味がないとしか言ってないの!」
「いいから聞けよくださいっ!!」
元妖精はまたもや涙目になって頼んだ。
「やれやれなの。仕方ないから聞いてあげるの」
「そうか、そうか、聞きたいか!」
「仕方ないの」
「聞いて驚け、ここは中継所さ」
「わわわ、大変だわっ!! 駅伝を見逃しちゃった」
「驚いただろう! そう、中継所っていうのは、異世界と異世界の中間にある場所だ」
「見逃しちゃった配信ってあるかしら?」
「向こうに沢山の扉が並んでるだろ? あの扉の一つ一つが別の世界に通じているのさ」
「あったなの! 後で見よ〜っと! で、なんのお話だったかしら?」
可愛く尋ねるメリーさんに、元妖精は辛抱強く同じ説明をもう一度してあげた。ちゃんと話を聞けば理解の早いメリーさんはすぐさま状況を把握した。かしこいぞ!
「なるほどなの! つまり、ここにある扉は全部どこかの世界に繋がっていて、どこでも旅行し放題ってわけね。なにそれサイコー!!」
「違うわっ! 元いた世界につながる扉を潜らないと、異世界を彷徨い歩くことになるっつってんだよ!」
元妖精は叫ぶように訂正した。流石のメリーさんもちょっと申し訳なく思ったのか、声のトーンを落とす。
「あのね、メリーさん思うんだけど……」
「あん? 言ってみろよ?」
「人生は冒険だと思うの。楽しまなきゃ損だわ」
「………………お前、苦労したことないだろ?」
「うん!」
メリーさんは満面の笑顔で即答し、立ち並ぶ扉に向かって駆け出した。あまりの清々しさに、乾いた笑いしか出てこない。元妖精はもう全てを成り行きに任せることにした。完敗に乾杯である。え? 今すぐ黙れって? ムグゥ。
正確には苦労してもすぐ忘れちゃうタイプのメリーさんは「どれにしようかな〜」と異世界を物色し始めた。だいたいの扉は開いていて、繋がっている異世界の様子がダイジェストで写し出されている。時折、愉快な音楽が流れて来たり、リンゴの花を思わせるような芳しい匂いが漂ってきたりして、メリーさんのテンションは留まるところを知らない。爆上げである。
「やっぱり魔法がある世界で〜〜、娯楽が発達していて〜〜、羊さんの病気を治すための学校があるところがいいなぁ〜〜」などと絶賛注文つけまくり、覗かれた扉は枠に冷や汗をかきまくりである。
メリーさんがとある木製の扉に手を突っ込んで確認しようとした瞬間、たまりかねた扉がパタンッと閉じた。
「え?」
まぁこういうこともあるかなぁと思って隣の扉に向かうと、その扉もパタンと閉じた。もう一つ隣りに向かおうとすると、その扉も閉じてしまった。そして、それを合図に何千何万とある扉が次々と雪崩を打ったように閉じていく。パタン、パタン、パタンという音の連鎖を、メリーさんと元妖精はなす術もなくただ聞き続けることしか出来なかった。
「…………」
「お前、マジで拒否されてんのな」
「ふんっだもん。メリーさんに世界が追いついていないだけだもん!!」
見ると、残された扉は3つだけである。一つはつっかえ棒がしてあるせいで扉を閉めることができなかった異世界の扉。もう一つは、黒いモヤがかかっていて、いかにもヤバそうな異世界の扉。そして、3つ目は生産者責任を問われ扉を閉じることを許されないメリーさんが元いた世界の扉だった。
圧倒的な拒絶にもメリーさんは項垂れなかった。雨にも風にも、暑さにも、着信拒否にだって負けないのである。おっと、蛇男さんに定期連絡を送っておかなきゃ。『ワタシ、メリーさん。今、扉の前』。よし、これで準備は完了だ!
「メリーさん、絶対に異世界留学するんだから!!」
「いや待て、なに駅前留学みたいな気安さで異世界行こうとしてるのさ」
「駅前留学なんて、最近の若い人は知らないの! 止めても無駄よ!!」
メリーさんは、手近にあった黒いモヤが漂う扉に突進し、めでたく異世界転位を果たした。メリーさんの羊も、短い脚をちょこまかと動かし、踏み切ってジャンプしてメリーさんに続く。
「よりによって、そこぉ!? くそッ、仕方ない」
なぜか妖精も決める必要のない覚悟を決めて、メリーさんとメリーさんの羊に続いて扉をくぐった。こうして、中継所には再び静寂が訪れたのだった。
◇◆◇
時は流れ、メリーさんがちょっくら三年ほど諸世界を渡り歩いたころ、魔王城では恐ろしいことが起きていた。
「こんにちは〜、消費者庁です! 魔王城の売店のガチャ排出量の表示がおかしいとの密告がありましたので、景品表示法違反の疑いで立ち入り調査させていただきま〜す!」
まず、やってきたのは消費者庁の皆さんである。
「なぁ。蛇男のやつ、この前売店のガチャで目当てのしっとり餅肌シルフィード様フィギアが全然当たんねぇって顔真っ赤にして怒ってなかったか?」
「俺もそれ見た。蛇って赤くなるんだな」
蛇男は目を彷徨わせて一歩後ずさった。
続いてやって来たのはこのお方。
「公正取引委員会です! 魔王城の売店が魔石の供給価格が不当に低く抑えているせいで、他の業者から新規参入できないと相談がありました。独占禁止法違反の疑いで調査します!」
「メリーさんが売ってる魔石パックのことかな?」
「毎月届けてくれるやつだろう? わざわざ買いに行かなくていいんだよなぁ」
「そういえば、蛇男が副業で同じような商売始めたらしいけど、買わない方がいいぜ」
「どうしてさ?」
「品質がちょっと悪くて、普通の石ころが混じってるらしい」
「最悪だな」
蛇男はもう一歩後ずさった。
そして、極め付けにやって来たのは、泣く子も黙るこいつらだ!
「税務署です。魔王城の売店で売上が誤魔化されているとのタレコミがありました。脱税の疑いで調査します。全員作業をやめて、机から離れなさい。そこ! 私語も禁止だ!」
「…………(チラッ)」
「…………(チラッ、チラッ)」
蛇男は必死で首を横に振って、関与を否定した。
わいわいがやがや。かんかんがくがく。消費者庁の皆さんと公正取引委員会の皆さんと税務署の皆さんは、魔王城を丸裸にして、メリーさんの売店を調べ上げた。
もちろん、最後に呼ばれたのは魔王様である。魔王様は弁解した。
「だから、魔王城の売店を経営しているのは、魔王ではなく、メリーさんだと言っておろう!!」
「しかしですね、こちらの特商法の責任者欄には間違いなく『魔王』と記載されています」
「は?」
理論整然と反論する消費者庁の皆さんに、魔王様はたじたじだ。
「売店の件とは関係がありませんが、この契約書、下請法に違反しています。下請業者への代金の支払いは60日以内です。遅れた分は遅延利息も払ってください」
「別件捜査だ! そもそも魔王城がなぜ人間の法律を守る必要がある?」
公正取引委員会の変化球に魔王様は食らい付いていく。
「で、納税者のメリーさんはどこですか? 匿ってもいいことはなにもないですよ?」
メガネを不気味に光らせ静かに尋ねる税務署の皆さんは……ちょっと怖い。
「メリーさんはこの3年間、一度も魔王城に来ていないが?」
「ほぅ、まさか実態がないなんてことはありませんよね?」
「…………リモートで指示を出していたと聞いている」
「…………」
「……メリーさんを呼び戻しに行ってくる」
魔王様はやむなく立ち上がり、大きなため息を残して、メリーさんのいる世界に跳んだ。




