8.あなたが見つけたのは本物の妖精ですか? それとも養殖ものの妖精ですか?
自由落下を続けるメリーさんの目の前を虹色に輝く光が通り過ぎた。キラキラと輝く光の粒子が舞い散っている様は、世間でいうところの妖精というものに違いない。捕まえたら幸運が訪れるという噂も聞いたことがある。
というわけで、メリーさんは妖精の正体を暴くことに全身全霊をかけることにした。
なにせ躊躇いという文字は彼女の辞書にはない。メリーさんは手に持っていた羊飼いの杖を虫取り網にチェンジして、勢いよく右に左に振り回した。気分は虫取り小僧だ!
そして、それを見た気の利く羊さんは、メリーさんが妖精の正体を暴くところを実況して広告収入を稼ぐべく、動画サイトに専用チャンネルを開設し、全世界に動画を配信し始めた。
メリーさんの勇姿を漏れなく写そうと、羊さんも右に左にカメラを向ける。気分は敏腕カメラマンだ!
妖精は網を避けようと奮闘していたが、メリーさんの「あっ! パンツ丸見えなの!」「うえっ!?」というフェイントにまんまと引っ掛かり、あっけなく捕獲されてしまった。妖精の気分は最悪だ。
一部の狼男から「もうちょっと粘れよ」という心ないコメントが寄せられたが、敏腕カメラマン兼プロデューサーの羊さんが素早く削除したので、無かったことになった。仕事が早い。
「妖精とったどーーーーーー!」
網に絡まった蜻蛉のような薄い羽根を慎重につまみあげ、メリーさんはかわいらしく勝利の雄叫びを上げた。こんな日は風呂上がりにフルーツ牛乳を一気に呑んで「ぷはっ!」としたいところである。
ちなみに妖精の方はといえば、メリーさんに捕まったというのにまだ諦めていなかった。
「ふんぬう! 離せっ、こんにゃろうめ!!」
このファイト、ナイスガッツである。最近の魔王城の面々ときたら、諦めモードが強すぎて張り合いがなかったから、メリーさんも気合が入るというものである。
つまり、大人しく降参すればいいものを、妖精は往生際が悪かった。あと、口も悪かった。身を捩ったり羽根を振るわせたり悪態をついたり、なんとかメリーさんの手から逃れようともがいている。
もちろん、そんなことでは気合の入ったメリーさんの手の中から抜け出すことはできない。
「見てみて、みんな! 妖精を捕まえたよ!」
メリーさんは妖精をカメラの前に突き出した。突然突き出されてしまった妖精は、羊さんから「ただいま同接300万人!」というカンペを見せられ、完全に日和りかけた。
「は、はじめましてぇ/// じゃねえわっ! なにさせるんだよ!!」
「むぅ。妖精さんはもっとかわいい方がみんな喜ぶのに。やっぱり養殖モノかなぁ?」
ぷちっ!
メリーさんが無邪気に羽根をひっぱると、妖精の羽根があっけなく取れた。
「わぁ! やっぱり養殖ものだったの! 見てみて、ボタンがついてて、着脱可能になってるの! こっちもとれた!」」
衝撃の事実であった。メリーさんがカメラの向こうの視聴者にもよく見えるようにと色々な角度から妖精とボタン付きの羽根を交互に見せてくれる。視聴者の皆さんには至れり尽くせりのサービスだったが、妖精は、いや、元妖精はすっかり涙目である。
「オレ、もうお嫁にいけない……」
「ねぇねぇ、髪の毛もカツラだったりするの? 触覚は自前? あっ、そうだ! せっかくだから羽根を取っちゃったお詫びに私がコーディネートしてあげるの!」
お詫びというが、ただの嫌がらせである。そう、メリーさんはどんな時でも追撃の手を緩めないのだ。
元妖精は、メリーさんからの劇的ビフォーアフターの申し出を辞退しようとした。が、もちろん出来なかった。
「この秋のコーデは茶色でシックにまとめるのが良いんだって!」
メリーさんはお気に入りのポシェットから、茶色のスプレーが取り出し「はーい、息止めて。ストップして欲しい時は手あげてねー」と言いながら、何かをアピールするかのようにバンザイする元妖精に茶色のスプレーを噴射した。
さらに、先程むしり取った羽根にも茶色のスプレーを入念に噴射し、もう一度元妖精さんにつけてあげる。ツヤツヤと光沢が出て美しい仕上がりだ。
けれども、ちょっとボタンが上手くかからず、茶色い羽根が元妖精の体にピッタリと沿ってしまった。でもまぁ、これはこれでいいだろうと思うことにする。
「はい! チャームポイントの触覚を活かして、今秋流行るかもしれない茶色でまとめてみました!」
メリーさんは嬉しそうに「じゃーん」と自前で効果音までつけてあげた。効果音までつけてあげたが……。
油ぎったような艶やかな茶色の身体。同じく茶色の二枚の羽根。ぴょこぴょこと動く一対の触覚。
……どう見てもゴ●ブリです! ありがとうございます!! な出来栄えに視聴者の皆さんもびっくりである。
一部のサキュバスちゃんから「ゴキブリコーデ?」という恐ろしいコメントが寄せられたが、敏腕カメラマン兼プロデューサー兼編集者の羊さんが素早く削除したので、無かったことになった。せめて伏字を使って欲しいところである。
と思ったところで、この間も自由落下を続けていたメリーさんたちの目に終着点が見えてきた。そう地面である。
只今の速さは、多分、きっと、おそらく、もしかするとV=gt。間違ってるかもしれないけどV=gt。空気抵抗は知らない。そう、このままいくとメリーさんが地面に激突してペラペラのヒラヒラになってしまう!
はずもなく、羊さんが自慢のふわふわの毛皮いっぱいに空気を溜め込み、ふわりと優しくメリーさんを包み込むとスーパーボールのように何度か弾んで無事着陸した。
しっかりと着地ポーズを決めたメリーさんの横で、元妖精は地面に落ちて手足をピクピクさせていた。ちょっぴりグロッキーなようだ。あと、その体勢はやめた方が良いと思うよ、ゴキブ●にしか見えないから!
視聴者の皆さんの心の声が届いたのか、優しいメリーさんはポシェットから緑と紫がマーブル模様になったポーションを取り出すと、元妖精に飲むように勧めた。
「見た目は悪いけど、味はもっと悪いから、気をつけて飲んでね」
「まっず!!!!!!」
あまりの不味さに一周回って元妖精は元気を取り戻した。
「まっず! 本当にまずいぞこれ」
「そのかわり、効果は抜群なの」
「あぁ、確かに元気になった」
「礼には及ばないの!」
「誰が言うか!」
元妖精は、このとおり、メリーさんとポンポンと掛け合い漫才ができるくらいには回復した。ちなみに、なんとこの特注ポーションが今なら3本まとめてお値段29,800エーン! 29,800エーン!! 今すぐお電話を。と字幕も出ている。
きっと今頃メリーさんの放牧地ではメリーさんの羊たちがオペレーターを増員して待っていることだろう。
「うっし! 仕切り直していくぞ!!」
元妖精が気合を入れて、カメラに向かって叫んだ。
「魔王よ、聞いているか!? メリーさんはこのオレ様が預かった。返して欲しくばオマエの心臓を差し出せ!!」
「………」
『………』
『………』
『………』
『………』
『………』
『………』
『………』
『………』
見ろ! コメント欄が黒い点で埋め尽くされているではないか!!
あと、魔王様から『断る』という簡単なコメントも届いた。
つまり、元妖精のきった啖呵は完全に滑ってしまったのだ。
「メリーさん、ちょっとよく分からないの。私が養殖ものの妖精を捕まえたのであって、養殖ものの妖精が私を捕まえたわけじゃないの!」
「さっきのはちょっと油断しただけだよっ、オレの実力はこんなもんじゃねー!」
「油断したとか実力じゃないとか、そういうことをいうのはカッコ悪いと思うよ」
メリーさんがズバリ正論を言った。メリーさんに正論を言われると、他の人に言われるよりも腹が立つものだが、元妖精も大層怒った。
「いいか! オマエはオレに誘拐されたんだ。さっき突然穴に落っこちただろ? あれはぜーーーーんぶ、このオレ様がやったことだ!」
「ユーカイ?」
「そう、ゆ・う・か・い」
元妖精はニヤニヤ笑いながら、1文字づつ区切って繰り返した。
「氷が溶けちゃう?」
「それは融解!」
「コアラが食べる?」
「それはユーカリ!!」
「メリーさんはパンダの方が好きだよ!」
「ユーカイどこ行った!?」
元妖精から怒涛のツッコミが入ったが、メリーさんはマイペースに黒と白の動物に思いを馳せた。
「パンダの名前ってランランとかファンファンとかとりあえず繰り返しておけばいいの! メリーさんにちなんでメリメリって名前はどうかな?」
「なにその壁にめり込んでそうな名前……」
元妖精はドン引きした。
「え〜〜、かわいいじゃん」
「そう思うなら、お前がそう名乗れ!」
「ええ〜〜、そんなめり込んでそうな名前嫌だよ」
「なら、他人にも名乗らせんなっ!!!」
元妖精はこれまで生きてきた中で一番疲れていた。疲れというのは危険である。いつ疲れから黒塗りの高級車に追突してしまっても不思議ではないのだ。
そう、元妖精は、未だかつて経験したことのない災に見舞われてようとしていた!
【お待たせしたお詫びに没になったネタの供養をしますこんなことをしているから余計に時間がかかったんだろうなんて言わないで】
メリーさんは占いにハマっていた。
この時点でこの話の行き着く先がなんとなくぼんやりと見えるような気がするが、是非お付き合いいただきたい。
メリーさんは今日も今日とて魔王城に乗り込み、腰に手をあてて言った。
「メリーさんが占ってあげる! 今ならなんと1万エーンだよ!!」
「ふむ。またの機会にしよう」
魔王様の【スルー】スキルが発動しました! これより魔王様はフィールド上の全ての攻撃を躱すことができます。
しかし、メリーさんには効果がないようだ。
「占いを聞かないなら10万エーンね」
「一つ占ってもらおうか? 蛇男をな」
「魔王サマ!?」
魔王様の【身代わり】スキルが発動しました。フィールド内の任意の人物を自身の身代わりにすることができます。
魔王様の変わり身の早さとナチュラルに自分が売られそうになっていることに気がついた蛇男が待ったをかける。しかし、蛇男の「待った」は完全にスルーされた。魔王城の財政は逼迫しているのだ。占いをしてもらった方が被害が少ないなら、その方がいい。
「どうした? 手足のもがれた蛇のような顔をしているぞ」
「蛇には元から手足なんてありませんよ! そうじゃなくてですね、いえ、もういいです……」
蛇男は口まで出掛かっていた言葉を飲み込んだ。
だが、メリーさんがとんでもないことを言い出した。
「コールドリーディングもホットリーディングも古いわ! 占ったことを強制的に起こしてしまえば、的中率100%なの!」
「うぇっ!?」
メリーさんがパチンと指を鳴らすと、ゴブリンたちが空っぽのタライをえいさほいさと運んで来た。
「なっ! なにをする気ですか!?」
蛇男は完全に怯えている。
「ふむ。手足のもがれた蛇男のような顔をしているぞ、と言うべきか」
「やめてください!! より酷いことになってるじゃないですか!!」
「そうだな。さぁ、メリーさん、このままでは蛇男がかわいそうだから、一思いにヤッてやれ」
「オッケーなの!」
メリーさんは大きく息を吸って、一気に言った。
「今日の蛇男さんの運勢は、晴れときどきドラゴンが降るでしょう! 待ち人は来ないけど、待ってないとドワーフちゃんは怒っちゃうから気をつけてね?」
「天気予報かっ! あと、ドワーフちゃんが理不尽すぎません!?」
「けれども、そんなあなたにラッキー★アイテム! このタライを購入してかぶっておけば、ドラゴンを防げるの」
「タライここで出てくるんですか!? タライが降ってくるのかと思ったわ! っていうかタライでドラゴン防げるの!?」
「そこは大丈夫。ドラゴンさんには蛇男さんがこのタライをかぶってたら、手加減してあげてねって、よーく頼んでおいたわ」
さらりとメリーさんが見事なマッチポンプを告白した。
ぶつぶつ言いつつも財布を用意する蛇男は、そろそろ幸せになってもいいのではないだろうかと思う今日この頃。というわけで、蛇男は無事、身ぐるみ剥がされましたとさ。
***
魔王「てっきりタライが落ちてくるのかと思ったが、ちがうのだな」
蛇男「魔王様ならタライが落ちてきてもドラゴンが落ちてきても大丈夫でしょう、変わってくださいよ」
魔王「その場合、別のものが落ちてくる気がするのだが……」
メリ「あっ、魔王様も占っとく? 魔王様の今日の運勢は、晴れ後夕方に赤ちゃんを抱いた女性が『この子あなたの子なの』と言って現れるでしょう! ラッキーアイテムはおしゃぶりだよ!」
魔王「そんなわけあるかっ!!!!!!」




