7.自由落下中のメリーさん
「きゃっっほーーーーーーーーーーー!!!!!!」
足を踏み外したメリーさんは自由落下を楽しんでいた。もちろん迷子になりかけた羊もいっしょである。すぐ見つかってよかったね、メリーさん!
メリーさんと羊はどこまでどこまでも落下して行った。
「自由落下って、たーのしーーーーーー!」
「めぇええええええ!」
普通なら恐怖に怯える場面かもしれないが、メリーさんにとっては日常を彩るちょっとしたスパイスにすぎなかった。ポシェットからスマホを取り出して羊と一緒に記念撮影をするくらい余裕である。
そう、メリーさんは深淵に落っこちたときでも、メリーさんなのである。もし深淵に人格があったとすれば、目を両手で覆って「帰ってくれ!」と叫びだすだろう。間違ってもメリーさんを覗いたりはしない。さすがは我らがメリーさんである。
しかしながら、そんなメリーさんにも一つだけ問題があった。メリーさん、ちょっと飽きっぽいのである。
いかに自由落下が楽しくても、ひたすら真っ黒な空間を落ちて行ってはすぐに飽きるというものである。せめて景色が目まぐるしく変わって行ったら、あとちょっと、カップ麺ができるくらいの間はメリーさんの関心を維持できただろう。
「うーーん、ちょっと飽きてきたの!」
そう言って、メリーさんはスマホでメールを打ち始めた。
一方、お祭り会場はメリーさんが突如消えてしまったせいで、ざわついていた。ドワーフちゃんが蛇男を血祭りキャンプファイヤーに上げようとしたのも原因かもしれない。
「メリーさんなら、自由落下に飽きてきたところだから大丈夫だよ」と教えてくれる人は誰もいない。皆はこぞってメリーさんを心配した。
例えば、狼男はこのように言った。
「メリーさん、無事でいてくれよ。メリーさんがいなくなったら、俺は、俺は……夜ぐっすり眠れる?」
また、魔王城の清掃員(前職:勇者)はこう言った。
「メリーさん、返事をしてくれ! メリーさんのいない世界なんて想像できないよ! そんなことになったら、僕は、僕は……定時で帰れる?」
ゴブリンたちも口を揃えて言った。
「メリーさん、いないと」
「よのなか、しずか」
「せかいが、へいわ」
「「「「「………………」」」」」
「……メリー元気で留守がいい」
蛇男がそう締め括くると同時に、男どもの頭の上にサキュバスちゃんの鉄拳制裁が落ちた。涼しい顔してサキュバスちゃんは割とやるもんだねと、ドワーフちゃんは思った。
蛇男が頭の上にできたたんこぶをさすっていると、ピロン! とメールが届いた。こんな時にいったい誰だよと思いながらメールを開くと、そこにはこう書かれていた。
『あたしメリーさん。今真っ黒な空間にいるの』
「きょえええええぇぇぇ!!」
蛇男の奇妙な悲鳴に、ドワーフちゃんが面倒くさそうに尋ねた。
「なに気持ち悪い声をあげてんのよ、ついに気でも狂った?」
「違います!」
「キモっ!」
「いくらなんでも酷すぎません!?」
蛇男は涙目で抗議したが、ドワーフちゃんとサキュバスちゃんがこれでもかというほど蔑んだ目で見下ろしてくるので、やむを得ず口をつぐむことにした。魔王城の女性陣は恐怖のメールよりも怖かった。
と、静かになったところで、またピロン! と蛇男のスマホがなった。ドワーフちゃんが「早く確認しなさい」と目だけで命じる。蛇男はブルブル震えながらメールを開封した。
『私メリーさん! 今、自由落下してるの!』
「ぴえっ!?」
「今度はなに?」
ドワーフちゃんがうんざりとした顔で腕組みをしながら尋ねる。
「ここここ、これは! 呪いのメ、メールに違いありません!」
「はぁ?」
「聞いたことありませんか? 恐怖の都市伝説ですよ! どんどんメリーさんが近づいてくるあれです!」
「メリーさんが帰ってくるのなら、何よりじゃない」
「そのメリーさんじゃないんですぅううううう!」
残念ながら、蛇男は自分の言いたいことを伝えることが出来なかった。
「どれ、見せてみなさい」
サキュバスちゃんは蛇男からスマホを取り上げて、メリーさんに電話をかけた。
「もしもし、メリーさん? 今どこにいるの?」
『私メリーさん! 今ね、妖精を見つけたの! 本物か養殖か捕まえて確かめてやるの!!』
メリーさんが元気よく電話に出た。というか、元気が良すぎた。メリーさんの無事は分かったが、妖精さんは無事ではいられなさそうである。あと、妖精に本物とか養殖とかあるのだろうか。
様々な疑問が去来したが、そこはさすがサキュバスちゃん、名案を思いついた。
「メリーさん、ビデオ通話に切り替えて、羊さんに撮影してもらってくれる?」
『オッケーなの!』
メリーさんの返事を聞いて、ドワーフちゃんの手が素早く動く。メインビジョンに蛇男のスマホ画面を映し出すことにしたのだ。
パッと画面が切り替わると、メリーさんの顔がどアップで映し出された。メリーさんの目がキラキラと光っているのがよく分かる。ただ、ちょっと近すぎた。あと、画面もちょっと大きすぎた。お祭り会場にいたヒトビトには、巨大なメリーさんがこちらを覗き込んでいるようにしか見えなかった。
「近い近い近い、もっと離れろ」
狼男が思わずのけぞると、頭に硬いものに当たった。
「いてっ、なんだ?」
振り返ると、そこには黒塗りの魔王様が立っていた。
「メリーさんはどこだ」
帰還したばかりの魔王様は地を這うような声でそう尋ねたのだった。




