ep10 異世界人を密輸
六十九階層を出発した俺は、ケモノさんを背負いながら今後のことを考える。
より正確には彼女をどうするか。
もちろん普通に考えればすぐに狸原さんに連絡して、引き取ってもらうことだろう。何しろ彼女は異世界人。まだ確定した訳では無いが、その事実はほぼ間違いないのだから。
しかしそれを躊躇わせるのが、以前狸原さんが口にしていた言葉。
曰く『薬による拷問』。
(ケモノさんの言葉は分からないし、何を目的にしているのかも不明だけど……あの瞬間、身を挺してまで俺を助けてくれようとしたのは間違いない)
そんな人物を危険があるかもしれない場所に預けるのは心が痛い。
仮に俺が「危険はないので手荒な真似はしないでください」と提言したとしても、それを狸原さんが信用する保証は皆無である。
はっきり言おう。
俺は狸原さんのことを信用していない。
そして、狸原さんも俺を信用していない。
『俺の言うことを無条件に信じる』と言う点に関して言えば、ギルド上層部の老害組の方がまだ信頼できるぐらいだ。あの人たちから感じられた俺に対する好意は本物だったし。
一方で狸原さんは、言いようのない恐ろしさを持っている……気がする。
悪い人ではないし、間違いなく良い人で、人類の味方なのだが——それは決して俺の味方という意味ではない。はっきり言って、彼が異世界人に対して情けを掛ける光景が思い浮かばなかった。
(考えすぎかもしれない……けど、あながち間違って居ないとも思う)
狸原さんと同じ雰囲気を持つ人と言えば、七規のおじい様――正元さんも近しい匂いを感じる。彼の場合はまだ融通が利きそうだが、それでも俺のためなら俺の意思をある程度無視して進めてしまいそうな気がする。
「……となると、ひとまず家に連れ帰るか」
ギルドに報告はしない。
その他の人にも極力内密に。
これで彼女の容姿が獣人ではなく、ギュスターヴやルナリア、テスタロッサの様な人型なら良かったのだが、生憎と全力でモフっていらっしゃる。現在進行形でぬいぐるみを背負ってる感じ。暖かい、柔らかい、もふもふ。
一目見て人外な彼女は、決して誰の目にも触れさせてはいけない。
(あとは意思疎通の方法だが……)
どうするかと考えながら迫りくるモンスターを魔法で倒し、十階層まで降りてきたところで——不意に背中の彼女が身動ぎをして目を覚ました。
横目で確認すると、彼女は不思議そうに周囲をきょろきょろ見まわしてから、自分を背負う俺の存在に気が付き、弾かれたように飛び降りた。
俊敏な動きで着地すると、腰へと手をやり——目を見開く。
「もしかしてこれですか?」
そう言って、俺は自分の腰に括り付けていた彼女の双剣を見せる。
すると、反応は顕著だった。
「! ×××!」
どうやら当たりらしい。
警戒心を強くして、間合いを取るケモノさん。
先程は命がけで助けてくれたというのに、今はこの態度である。
まぁ、混乱するのも無理は無いかとため息を吐き、俺は腰に下げていた双剣と鞘の取り付けられたベルトを差し出した。
「どうぞ。おんぶするのに邪魔だったから預かってただけです。……って、なに言ってるのかは分からないんだろうけど」
苦笑を浮かべて差し出すと、彼女は不審な者を見る目で俺を睨みながらおずおずと近付き、素早い動きで双剣とベルトを回収。
かと思えばその切っ先をこちらに向け――数瞬の後、小さく息を吐きながら下ろして、自分の腰に巻き付けた。
「××××」
「あー、うん。……どうしよう」
これがまだ英語なら少しは理解出来たかもしれない。
しかしながら放たれる言葉は全く知らない言語体系。
何も分からない。
向こうも何も分からない。
これは困ったちゃんだ。
「えっと……俺は相馬創です。は・じ・め」
「? ××……ぁ、じ、め?」
「そうそう。創」
「はじめ……」
身振り手振りで自己紹介してみた所、これが案外うまくいった。
ケモノさんは口の中で何度か「はじめ、はじめ……」と呟く。
「それで、そちらは?」
再度身振り手振りで問いかけるが……ケモノさんは顎に手を当てて暫く悩むそぶりを見せた後、ふるふると首を横に振った。どこか申し訳なさそうな表情を見せながら、頭に手を当てて髪の毛をクシャリと握る彼女。
それは「名前を教えたくない」というよりは「教えられない」と言った様子で……。
「……まぁ、立ち話も何だし、とりあえず移動しますか」
俺は小さく息を吐いてから、ケモノさんに向かって手招き。
彼女は、特に逆らうことも無く俺の後を着いて来るのであった。
(俺を信用した……というよりは、オーガを殲滅した事を思い出したのか?)
安心――とは別種の雰囲気を醸し出すケモノさんに内心ため息を吐きつつ、俺たちは一階層に到着。周囲に人が居ないことを常に確認しながら、夜叉の森探索者ギルドへと帰還を果たすのだった。
§
ケモノさんを連れて帰って来た夜叉の森探索者ギルドは閑散としていた。
壁掛け時計に視線を向けると、時刻は深夜三時を過ぎた頃合い。
そりゃ人もいない訳である。
こんな時間から潜ろうとする奇特な輩は少ないし、現在進行形で潜っている探索者はダンジョン内で一夜を明かすことが多いからだ。
俺は周囲の状況を確認してからケモノさんに向かって、口元に指を当てて「しーっ」と静かにするようジェスチャーで伝える。こくりと首肯が返って来たのを確認してから、俺たちは一度更衣室へ。
家へ帰るには準備が必要だ。
流石にケモノさんの目の前で着替えるのは憚られる為、軽く汗を拭いてから義手を装着。
持って来ていた服や着替えは鞄に詰めた所で――ふとバスタオルを発見した。夜叉の森探索者ギルドにはシャワーが併設されており、その際に貸し出されるタオルである。
俺はないよりましかと判断してケモノさんの頭に被せる。
ここまでの俺の動きから、彼女も自分の存在が第三者に見られるのはマズいと察していたのか、大人しく身を隠すようにバスタオルを被ってくれるケモノさん。
(まぁそれでも、もふもふのしっぽは健在な訳だが)
その後、息を殺して更衣室の外へ。
(さて、後は……)
更衣室を出た俺は廊下からロビーの方を伺う。ダンジョンの出入り口から更衣室までの間に探索者の姿はなかったが、それでも受付嬢となれば話は別。夜叉の森は基本的に、二十四時間受付嬢が常駐している。
そして、受付嬢の座るカウンターからギルドの出入り口は丸見えという仕様であった。普段は何も思わなかったけれど、ギルドに隠し事をしながらダンジョンを抜け出したい人間にとっては最悪の位置関係である。
……いや、だからこそなのか。
俺はそっと受付カウンターとロビーをちらり。
俺の姿をまねるようにケモノさんもちらり。
もふもふのしっぽが足に当たってくすぐったい。
なんて思いながら覗き込んだ先には……。
(……っ、何であの人がここにいるんだ!?)
そこに居たのは見覚えのある地雷系受付嬢と、筋骨隆々の大男。
夜叉の森の探索者――ではない。
しかしながら、その顔を――否、その筋肉を見間違えることはあり得なかった。
「つまり、先日の少女たちが夜叉の森の探索者も認める実力者だった、というのは事実なのですね?」
「だからそう言ってるじゃないですか~」
どこか素っ気ない態度で対応する入江さんに小さくため息を零す彼は、レイジのパーティーに所属するAランク探索者の一人、米山一成。ネットでは米山ニキの愛称で親しまれるムキムキな彼である。
(話の内容からすると、用件は七規たちか?)
何故? と疑問を抱いていると、ケモノさんが袖口を引っ張って来た。
どうしたんだい? と視線を向けると、ケモノさんは自らの腰に下げた双剣の柄に触れ、米山ニキたちを指さしながら、『殺す?』と言いたげな目をこちらに向けてきた。
言葉は通じないのにこれ程わかりやすいこともない。
(絶対にやめてくださいお願いします)
俺は首を横に振って落ち着くようにジェスチャー。
そうこうしている間にも、二人の話し合いは続く。
「出来ればもう少し詳しい情報を。それとロック・ビートルの異常種に関する資料も――」
「ロック・ビートルはともかく、探索者の情報は担当者と、本人たちの了承がないことには無理です。明日の昼にでもまた来てくださ~い」
「日中帯は……自分は、間違いなくこちらのギルドの探索者の方々から嫌われているでしょうし」
「よくお分かりで。私も嫌いで~す」
「……仕方がありませんね。それではまた明日、その担当者という人物に面会できるよう取り付けていただくことはできますか? モンスターの方だけでも把握しておきたいので」
「……はぁ、分かりました」
「感謝いたします。それでは自分はこれで」
取り付く島もないと言った様子に、小さくも頭を垂れて踵を返す米山ニキ。
大きな筋肉が小さく見えた。
入江さんすげぇ。
ってか、米山ニキって夜叉の森の人に嫌われてるの?
全然知らなかった。
米山ニキがギルドの出入り口から消えた後、入江さんは深く椅子に腰かけ大きくため息。
「あぁー、ほんとイライラする。あんのくそレイジのパーティーメンバーとか、ほんとうざっ。トイレ行こーっと」
そう言って席を立つ入江さん。
今日も今日とて地雷系ファッションが可愛らしい。とても人妻だとは思えない。
(っと、今がチャンスか)
米山ニキの登場で忘れかけていたが、今はギルドに見つからないようケモノさんを連れ帰ることが最優先。入江さんが居なくなった今は絶好の機会である。
俺はケモノさんの手を引いて出入口へ。
やっていることは完全に密入国のようであるが、今は気にしない方向で行こう。
正直なところ、俺自身この行動が正解か分からない。
あまりにも前例のないことだからだ。
けれど――。
「? ××、は、じめ?」
「いえ、何でもありません。行きますよ」
出入り口に向かって歩き出す。ロビーには防犯カメラもあるが、何かしら事件が発生しなければ、確認されることもないだろう。
俺たちは足音を消してロビーを横切り、自動ドアの前まで到着。
このまま安全に外へ、と思ったのも束の間――ウィーン、と独りでに開いた扉にケモノさんが大きく反応。バッ、と飛び退いて転びそうになる。
「……っ!?」
俺は魔速型を使用して彼女の下へと手を伸ばし——。
「……あれ? 何か音がした気がしたけど、気のせい? ……はっ! も、もしかして幽霊的な? ひぇぇ……相馬きゅんの写真でも見て癒されよーっと♡」
ケモノさんを抱えて自動ドアを抜け、閉まると同時に入江さんが戻ってきた。
俺の写真って何だろう? とか思わないでもないけれど、何はともあれギルドは脱出である。
「×××……」
転びそうになったところを支えた結果、抱えるような状況となった事にケモノさんが抗議の視線を向けてきた。
「あぁ、すみません。けど、出来ればもう少しこのままで」
「? はじ――め!?」
困惑の表情を見せるケモノさんに苦笑を浮かべつつ、俺は身体強化の脚力を用いて大きく跳躍。夏の夜空に氷の足場を生成し、着地する。
「それじゃあ五分もかからないと思うので、もう少しだけ我慢してください」
「っ!? ××! ××××ッ! ――――ッ!!」
視線の先に新たな氷の足場を作ったことで何をしようとしているのか理解したのか、振り落とされまいと強く抱き着いて、可愛らしい少女のような悲鳴を上げるケモノさん。
しかしすぐにスピードに慣れると、彼女は夜空に輝く星々に目を奪われる。
暑い夏と言っても、夜になればそれなりに涼しい。
俺も夏の大三角を横目に捉えながら、満天の星空を駆け抜けるのだった。
それから約四分後、三船町の自宅に到着した。
ケモノさんに負担をかけるわけにもいかないので、東京から夜叉の森に帰ってきた時よりずいぶん速度を緩めての夜間飛行だったが、想定より早く到着したな。
(次からは七規と幸坂さんも抱えながら移動しようかな……)
法律的には思いっきりアウトであるけれど、そんなことを思う高二の夏であった。




