ep3 再訪の水瀬家
とりあえずシャワーに、ということで俺とシャルロッテさんは話の前に風呂に向かうことになった。
もちろん別々に。
最初にシャルロッテさんが七規に連れられ浴室へ向かい、その間に俺は案内された客間にて、タオルを借りて汗を拭いながら冷たい麦茶をいただくこととなった。
「ははっ、迎えを出せばよかったですな」
「いえ、たまには太陽の下で運動するのも大切ですから」
対面で笑みを浮かべるのは俺をここに呼んだ張本人、おじい様こと水瀬正元さんだ。今日も今日とて渋かっこいい。
そんな彼は俺の言葉に首肯を返す。
「確かに、技術の進歩は我々に快適さを与えますが、だからと言って堕落していい訳ではありません。流石ですな」
「ははっ、無理に褒めないでくださいよ」
「本心ですよ。……ところで、丁度七規も居ない事ですし、先に一つ謝罪させていただきたいのですが」
「謝罪?」
はて? 何か謝られるようなことがあっただろうか?
頭に疑問符を浮かべていると、彼はコホンと咳払いしてからどこか言い辛そうに、しかし真剣な表情で告げた。
「私たちの家族——正確には私の以前の在り方によって、相馬さんに要らぬ疑惑を与え、迷惑をかけてしまったこと、心より深くお詫び申し上げます」
一瞬なんのことかと悩み、思い至る。
彼が言っているのは数日前――Sランク探索者認定式の場で記者に言われた『元暴力団関係者と繋がりがある』という記事のことだろう。
事実、学校の教師陣も七規のおじい様が元『ヤ』の付く人だったと言っていた。
正直に言って、あまり気にせず『頼りになるおじい様』程度に考えていたのだけど……こうして謝罪してきたという事は、事実なのだろう。
「相馬さんのことです。ネット等で調べて知っているとは思いますが、この身がかつて非合法な組織の頭であったことは紛れもない事実。きちんとお話することを怠り、ご迷惑をおかけしたこと謝罪します」
どうしよう、まったく調べてなかったぜ。
むしろ元『ヤ』の付く人程度の情報しか知らなかったぜ。
しかしそんな心境はおくびにも出さず、俺は応える。
「問題ありませんよ。今が違うというのであれば、それ以上何かを言う事もありません。俺にとって正元さんは恩人ですし、大切な後輩のおじい様です。——それ以外にありませんよ」
「……相馬さん」
「それに、悪いことをしているって意味じゃ違法とされている『魔質増強剤』を使った俺も同罪ですしね」
自虐するように笑みを返すと、おじい様は肩をすくめてみせる。
「敵いませんな」
「これでも日本最強のSランク探索者ですので」
ふふん、と胸を張るとおじい様は苦笑。
「ですな。……では、そんな日本最強殿に、一応これもお渡ししておきます。こちらも七規達のいる場では渡せない物ですので」
そう言って渡されたのは分厚い資料。
何だい? これは。
疑問に思いつつも一番上の紙に目を落とすと——そこには『相馬創氏に対する誹謗中傷と開示請求の是非と費用算出に関する資料』の文字。
「……ふむ」
ぺらっと次のページをめくってみると、そこには俺に対する誹謗中傷の書き込みがずらり。一秒で閉じた。
「これは……?」
「知り合いに頼んで作っていただいた資料になります。私用の弁護士先生にも確認していただき、それぞれ裁判で勝てる勝てない、曖昧、開示請求可能、不可能など様々な要素に区分した資料になります」
なにそれ凄い。
そして怖い。
狸原さんに通ずる怖さがある。
「ほう……」
「相馬さんがやってくれとおっしゃられるのでしたら、私どもの方で訴訟を起こしがっぽりと慰謝料を踏んだくって見せましょう」
「マジっすか……」
ここまでやる気という事は、ほぼほぼ勝てるという事なのだろう。
確かに、行き過ぎたアンチは不快だ。
しかし無視できないかと聞かれれば、答えは否。
俺は『嫌なら見るな』が出来るタイプの人間であるし、ここ最近に至っては人間社会でどうなろうと気にならなくなっている。
(……? 今なんか……?)
まぁ、いいか。
何はともあれ、せっかく資料作ってもらったならやってもらうとしよう。勿体ないし。
「裁判のこととか全く分からないですけど、それでもいいならやってください」
「はい、お任せください。相馬さんには何も迷惑を掛けず、気付けば通帳の貯金が増えているなぁと思える日々を送らせて見せましょう」
それはそれで怖いけど。
「よ、よろしくお願いします」
粛々と頷いて見せたところで、七規とシャルロッテさんが風呂から上がって来た。薄手の着物姿は二人に良く似合っており、艶やかな黒髪の大和撫子な七規は当然として、シャルロッテさんも可愛らしい。
そんな二人はバスタオルで髪を拭いながら、まっすぐ扇風機の方へ。
「こら七規、風呂の後すぐに扇風機の風を浴びるのは身体に悪いから止めなさい」
「だって暑いんだも~ん」
「も~ん」
七規の真似をするシャルロッテさん。
その様子が微笑ましかったのか、怒っていたおじい様の口元が思わず弧を描く。しかしすぐに咳払いをして取り繕うと、彼は小さくため息をついて——。
「なら冷凍庫にアイスがあるからそれを食べなさい」
「やった~、シャルちゃん行こ~」
「うん!」
てててっ、と部屋を後にした二人を見送り、おじい様が呟く。
「……ひ孫、か」
「……」
対する俺は麦茶をゴクリ。
あぁ、美味しいなぁ。麦茶。
お茶ってそれぞれ家庭で味が違うけど、七規の家のお茶は本当においしいな。きっといい茶葉を使ってるんだろうな。玉露とかそう言うの。よく知らないけど。
俺も今度買おうかな。
お金ならいっぱいあるし。
「ひ孫、か……」
「……」
「早く見たいですね……」
「……お、俺もお風呂お借りします」
「えぇ、どうぞ」
俺は、そそくさと風呂場へ逃げる。
別に七規のことは嫌いではないし、大切な存在だ。将来的に彼女と結婚するのも悪くないと思う自分がいる一方で、だからと言って周りに言われて流されるのはなぁ、とも思ってしまう。
大切な相手で、大切な選択になると理解しているからこそ、もう少し慎重に考えたい。
とか何とか。要は露骨なキープ宣言をそれっぽく取り繕いつつ、俺は風呂場へと向かい――。
「ほぇ~、ひのき風呂とか初めて見た」
ゆっくり汗を流すのだった。
微かに七規の匂いがしてドキドキしたのは許して欲しい。
だって男子高校生なんだもん。




