ep33 絶望への招待
ミノタウロスとの戦闘は、想像以上に上手く進んでいた。
決して楽な戦闘ではない。
油断すると即死級の攻撃が飛んでくる。
前線を張っている幸坂さんや友利さんは生傷が目立つし、息も荒い。
しかしそれでも、押しているのは私たちの方だった。
『BUMOOOOOOOOOOOO!!』
雄牛の咆哮と共に、バトルアックスが振り下ろされる。
これを受けたのは友利さん。
迫りくる巨大な斧を無駄の無い手さばきで軌道を横にズラす。
地面が割れて、地響きが木霊する。
そうして生まれた一瞬の隙に、せんぱいと同じ魔速型の使い手であるのの猫が接近。手にした剣を正眼に構え、喉につき刺す。人間なら致命傷——しかし、巨大な雄牛は痛みに呻く程度。
のの猫を振り払おうと丸太のような腕を振り回す雄牛。
そこへすかさず幸坂さんが割って入り、攻撃をガード。
加えて、笹木さんと江渡さんが魔法を放つ。
雑魚相手なら瞬殺する魔法は、されど雄牛には目くらましにしかならない。当然、二人もそれを理解している。ただ、今欲しいのはその目くらまし。
二人の背後で、バスタードソードを手にした少女が跳躍。
風属性魔法による気流操作で速度を付けた彼女は、そのまま雄牛の脳天目掛けて剣を振り下ろす。
「最後は貰ったァ~!」
快活な笑みと共に振り下ろされたバスタードソードは、彼女の最初の宣言通り、ミノタウロスの頭蓋をカチ割った。否、それだけで威力は収まらず――縦一閃。地面まで振り下ろされた衝撃で、大地が網目状にひび割れる。
Cランク探索者、白木さんは圧倒的な火力を見せつけたのだった。
「……すっご」
時間にしてみれば十分も戦っていなかったと思う。
出来る出来るとは思っていた。
けれど、まさかこれほどとは。
「終わったよ~、七規ちゃんはどう?」
「は、はい! 何匹か近付いてきましたが、無事討伐できました!」
「うんうん、ありがとね~!」
ニコニコと笑いながら頭を撫でてくる白木さん。
これでCランクとは……。
のの猫もすごかったけれど、白木さんも恐ろしい程に強い。
「それに、しても、こんな、階層に、ミノタウロス、なんて……」
顎に手を当てて考え込む幸坂さん。
そんな彼女に白木さんが頷く。
「ですよね~、私も一年以上潜ってますけどこの階層で見たのは初めてですよ~。……あ、魔石はどうします? みんなで山分け? 多分今の異変レベルの強さだったから、もしかしたら臨時報酬も入るかも! 今日は豪遊だ~!」
何て、相も変わらずハイテンションな彼女にみんなが苦笑を浮かべていた――まさにその瞬間だった。
「……っ」
視線。
私は即座に周囲を見回して、しかし何かを発見するよりも早く大地が強く輝いた。足元に出現したのは一つの大きな魔法陣。
「……っ、くそ!」
「笹木さん!」
即座に反応できたのは二人。
友利さんとのの猫。
友利さんは近くに居た江渡さんに飛びつくようにして魔法陣の外へ逃げ、のの猫は笹木さんを強く押し飛ばした。
結果、逃げ遅れたのは四人。
経験の浅い私。
重装備の幸坂さん。
何がなんだか理解していない白木さん。
そして、笹木さんを突き飛ばした都合、魔法陣の上に身体が残ってしまったのの猫。
「白木ちゃん!」
「猫ちゃん!」
江渡さんと笹木さんの悲鳴が聞こえたかと思った瞬間——世界が暗転する。
僅かな浮遊感の後、足元に地面の感触。
私はバランスを崩して、尻もちを着いてしまった。
「七規ちゃん、大丈夫?」
幸坂さんが心配げな様子で駆け寄り、それに伴いのの猫と白木さんも私を中心に集まる。私は幸坂さんの手を借りながら立ち上がって……そこで初めて周囲を視認した。
「……どこ、ここ?」
それは、この中で一番夜叉の森ダンジョンに詳しい白木さんの言葉。
流石の彼女も平素の明るさを消し、表情をこわばらせている。
——そこは不気味な場所だった。
足元には紫色の草原が広がり、空は曇天。
森というには些か少ないが、周囲には幹がグネグネとねじ曲がった木々が生えており、足元の草原同様紫色の葉を茂らせていた。生温い風が肌を撫で、すえた匂いが鼻腔を蹂躙する。
先ほどまでいた二十二階層とは似ても似つかない場所。
何故、こんなところに居るのか。
その答えを呟いたのは、幸坂さんだった。
「まさか……転移魔法陣?」
「……」
全員が息を飲む。
特段顕著なのは私と幸坂さん。
転移魔法陣――その恐ろしさはせんぱいから聞いて知っている。
つい最近彼は転移魔法陣に巻き込まれ、左腕を失ったばかりなのだから。
「で、でも、二十二階層に転移魔法陣なんて、聞いたことないよ?」
「森の中だったし、ただ見つかっていなかっただけじゃ……」
なんて話していると、足音が聞こえた。
先ほどのミノタウロスなど比べ物にならない、大地を揺らす――大きな足音。
薄暗くはあるが、それでも木々が少ない分視界の開けた階層の奥に巨大な影を見つけた。
高さは二十メートル以上はあろうか。
学校の校舎よりさらに大きなそのシルエットは――カブトムシ。
ゆっくりと旋回しながらこちらへ角の先端を向けた瞬間——光が明滅。
次いで爆音が鳴り響き——
「——ッ!!」
幸坂さんが盾を構えた瞬間、飛来した何かに打ち抜かれて彼女ははるか後方へと吹き飛ばされる。ミノタウロスの一撃など、まるでお遊びに思える破壊力。
幸坂さんの身体は一度も地面につくことなく、数十メートル後方のダンジョンの壁に叩きつけられた。両腕の盾は砕け、装備していた防具もすべて砕け散る。力なく地面に落下した彼女はぴくりとも動かなくなった。
「……ぁ、ぁあっ、こ、幸坂さ——」
と動かない彼女の下に駆け寄ろうとして、私の身体を白木さんが掴んで場所を移動。すると先ほどまでいた場所が大きくえぐれていた。飛来した物体の正体は——巨大な岩。
「……ふざけてる。あんな大きさ、あり得ない……ッ!」
私の身体を抱えた白木さんはモンスターを睨みながら、ギリッと奥歯を噛みしめる。そんな彼女に、魔速型で岩を回避したのの猫が並びながら問いかけた。
「あ、あれは、何なんですか!?」
「……ロック・ビートル……だと、思う」
「思うって……」
「ロック・ビートルは角が砲台みたいになってて、岩を撃ってくるモンスター。でも体長は大きくても精々一メートルぐらいで……こんな、あんなの……あまりにも異常すぎるッ!!」
転移魔法陣。
迷子の現状。
異常なモンスター。
あまりにも、絶望がすぎる。
「……っ、とりあえず、幸坂さんのところへ行ってください」
「わかってるっ!」
不安で心が押しつぶされそうだけれど、それでも諦める選択肢はない。




