ep24 覚悟の違い
「それじゃ、俺たちはそろそろ」
「おっけー、因みにもっと深くまで潜る感じ?」
白木の質問に、俺は七規と幸坂さんを確認してから首を横に振った。
「いえ、地上へ向けて帰るつもりです」
幸坂さんは問題ないだろう。
巨大な盾を担いで、汗を流してはいるけれど体力的には余裕がありそう。
問題なのは七規の方である。
先ほどの彼女の両親の話や、改めて俺に告白してきた一件を得て、緊張の糸が完全に途切れてしまっている。
これがベテラン探索者ならすぐに意識を切り替えられるだろう。
しかし、七規はまだ二回目である。
一度目は三船ダンジョン。
そして二度目が、今回の夜叉の森ダンジョン。
新天地ということもあり、無理は避けるべきだ。
幸坂さんも理解しているのか、小さく首肯を返してくれた。
「なるほど、それじゃ一緒に帰ろーぜー」
「そっちも帰るんですか?」
「敬語じゃなくていいよ。んまぁ、そうだね〜。お腹空いたし」
「白木ちゃん、お弁当忘れてくるから……」
「……私もお腹空いた」
「友利ちゃんは早弁するからぁ! もー! バカばっか!」
白木と友利に挟まれ嘆く江渡さん。
出会って数分であるが、苦労人であることはよく分かった。
「それじゃ、さっさと帰るか」
そんな訳で、俺たちは夜叉の森ギルドへ向けて歩き出そうとして——瞬間。
「……っ!?」
視線を感じて振り返る。
左腕に氷の義手を生成し、右手に氷の剣を構える。
「え、な、なに!?」
突然の奇行に白木が目をぱちくりさせるが、今は無視。
俺は視線を巡らせながら『フレイム・サーチ』を行使しようとして……視線が消えていることに気付く。
……勘違いか?
じっとりとした嫌な感覚は、かつて三船ダンジョンで抱いた不吉な予感と似ている。つまりは、かつての記憶がフラッシュバックした可能性もあると言うこと。
ナイトメア戦の絶望は、俺に恐怖を刻み込んだ。
しかしトラウマというほど刻み込まれている訳ではない。少なくとも、俺自身はそう認識している。
が、身体が——本能が思い出して反応する可能性は否定できなかった。
心ではなく、身体に紐づけられたトラウマ。
ダンジョンという環境が、かつての嫌な感覚を想起させたというのは十分にあり得る。
「……せんぱい?」
「あっ、いや悪い。その……そう、モンスターの気配がしたんだ。まぁ、こっちの人数見て遠ざかったみたいだけど」
「そうなの?」
「あぁ、大丈夫だ」
……少なくとも、今は何も感じない。
先ほどの感覚も、気のせいだったかもしれない。
(元々警戒を怠るつもりはなかったが、さらに用心しておくか〜?)
具体的には七規のおじい様から再度いけないお薬を調達しておいた方が良いかもしれない。違法薬物に頼るとか、最悪だけれど背に腹は代えられない。
世間にバレたらとんでもないことになりそうではあるが。
なんて思っていると、白木が氷の義手に目を輝かせているのに気が付いた。
「すごー! 相馬っちそれどうなってんの? 握手してー!」
「……はい」
「やったー、うひゃ~冷て~って、手がくっついた! く、くく、くっついたぁ!」
「……」
冷たい物に触れたら皮膚がくっつくアレである。
氷の義手相手に格闘する白木と「ごめんなさい、ごめんなさい!」と謝罪する江渡さん。我関せずに「かき氷も食べたい……」と呟く友利さん。
俺は火属性魔法で氷を溶かしつつ、胸中でため息を吐く。
「……せんぱい、ほんとにこの人たちを参考にするの?」
「やっぱりやめるか」
そういうことになった。
§
割とのんびりダンジョン攻略を行っていたのでギルドに帰って来たのが午後三時過ぎ。俺たちは白木たちと別れると、本日手に入れた魔石を売却。
お金を受け取ると、ギルドに併設されたシャワー室で汗を流し、着替えを済ませる。別に急いでいる訳でもないので少し休憩し、三船町へ向けて出発したのは午後四時半頃だった。
と言っても夏の日照時間は長く、まだ夕焼けすらしていないが。
ハンドルを握る幸坂さんは不意に呟く。
「……次は、一泊する形で、予定を、立てよっか」
「ですね。すみません、気が回らなくて」
「いいよ、でも、出来れば、助手席で、お話し相手に、なってくれると、嬉しいかも」
流石にダンジョン探索した後の運転は疲れるのだろう。
それも一時間半である。
免許持ってなかったから全然気付かなかった。
「それはもちろん」
そんな訳で俺は座席を移動。
七規は後部座席で寝ている。
最初は七規に言われて俺も後部座席にいたのだが、出発後十分で彼女は夢の中へと旅立ってしまった。ダンジョン探索者として潜ったのはこれでまだ二回目だし、気疲れしたのだろう。
「それで、私の、動きは、どうだった?」
「良かったですよ。基本的には盾で鏖殺、相手が素早い場合は攻撃を受けてからカウンター。動きに無駄もありませんでした。ソロでも充分通じると思います」
「えへへ、ありがと」
「ただ心配なのが……強力な一撃を防ぎきれるか」
「強力な、一撃?」
「そこまで深層に潜ることは無いと思いますが、要はカウンター仕切れないほどの強力な一撃を、どうするのか聞いておきたいなと。真正面から受け止めるのか、流すのか」
「流せるなら、そうする……けど、それ以外は、気合で」
脳筋かな?
……いや、幸坂さん割と脳筋だったわ。
「そうですか……」
「心配?」
「そりゃそうですよ」
「……でも、受けられない、攻撃の、対応は、考えても、意味がない、よ?」
「え?」
小首をかしげる。
すると、丁度赤信号で車が止まり——幸坂さんは真剣な表情で告げた。
「何でも、こなせるのは、Aランク探索者以上、だけだから」
「……」
「無理な物は、追わない。出来る事を、伸ばす。それが、大半の、探索者の、処世術。私は、私が受け止められない、攻撃は、諦める。そういう、戦闘に、ならないように、立ち回る」
「……なるほど」
この辺りの認識のずれを、俺は今初めて自覚したかもしれない。
俺はこれまで三船ダンジョンを一人で守って来た。
戦う相手は『異変』ばかり。
逃げるとデスパレードの可能性がある。
つまり、戦いを回避する選択肢はなかった。
だが、彼女は違う。
否——他の探索者たちは違うのだ。
みんな職業として『探索者』をしている。
俺自身、ちゃんと理解しているつもりだったのに——その本質を理解しきれていなかった。
探索者とは命を落とす可能性のある職業で、間違っても命を懸ける職業ではないのだ、と。
車が動き出す。
景色が前から後ろに流れていく。
ぼんやり眺めていると、幸坂さんは「そう言えば」と口を開いた。
「夜叉の森ギルドの、入江さん、なんだけど……」
「彼女がどうかしたんですか?」
「あの人、ガチだよ」
「……ガチ、とは?」
いきなりの話題転換についていけない。
ガチ? 地雷系ファッションガチ勢ということだろうか?
俺の疑問に、幸坂さんは渋い表情を浮かべて答えた。
「ガチで、相馬くん、狙ってる」
「え……いやいや、何言ってるんですか? あの人既婚者ですよ? あり得ないですって。そんなの不倫になっちゃうじゃないですか」
「……相馬くん。キミの、周りの、人たちは、良い人ばかり、だけど……不倫する人だって、この世には、ごまんと、居るんだよ」
「……ガチですか?」
「ガチだよ」
ガチか……。
確かに、松本さんや霜月さん、友部さんたちから受ける感情と、入江さんから向けられる感情は少し違っているように俺も思っていた。
具体的には厚意と好意。
人妻とのいけない関係を妄想する思春期男子ではあるけれど、ガチなのはちょっと。
「ご忠告、ありがとうございます。一応、気を付けておきますね」
そう答えて、俺たちは三船町へと帰るのだった。




