ep14 師弟関係
それはそうとのの猫だ。
まさか離脱している間にそんなことになっていたとは。
(色々思うところはあるけど……正直嬉しいな)
これまで俺は何度もアドバイスしてきた。
けれど、配信者が指示厨の相手をしないのは当然の事。
無視されても特に何とも思っていなかった。
俺はただ気になったところをアドバイスして、本心は五万円を送りたかっただけである。
ガチ恋勢舐めないで欲しい。
多分数百万円はのの猫に貢いでるし、そっちが本命だ。
なので、別に謝罪とか返金とか必要ない……のだが。
「それで、どうするんですか?」
「どうしましょ」
正直のの猫に求められるのは悪い気分ではない。
むしろ最高。
しかして、いざ推しとお近付きになれるとなると、躊躇してしまう。
俺ってもしかして、推しとは適切な距離で接したい系視聴者だったのか?
色々考える。
お肉を食べながら考える。
「おい主さま! 大変だ!」
「ど、どうしたんですか!?」
「間違えて牛タンにタレを付けちまった!」
「……そうですか」
どうでもよかった。
「悪い、主さまの牛タンを……」
「え、俺のなの?」
どうでもよくなかった。
ちょっとしょんぼりしていると霜月さんが自分の牛タンと交換してくれた。
やさしい……と思ったけど、彼女が蒔いた種だったよ。
「……そうだな。アドバイスを始めたのは俺だ。俺の蒔いた種だ」
「ん? なになに、なんの話?」
「いえ、おかげで背中を押してもらえました。ありがとうございます霜月さん!」
「ぁ、え? マジで何の話?」
困惑の霜月さんは彼女さんへと視線を向ける。
しかし彼女さんも訳が分からないと首を横に振った。
「さぁ……相馬くんって割と変人みたいですし、分かりません」
「酷くない? 彼女さん酷くないですか?」
「大丈夫大丈夫。変人でも嫌ったりしないですから」
そう言って俺の頭をなでなで。
ふふふふふっ、と笑う彼女さんの頬は僅かに上気している。
いや、それは頬だけじゃない。
顔全体真っ赤だ。
目元はとろんとして、常に微笑んでいらっしゃる。
「……酔ってます?」
「酔ってませんよぉ~。まったく……ぐびっぐびっぐびっ、っぷっはぁ!」
ゴンッとテーブルにジョッキを置く彼女さん。
そこには空になったジョッキが一つ、二つ、三つ……十個。
い、いつの間にこんな飲んでたの!?
「ふぅ~、やっぱり猫ちゃんの配信は酒が進むなぁ~!」
「あっ、おいまたそんなに飲んで」
「いいのいいの、気にしな~いで!」
酩酊状態に気付いた彼氏さんが苦言を呈するも、彼女さんは聞く耳持たずの様子で、のの猫のチャンネルを開き動画を再生していた。
それは現在進行形で配信されている動画だ。
俺も自分のスマホでチェック。
のの猫壊れちゃった事件の翌日である昨日はお休みしたらしく、その一件以降最初の配信らしい。
因みにタイトルは、
【お騒がせしました。のの猫は元気です。by笹木 #のの猫#ダンジョン配信#渋谷ダンジョン】
というもの。
笹木さん、大変だね。
「で、で? どーするんですかぁ?」
「そうですね。それとなくスパチャでも——って、近いんですが?」
「あー、相馬くん気を付けろ。そいつキス魔だから」
「えぇ!? か、彼氏さん止めないんですか!?」
「だいじょぶだいじょぶ。そいつ男なら頬にしかキスしないから」
「いや、そういう問題じゃ——」
俺のことを変人と言っておきながら、アンタが一番変人じゃないか彼女さん。
なんて思っていると、肩をがしっと掴まれる。
「へ?」
「んむー、ちゅー、そーまくんちゅー」
「わー! ほんとマズいですって! 頬でも、こういうのはダメですって!」
「えー!」
「ほら、俺よりも彼氏さんが羨ましそうに見てますよ!」
「え!? ほんとだー! だいじょーぶだいじょーぶ、私、浮気しないので。あははははっ! ……寝る」
ひとしきり笑った後、横になる彼女さん。
胡坐をかいていた俺の膝の上に頭を乗せた。
いきなりエンジン全開でびっくりである。
助けを求めるように彼氏さんを見ると、彼はため息交じりに立ち上がって俺たちの傍へ。
「代わるよ。酔っ払いの相手してもらって悪いな」
「いえ、大丈夫ですよ」
彼氏さんに彼女さん預けて席を交換。
俺は彼が座っていた友部さんの隣へと腰を落ち着けると、再度スマホの画面へ視線を落とした。
それはのの猫の配信画面。
『飼い主のみんなー、こんねこー』
:壊れた人だ
:こんねこー
:こんこんねこねこー
:守銭奴キャット
:今日めっちゃ人多くね?
:壊れたシーンの切り抜き、ミリオン再生行ってたからなぁww
『うぅ、ほんとすみません。つい、こう堪えていたものが崩壊してしまいまして』
恥ずかしそうに手で顔を覆うのの猫。
若干赤らめている頬が非常に可愛らしい。
やっぱり、俺はのの猫が好きだなぁ。
『いや、正直あの対応はなかったなぁと。先日帰ってからも笹木さんにこっぴどく怒られまして、非常に反省しました。ごめ——、——ッ!』
謝罪の途中で何かに気付いた様子で言葉を止めたのの猫は、徐に移動すると細身の片手剣を振う。
一撃で討伐したのはエンジェル・ポーン。
メイスを武器に戦うCランク指定のモンスターだ。
:!?
:一瞬で草
:ここ最近の猫ちゃんの成長がやばいww
『ごめんごめん、モンスターが視界に入ったら排除するように今癖付けてて……兎にも角にも、昨日みたいなことはもうないように気を付けるから、これからも応援してくれると嬉しいですっ!』
そう言ってにこやかに笑うのの猫に感激しつつ、俺はスマホを操作。
出来上がった文章を——ぽちっ。
:猫ちゃんしゅき♡
:やっぱり俺の嫁なんだよなぁ
:↑俺のだから
:いつまでも応援してます!!
—————
影猫@Aランク探索者 ¥50,000
『猫チャン(=^・^=)今日も可愛いネ♪(*^-^*) 見ない間にすごく強くなっててびっくりしちゃっタナ♡ でも、エンジェルポーンは複数で行動することもあるモンスター(n꒪꒳꒪n)ガオ-だから、見つけたら他に居ないか索敵しようネ(*^-^*)』
—————
:!?
:!?
:なんだこいつ!?
:五万スパチャやん、金持ち~
:あっ
:え?
:草www
:草に草生やすな
:影猫やんwww
:で、で、で、でた~www
:クソきしょ指示厨影猫!
:でも、猫ちゃんはこいつのアドバイスで強くなってるって……
:↑それを差し引いてもこれはキモいww
『……ぁ、え?』
『ちょ、猫ちゃん落ち着い——』
『か、かか、影猫さん!? その気持ち悪い文章は影猫さん!?』
:気持ち悪いで草
:辛辣で草
:でも間違いないww
:気持ち悪い物は気持ち悪いし、仕方ないね()
—————
影猫@Aランク探索者 ¥50,000
『気持ち悪く((;゜Д゜))はない、けど本物だヨ!何か探してる(・ω・ = ・ω・)って聞いたから来ちゃった♡愛する猫チャン(=・ω・=)にゃ~♥の為ならたとえ火の中、水の中‼️ 猫ちゃんのスカートの中……ナンチャッテ‼️(*/ω\*)イヤン』
—————
:おっさん絶好調やなww
:ガチでヤバいww
:これは本物の影猫ですねぇ
:このキモさは誰にもまねできない本物だね
:久しぶりやんけ影猫
見ればどことなく覚えのあるアカウントが並んでいる。
古参仲間(敵)だ。
『……ぅ』
:あまりのキツさに猫ちゃんドン引きで草
:顔引きつっててワロタ
:これは伝説に残るクソスパ
『い、いえ、何でもありません! それより影猫さん! 今まですみませんでした! 私全然アドバイスを聞いてなくて……』
それに関しては仕方ないだろう。
物を教えるというのは何を教えるかではなく誰が教えるかが最も重要なのだから。
そして相手が誰か分からなくとも実力を示せば意見は変わるもので――。
『影猫さん……貴方は上位の探索者ですか!? いえ、仮に上位の探索者じゃなかったとしても……お願いします! 私に戦い方を――さらに強くなる道を教えて下さい!!』
唇を噛み締め、真摯な表情でカメラに向かって言い切ったのの猫。
色々しがらみはあるのだろう。
しかしそれでもそれ以上に強さに固執する姿が、俺は好きだった。
まったく、そんな願いを断れるガチ恋勢が何処にいるというのか。
故に俺はスパチャで返す。
―――――
影猫@Aランク探索者 ¥50,000
『後方腕組師匠面はガチ恋勢の特権だヨ( ̄▽ ̄)もちろん喜んで‼️♡♡』
―――――
『ぅお……ぁあ、ありがとうございます!』
こうして俺とのの猫の師弟関係が始まった。
:のの猫早まったな…
そこ、うるさい。




