ep6 夜叉の森からの招集
時刻は夜十時。
「ばばんばばんばんばん~」
夕食を終えた俺は、鼻歌交じりに風呂に入っていた。温かい湯船に身を沈め、考えるのはダンジョンの事。
以前は忙殺される日々故に、ダンジョンのことなど考えたくもなかった。しかして、いざ考えなくていいとなれば、それはそれで不安なもので。
やはり俺も、ダンジョン探索者ということか。
次に潜るのは期末試験終了後。
夏休みに入ってからにしようと、七規と幸坂さんの二人と話し合っていた。
はっきり言って楽しみ。
休む暇もなく潜らされるのはごめん被るが、そうでなければ元来俺はダンジョン探索が嫌いではないのだ。
加えて次からはパーティーだ。
これで楽しみじゃない訳がない。
かつて憧れた、ごく普通の探索者の様で——心が躍る。
「やっぱり義務感でやるのとは違うよなぁ」
なんてぼやきつつ風呂から上がり、身体を拭いていると——スマホが着信を伝えた。
こんな夜中に誰だろう?
俺はちらりと液晶を見やり、胸が高鳴る。
それは嬉しさからか。
それとも不安からか。
液晶に表示されていたのは『松本さん』の名前。
「……ふぅ」
大きく深呼吸してから、生唾をごくり。
これはまさか……いやいや、まさかね。
あり得ないよ。
だって、三船ダンジョンはもうないんだから。
ダンジョンがあった時は、昼夜問わず松本さんから電話があった。理由は単純に、異変が時間帯を選ばないから。
「いや、だからもうダンジョンは無いんだって」
あり得ない想像を、頭を振って否定。
きっと松本さんは個人的に俺と話したいから電話を掛けてきたに違いない。やったね、嬉しいぜ。松本さんと寝落ち通話しちゃうんだ。
そんな妄想は、きっと胸に渦巻く不安から目をそらすための物で——。
電話を出た俺に、松本さんは告げた。
『相馬くん。ドライブに行かない?』
「スーッ……今からですか?」
『うん……』
ははっ。
ドライブに誘うには、何とも気落ちした声ではないか。
「因みに、どちらまで?」
嫌な予感がしたので聞き返す。
すると、彼女は酷く言い辛そうにしながらも、最終的にはきちんと答えてくれるのだった。
『ちょっと、夜叉の森ダンジョンまで……』
冗談キツイぜ。
とは言えず、俺はひとまず事情を聴くことにした。
§
『実は今から一時間前に夜叉の森ダンジョンで異変が発生したそうなのよ。それでうちの——三船の探索者ギルドに緊急の依頼が入ってきて……』
「異変、ですか」
嫌な予感がドンピシャした。
しかし同時に疑問が浮かぶ。
「ですが、夜叉の森にもBランク探索者が何人かいたと思うんですけど、その人たちは?」
基本的に異変は当該ダンジョンで探索登録している探索者が対応することになっている。
そのダンジョンに詳しい人に任せるのが当然だからだ。
一部例外として、俺が探索者を始める前の三船ダンジョンの様に、対応できる探索者が存在しない場合は、今回の様に別所の探索者に声を掛ける。
三船ダンジョンの場合は夜叉の森ダンジョンの探索者に声を掛けていた。
つまり、逆の事が起こってもおかしくはないのだが……。
それでも夜叉の森にはBランクやCランクがそれなりに在籍している。
本来であれば、彼らに話を振るのが定石。
余程の事が無い限り、余所者が対応するのは好まれない傾向があるからだ。
縄張り意識、とは違うかもしれないが、自分の管轄域で好き勝手されるのを好まない人も多いからな。
そんな訳で、余所者のAランク探索者としては全力で拒否してベッドに飛び込みたい。
だって夜だし。
お風呂入ったし。
明日学校だし。
『確かに、相馬くんの言う通りBランク探索者は何人か在籍しているわ』
「なら——」
『全員入院中だそうよ』
「え……そ、そんなやばいの出たんですか!?」
ならAランクの俺に話が回るのも無理ない。
焦る俺に対し、松本さんは告げる。
『今回の異変とは全く関係ないらしいわよ』
「……え、あれ? じゃあなんで?」
『ほら、この間相馬くん一人でダンジョン攻略したでしょ?』
「は、はい。自分で言うのもなんですが、かなりの偉業だと思ってます」
『そうね。きっと偉業すぎたのね』
「……話が見えないのですが」
『つまりね……『俺らだって負けてられるか!』って具合にダンジョンに入って、全員勇み足で怪我したらしいわ。異変とは全く関係ない場所で』
「……バカなんですか?」
『バカよ』
「そんなぁ」
『それで、今回の異変に対応できそうな探索者が全員入院中だから、うちに話が回って来たみたい。……どうする?』
「どうする、って……断ってもいいんですか?」
『今回は余所のダンジョンだし、って言うか異変対応自体、別に断っても罰則とか無いんだけど……向こうの人曰く、相手は『夜叉百足』だそうよ』
「うへぇ」
夜叉百足——それは夜叉の森ダンジョンに出現するモンスターの名前で、考えうる限り一番面倒くさい相手である。
なにが面倒って、まず倒すのが面倒。
半端な冒険者だと普通に死んじゃう。
BやCなら楽勝だろうが、Dランクになると怪しくなる。Eランクともなれば一瞬でミンチにされてあの世行きだ。
そして何より群れで行動するので数が多く、殲滅するのが面倒極まるのだ。
「因みに、異変ってことはボールになってる感じですか?」
『目撃した探索者曰く……なっちゃってるって』
「なっちゃってますかぁ」
なら俺が行くしかないじゃん。
夜叉百足のボールともなれば、Cランクの手には負えない。そしてBランクが全員入院中であるなら……俺が行くしかない。
俺の寝不足一つで、どこかの誰かが助かるのなら拒否する理由はない。
「はぁ……わかりました。それじゃ夜のドライブと洒落込みましょうか。夏の大三角形とか綺麗に見えそうですしね」
『うん……ごめんね、相馬くん』
「それは言わない約束ですよ」
電話を切り、俺は準備に取り掛かった。




