ep26 釈明
「ふぅ……んで? 私のことは良いんだよ。それよりも……色々説明してもらえるんだろうなぁ、主さま? 泥棒に入られて、家ん中こんなに荒らされてんのに警察も呼んでねぇんだ。ちゃんと聞かせてくれるんだろ?」
咳払い一つ入れて真剣な声色で問うてくる霜月さん。
しかし……。
「あの、本当に大丈夫ですか?」
「だ、だからこんなのは放っておけば――」
「いえ、そっちではなくて……あんな状況だったんですよ? 精神的に深く傷ついていてもおかしくないと俺は思っています」
男二人に両手両足を縛られ、声も出せない状況に追いやられるというのはどれほどのショックを与えるか。正直なところ、今の彼女は少し息が荒いだけでいつもと変わらないように見える。しかし、だからこそ心配になるのだ。
「もう一度聞きます。……無理してませんか?」
男の俺でも同じ目に合えば、多少ショックを受けるだろう。
霜月さんがショックを受けていない訳がない。そんな状況で平素と変わらぬ態度に見えるのは、彼女自身が俺に心配を掛けないよう振舞っているとしか思えなかった。
「……はぁ」
短い沈黙の後、霜月さんは小さくため息。
それから俺の目を見ないように注意しつつ、こちらに顔を向けて答えた。
「まぁ、無理してないって言えば、嘘になるな。だが……なんつーか、その後の出来事の方が衝撃が強くてな。もしかしたら後々辛くなるかもしれんが、その時は主さまを頼るよ。とにかく、今は大丈夫だ」
「そうですか」
俺を頼ってくれるのは嬉しいけれど、普段の彼女なら間違いなく『旦那を頼る』と言っていただろう。これも発情の弊害なのか。
……いかんな。
性的な目で見られているという事に、嬉しくなっている自分が居る。
彼女は巻き込まれて、フラウの匂いに当てられた被害者なのでそんなことを思うなど不謹慎極まりないのに、それでもやっぱりいつもお世話になっている美女に見つめられるのは悪い気分ではない。
憎いぜ、男子高校生の性欲。
「んで、話を戻すが……そっちの……フラウさん、だったか? 明らかに人じゃないみたいだけど、何者なんだ?」
霜月さんの質問に俺とフラウは一度目配せ。
小さく頷き合うと、これまでのことを語り始めるのだった。
§
「――という次第でして、現在フラウはこの家に住んでいるという状況になります」
「なります」
俺はフラウと出会ったこと。
彼女が命がけで助けようとしてくれたこと。
国に渡すと何をされるか分からないこと。
彼女自身が記憶を失っていること。
そして、この家で匿っていたことを伝える。
俺とフラウの説明を聞き終えた、霜月さんは小さくため息。
話し合い前に準備していた麦茶に口を付けて、ごくごく。
カランと氷が鳴り、静かにコップをテーブルに置いてから霜月さんは重い口を開いた。
「……そうだな。私も馬鹿だから全部が理解できた訳じゃねぇけど、でも一つ言えることがあるとすれば……水臭ぇこと考えんじゃねぇ、ってことだな」
「霜月さん……」
「正直、水瀬のとこの爺さんや、松本さんがどう思うのか、なんてのは関わりの薄い私には分らねぇ。主さまが万が一に備えて隠したがるのも理解できるし、尊重する。でも、それなら何にもねぇ私ぐらいには伝えてくれりゃあよかったんだよ」
「……そうですね」
実際、霜月さんに伝える可能性は考えていた。
それを躊躇ったのは、巻き込みたくなかったのと、フラウのことを信じるという自分自身の想いを信じきれていなかったからだ。
俺と霜月さんの間に沈黙が降りる。
気まずさを纏ったその空気を切り裂いたのは、対面に腰掛けるフラウだった。
「ふむ、ならば改めて自己紹介と行こう」
「フラウ」
「こういうのはさっさと進めておくに越したことは無い。……私の名前はフラウ。記憶がないのでこれが確かな名前なのかは不明瞭だが、少なくとも今はそう名乗っている。この世界とはおそらく別の世界――ダンジョンの向こう側よりやって来た、異世界人だ」
フラウは笑みを浮かべながら立ち上がり、右手を差し出した。
これを受けて霜月さんは数秒ほど思考。
自らも立ち上がり、フラウの手を取る。
「私は霜月。もう知ってるみたいだけど、主さま――相馬創の世話係をやってる。よろしくな、フラウさん」
「あぁ、こちらこそよろしく頼む。シモツキ」
握手を交わす二人。
一応は受け入れてもらえたと見て、問題ないだろう。
「それで、次は今後の話だけど……私としては水瀬の爺さんと松本さんには言った方が良いと思うぜ」
「……やっぱりそうですかね」
「色々手を借りられるのはもちろんだが……『国から匿う』という事を最優先に考えるなら、それが一番だ。後ろで寝てる二人に口止めする意味でもな」
確かに。
霜月さんや、おじい様、松本さんといった面々は、俺が本気で頼み込めば、決して口外はしない。
一方で二人の泥棒はその限りではない。
警察に突き出せばフラウの存在が露見する。
見逃す代わりに黙っていてくれというのも、どこまで信頼できるか分からない。
しかし二人を巻き込むのは……。
いや、霜月さんにはバレたんだ。
もう腹をくくるしかない。
(ただ問題なのは、フラウがどう思うか)
この国の人間にとって、彼女は敵国の人間だ。
それもただの田舎娘ならまだしも、武器や魔法の扱いに長けている。
俺や、それこそルナリアやテスタロッサ程の実力は無いが、それでもこの世界全体から見てもかなり上位の実力なのは間違いない。
探索者で言えばBランク。
いや、Aランクでも決しておかしくはない。
(さすがにレイジほど強いとは思えないが……それでも『脅威』であることは間違いない)
泥棒を撃退したことで、フラウも自分が脅威足りえることは理解しただろう。
その状況で存在を知る者が増えると、比例してストレスも増すのは目に見えている。
「……創。私はキミがどんな結論を出そうと、それに従おう」
「けど――」
「私はキミが考えているほど、か弱い乙女ではない。それに――何があってもキミが守ってくれるのだろう?」
「それは勿論。俺は命に代えてもフラウを守る」
「……そこまで啖呵を切られると、流石に気恥ずかしくなるが……ならば尚のことキミに任せるとしよう」
「……わかった」
俺は逡巡した後、フラウに真剣な表情を返す。
そして——おじい様や松本さんにフラウのことを話すと決意するのであった。
その後、早速と言わんばかりにおじい様へとご連絡することにした。
直接おじい様のスマホに電話をかけると、数度のコールの後つながった。
俺は「少しお話があるのですが、その前に一つお力をお借りしたいことがありまして」と言って、泥棒二人組に関して説明。
そして、俺の話が終わるまで彼らを警察に引き渡さないで欲しい旨を口にする。
「分かりました。事情は後で伺うとして、取り急ぎ部下を数人向かわせます。お話というのが緊急性を要するのであれば、直ぐにでも――と言いたいのですが、申し訳ありません。現在私は県外におりまして、明日の朝には戻りますので、それからでも構いませんか?」
こればかりは仕方がない。
「はい、なら明日の朝……十時ぐらいで大丈夫でしょうか?」
「えぇ、その時間なら問題ありません。では、明日の朝お会いしましょう」
電話を切ると、話の内容をフラウと霜月さんにお伝え。
「それはいいけどよぉ、今日はどこで寝るんだ? まさかここで?」
「……あー、どうしよ」
「私は構わないが?」
「いやいや、流石に荒らされた部屋で寝るのは……。仕方ない。両親に話して実家に帰るか……」
「大丈夫なのか? 主さま」
「まぁ、父さんも母さんも割と放任主義と言うか、適当なところがあるので恐らくは」
「そうか、ならそれまでは車で送ってやるよ」
車の鍵を人差し指でくるくる回しながらニヒルな笑みを浮かべる霜月さん。
相変わらずかっこいい人だぜ。
そうこうしているとおじい様が呼んだ迎えの車がご到着。
フラウを隠しつつ、泥棒二人を引き渡す。
(割とやってることが犯罪臭いけど……仕方ない。……最近こればっかりだな)
何てことを思いつつ、泥棒二人にさようなら。
俺とフラウは霜月さんの車に乗せてもらおうとして……ふとベランダに干されてあった布団が目に入る。
「あ、すみません。あれだけ部屋の中に取り込んでおきます。じゃないと近所に怪しまれるので」
夜中まで洗濯物が干しっぱなしだったりすると電話がかかって来るの、田舎あるあるだと思う。
霜月さんの許可をもらった俺は布団を回収しようと持ち上げた。――瞬間。
(……っ!? な、何だこれ……っ)
布団の香りを嗅いだ途端、頭がくらくらする。下腹部に血流が集中し、息が荒くなる。身体も火照って来て——端的に言うと、ムラムラする。
「そ、そう言えばフラウの奴、外に隠れたって……っ! 干してあった布団の内側に隠れたのかっ!」
部屋の香り程度では何ともなかったが、フラウの汗が染みた掛布団はより強力な催淫効果を発揮していた。これが、霜月さんも陥っていた感覚か。
……ヤバいな。
俺は必死に布団を部屋に取り込み、その後車へと戻ってくる。
「お待たせしました」
出来るだけ平然を装って車に乗り込むが、女性陣二人から視線が飛んで来た。
まさかバレたのか、と思った瞬間、二人は車の窓を全開にする。
「えっと……」
「喋るな主さま。今めちゃくちゃくせぇから……!」
「何というか、アレだな。流石にここまでくると、一人の女として恥ずかしいな」
息が荒くなる霜月さんと、遠い目をするフラウ。
その様子からして、フラウ自身には効果が無いのだろう。
「……なんか、ごめん」
「いいから喋るな」
「そうだ。謝罪するのは私の方だ。すまない二人とも、エロい気分にさせてしまって!」
どこか距離を感じる霜月さんと、言い辛いことを直球に告げるフラウ。
そんな俺たちを乗せて車は発進。
窓から入り込んだ風が、車内の空気を外へと追いやってくれたのに感謝しつつ、俺たちは実家へと向かうのだった。




