第65話 自宅
「おかえりなさいませ。お兄さま」
「ただいまー」
「期末テストいかがでしたか?」
「うん。なんとかなったよ」
カバンからタブレットを取り出してテストの結果を紫月に見せる。
全科目平均点以上。
自分としてはかなりがんばった方だ。
「さすがお兄さまです」
「ありがとう。紫月のおかげだよ」
「? 私はなにもお手伝いできてませんけど」
「料理作ってくれたり、励ましてくれたり。いつも助かってるんだ。改めてお礼を言うよ。紫月、ありがとね」
「そんなこと言ったら、私の方が感謝しなくちゃいけません。毎回危険をかえりみず、ダンジョン配信をしていただき本当にありがとうございます。お兄さま」
「そうだ。ダンジョンといえばさ」
この夏。
僕はあることに挑戦しようと考えてた。
それはなにかっていうと。
(探索者クランの試験を受けること)
ライセンスを取得するために受験したらどうか。
冥層に挑戦してほしいって。
ここ最近。
リスナーさんから寄せられるコメントは、そんな内容ばかりだったんだよね。
たしかに、現状ライセンスを持ってないから。
地下29階より下へ降りることはできなくて。
法律でもそう決められてるし。
それを破ってまで降りるわけにはいかない。
配信をはじめた当初は、ライセンスはとくに必要ないって思ってたんだけど。
ダンジョンに潜りはじめてからもうすぐ4ヶ月。
未だ紫月が思い描く風景を見つけることができてなくて。
最近だと、その風景は冥層にあるんじゃないかって考えるようになっていた。
(冥層階まで続いてるダンジョンは、これまで一度も入ったことがないし)
だったら。
ライセンス試験を受けてみたらいいんじゃないかって。
「――そう考えてるんだけど、どうかな?」
「その風景は冥層にある・・・。そうですね。たしかにその可能性はあると思います。ですが、私のためにお兄さまがそこまで危険を冒す必要は」
「もちろん、紫月のためでもあるんだけどさ。僕個人としても冥層階に挑戦してみたいって思いがあるんだ」
「そうなんです?」
リスナーさんからも。
人類未踏の最深部を目指してほしいって、そんなリクエストも寄せられてたりして。
20万人のチャンネル登録者数を抱えるようになってわかったことだけど。
閃光の最終旋律の配信は、もう自分だけのものじゃなくて。
(皆さんの想いを背負ってダンジョンに潜るってことなんだよね)
それを含めてきちんと説明すると。
やがて。
納得したように紫月が頷く。
「ダンジョンの最深部になにがあるのか・・・。たしかに人類の大きな謎ですね。それをお兄さまが探索されるのでしたら、それはとても大きな意義のあることだと思います」
人類が到達した最深部は地下54階。
それより下層は未知の領域だ。
どんなエネミーが潜んでるのか、どんな空間が広がってるのか。
まったくわかっていない。
(人類の大きな謎か)
15年前。
突如として日本にだけ出現したダンジョン。
どうしてこんなものが現れたんだろう。
今じゃ日常の中に溶け込んでしまってて、ほとんど気にしてる人はいないけど。
でも。
それを暴くことは、たしかに大きな意義があるはず。
「ありがとう。紫月にそう言ってもらえて、なおさら挑みたいって気持ちになったよ」
「お兄さまがライセンス試験を受けると、そう決断されるのでしたら。私はただ応援するだけです。きっと大丈夫。ぜったい突破できるはずです」
優しく微笑む紫月。
妹にそう言われると、自信が自然と湧いてくるから不思議だ。
(うん。やっぱり受けてみよう)
◇◇◇
それから数日後。
申し込みの手続きを終えた僕は。
探索者クランのライセンス試験を受けるため、東京へ向かうことになった。




