44 とうとう、ミニダンジョン探索の、日ですよ
「けんちゃん、明日は、とうとう、ミニダンジョン探索の、日ですよ」
南の島滞在において日課となった夕食後の遊戯室タイムにて、グリシーネ嬢は早速切り出してきた。ずっと楽しみにしてたもんね。
「はいはい。明日、ミニダンジョンに入ってみたい人ー」
誰かまとめ役交代してくれないかな。グリシーネ嬢はこの旅行では暴走しがちなのでさておいても、パインズ王子とかオリザ嬢がいるのにさあ。
「リシーが行くなら私も行こう」
「安全なのでしたら一度くらい体験してみたく思います」
「オリザが行くならば私も参加したい」
思った通り三人は参加っと。男二人は主体性を持たないと女性に嫌われちゃうぞとかは言わない。安全だ安全だ言われても一般的にはミニダンジョンは危険なところだし、愛する女性を自分の手で守りたいってのは男の本能だろ。たぶん。
「あの、ケント様……私もよろしいでしょうか?」
「オルテンシア嬢も参加ね。ジルとダイス女史はこの人数で大丈夫かな? 一度に全員連れて行くのが面倒だったら何組かに分けるべきだが」
ミニダンジョンの調査報告というかミニダンジョンでこの面子の護衛を想定した訓練はしているとバイオロイドから報告書を渡されているので俺にとって必要がない質問ではあるが、皆の前で一応確認しておかないとね。
「問題ないよ。この人数でも大丈夫かは事前に確かめてあるから」
ジルの言葉にダイス女史もきれいな所作で同意を示す。
さてあとは。
「けんちゃんはどうすんの?」
「どうすっかな。皆が行くなら一緒にいこうかとも思うけど」
ミニダンジョン内でオルテンシア嬢とずっと手を繋いでないといけないって言うのがねえ。
「そんなにシアと恋人繋ぎするのが恥ずかしいの?」
「恋人つなぎじゃなくて手を繋ぐのがあのミニダンジョンのルールだ」
さらっと難度上げるんじゃない。ほら、グリシーネ嬢が余計なこと言うからオルテンシア嬢が傷ついた感じに苦笑してる。
「オルテンシア嬢。オルテンシア嬢が嫌じゃないかなと心配になったんだよ」
「ケント様がお嫌でないのでしたら、私は……その……嬉しいです……」
照れ照れでちょっと顔背けるなんてあざといな。いいぞもっとやれ。
「はい。じゃ、明日は全員参加でミニダンジョンツアーね。早いけど今日は解散にしましょう。明日は寝坊しないようにね」
さくさくまとめたグリシーネ嬢はパインズ王子の腕を絡め取って颯爽と去っていった。俺とオルテンシア嬢の初々しい空気に中てられたんだろう。自分でも年齢不相応な自覚はある。
「ウォルト、私達も偶にはあんなかわいらしい触れ合いをしてみましょうか」
「そういう考えの時点で難しいと思うが」
「初心に帰って思うままにイチャイチャすればいいんです。行きますよ。では、皆さんまた明日」
オリザ嬢はウォルティース公子の袖をちょっと摘んで静々と去っていった。あっちこっちから突かれると恥ずかしさがやばい。オルテンシア嬢も顔を真っ赤にして俯いている。ダイス女史はどこから取り出したのか干し肉をかじっている。前に俺とオルテンシア嬢で似たことやったときにも食べてましたよね。日本人で言う砂糖吐きそうみたいなもんなのかしら。
「んん。オルテンシア嬢、ダイス女史。早めの解散になったし、数日振りに夜のお茶会はどうだろう?」
「はい。喜んで」
オルテンシア嬢が恥ずかしさで顔を赤くしたまま嬉しそうな笑みで頷いてくれる。うむ。勇気を振り絞った甲斐があった。
「では、私は私達の滞在する棟にある談話室へ先に行って用意をしております」
ダイス女史は告げると同時に、常人では消えたように見える速度で去っていった。日常に人外エピソードをさらっと入れられるとファンタジーを感じるわ。
「オルテンシア嬢、俺たちはゆっくり行こうか」
「はい」
つい一般日本人式エスコートのように作法も何もなく手を伸ばしてしまったが、オルテンシア嬢は驚いた様子もなくそっと手をとってくれた。
「ケント様は、ここ数日何をされていらしたのですか?」
ダイス女史がお茶を用意してくれている談話室に移動して腰を落ち着けると、カップを取ったオルテンシア嬢がお茶の香りを楽しみながら訊ねて来た。
ぼっちぱわーを溜め込んでいたとは言えないし、むずかしいしつもんだ。
「グリシーネ嬢の言っていた水遊びで使えそうなおもちゃをいくつか用意したりかな。プロイデス王国の貴族はそういうことをしないだろうと思ってたから釣り道具や小舟くらいしか準備していなかったんだよ」
嘘です。舟もここ数日で用意しました。湖ならともかく海で舟遊びをするとは思ってなかったので舟は用意していなかった。
「水遊びにおもちゃですか?」
「あれ? 水着作ってたよね? そのときにどういう風に遊ぶかとかは話さなかったのか?」
グリシーネ嬢なら海での遊びの鉄板どころをオルテンシア嬢に教えそうなものだが。
「えっと……その……恋人同士はオイルやクリームを塗りあうんですよね」
一日の内にこうなんども真っ赤な顔を見せられると健康に害が出ないかを心配してしまう。これはダイス女史に気をつけてもらおう。
にしても、グリシーネ嬢とオリザ嬢はまさか俺とオルテンシア嬢にサンオイルや日焼け止めクリームを用いたコミュニケーションをさせるつりなのだろうか。
「そのっ。私とケント様にはまだ早いけれど知っておいて損はないとっ」
「ああ、うん。そうだな。俺とオルテンシア嬢には早すぎると思う」
早いと思うなら教えるなや。変に意識しちゃうだろ――いやいや。お嬢様方が水着で遊ぶのは女の子だけの時ってパインズ王子もウォルティース公子も制限つけてるんだし、別に変に意識しても問題ないのか。水着で一緒に遊ぶなら変なこと吹き込むなって言いたいが、そもそも俺はオルテンシア嬢の水着姿を見ることもないのだし変に構えることはない。ちょっと残念だけど、オルテンシア嬢の水着姿なんて俺にはまだ早いな。正直、ワンピース一枚とかでもかなり動揺しちゃう気がする。いつもは貴族の子女らしくかっちりとした服装だし、オルテンシア嬢は肌の露出をかなり控えてるし。
オルテンシア嬢がどの程度まで薄着になってもまともに対応できそうかを真剣に考えていると、オルテンシア嬢と一緒にお茶を楽しんでいるダイス女史が目に入った。ダイス女史の服装か。
「ダイス女史はやっぱりスーツだな。クラシックなメイド服……お仕着せも似合ってるけど、個人的にはスーツがとても似合うと思う」
俺が唐突にダイス女史の服がどうのとか言い始めた所為で、オルテンシア嬢もダイス女史もぽかんとした、端的に言うと間抜け面になってしまった。淑女二人がはしたないですよ。
「すーつ、ですか?」
「お嬢様、以前にグリシーネ様が話題に挙げられてませんでしたか?」
ダイス女史はオルテンシア嬢を呼ぶ時にお嬢様って言ったり奥様って言ったりするのは、ダイス女史なりの呼びわけだったりするのかな。
「ん。丁度クリスがこっちに来るそうだから、スーツを持ってきてもらおうか」
「クリスさんとはダイスの代わりを務めてくれた時以来です。その際にお話しして、またお会いしたいと思っていたんです」
クリスと会うことを喜んでくれるのはいいんだが、なんか喋り方幼くなってない? ダイス女史も眉毛をピクリと反応させてる。前にも似たような幼い言葉遣いをしてたことがあったよな。なんの時だったか。
「ぇあ……クリスさんとお会いできるのですね。以前に良くして頂いたのでお会いできるのはとても嬉しいです」
ダイス女史が魔法を使ってオルテンシア嬢にだけ分かるように注意したのか、澄ました顔で言い直したものの耳が赤いですよ。あんまり言ってることは変わらないと思いはしても、取り繕ったってことは隠したいことなのだろうし突っ込まないでおこう。
そうだ。旗艦での夕食に招待した時に幼い言動になったような……違うか。あの時は凄い喜んでタガが外れたって感じだった。初対面の時に青い小鳥型人工生命とピーピー言ってたのも幼い仕種だったとはいえ今のオルテンシア嬢の喋り方に感じた幼さとは違う。思い出せないので思い出すのは諦めよう。
「主様、クリス参りました」
オルテンシア嬢とダイス女史とまったりゆったりお茶を楽しんでいると、ダイス女史に似合う女性用スーツを持ってきて欲しいと頼んだクリスがやってきた。用事があってクリスが来るそうだからついでに頼んだとオルテンシア嬢に言ったのは嘘である。
「こちらが目を通していただきたい急ぎの書類と、指示されました女性用スーツです」
「ああ、ありがとうクリス」
カモフラージュに書類を用意してくる辺り有能だ。そんな有能な黒髪おかっぱで黒目で大和撫子っぽい日本人的美女のクリスが、ピシッとダークグレーのタイトなパンツスーツを着て皮製の書類ケースを差し出す姿は出来る秘書っぽい。しかし、オレはダイス女史に似合う女性用スーツを持ってきて欲しいと言ったのであってクリスに着て来いとは言っていない。オルテンシア嬢とダイス女史に見えない位置でお茶目にウィンクするのは、ちょっとした悪戯ってことなんだろう。
「お久しぶりですクリスさん。クリスさんがお召しになっているのがスーツですか?」
オルテンシア嬢がクリスのスーツ姿を見て引き気味になったのは、クリスが今着ているのは生地が薄めのタイトなスーツだからしかたない。今のプロイデス王国上流階級における女性にとって、肌の露出を避けて胸や腰のボディラインがあからさま過ぎない服装が淑女に相応しいという風潮が強い。盛装だとどちらかを強調した際にはもう一方は控えめに見せるのが現代プロイデスの淑女であり、オルテンシア嬢がいつも纏っている胸も腰も控えめに見せる服装は『古い』感性に寄っていると見られる……とデボンが”ネインド”を介して手早く教えてくれた。
そういや、グリシーネ嬢もオリザ嬢もそんな感じだったかもしれない。人の服装なんて一々覚えてないし視覚ログを漁るほど興味もないので正確なところは知らない。
「私が今着ているレディーススーツは主様のいらした地域・時代における主流の一部なので、オルテンシア嬢やダイス女史の着られるものもございますよ。デボンが着ているものなどどうでしょうか」
クリスが右手で示す方を向けば、デボンもレディーススーツを着ていた。デボンが着ているのはクリスのものに比べると生地は厚いし、体にフィットしない余裕のある作りのフォーマルなもの。デボンの着ているものは明るいベージュだが、黒かったら喪服だ。喪服に見えるってことは多分フォーマルで合ってる。
「デボンさんのでしたら、私でも着られそうです」
オルテンシア嬢はデボンの着ているスーツを見てほっと安心している。オルテンシア嬢が着るみたいな話の流れだけど、ダイス女史にスーツが似合うって話じゃなかったかな。
俺の戸惑いなど放置して女性四人は色んなスーツを並べてきゃっきゃと楽しそうだ。そうですね。オルテンシア嬢が楽しいなら何でもいいです。
そんな楽しげな四人の話を聞く限り、やはりデボンが着ていたのは俺の居た地域・時代ではフォーマルな類のもので、ついでに着る人の年代もデボンよりもっと上で孫がいてもおかしくないくらいの御婦人が多いそうだ。とはいえ、プロイデス王国にはプロイデス王国の価値観やドレスコードというものがあるので、プロイデス王国でスーツを着るならオルテンシア嬢やダイス女史の見た目の年代でもおかしくないとのこと。オルテンシア嬢が着るというなら、個人的にはもう少し、もう少しだけ軽く華やかにしてもらえたらなとか思う。門外漢なので言いませんけれど。
「細かい部分の装飾などはこちらにお任せ頂ける、と。では、このデザインで仕立てますね。ダイスさんもこれで仕立ててしまってよろしいですか?」
「はい。ダイスの分もよろしくお願いします」
ぼけっとしていたらいつの間にか二人の着るスーツのデザインが仕上がっていた。なんという早業と思って時計を確認するとクリスが来てから二時間経っている。俺がぼうっとしすぎていただけだった。
ダイス女史は彼女の分も一から仕立てるといわれて乗り気でない様子なのだが、オルテンシア嬢が押し切ってしまった。
「とのことですが、主様」
「ああ、うん。いつものところでやってもらうといい」
一応の建前として許可を求められたので御座なりに頷いておく。
「ふふ。ダイスと一緒にスーツを着るのが楽しみです」
オルテンシア嬢はとてもご機嫌だ。スーツ一着で喜んでくれるなら、クリスとデボンに頼んでオルテンシア嬢へ贈るドレスとかちょいちょい仕立ててもらうのもいいかもしれない。でもなんで南の島に来てスーツ着る話になってんだろうな。ふぁんたじー。




