21.前編 私が広めて差し上げます
打ち合わせが終わり、ホワイトデイの開催を宣伝し始めると、ようやく私の周囲は静かになり、いつもの日常が戻った。
今日は、中庭で久しぶりに一人でランチを食べていた。
マリとミリィは、バレン・タインにチョコレートを渡した相手とランチを食べに行った。
私の周囲が落ち着くまで、彼らとのランチの約束を延期して、私と居てくれていた二人には感謝しかない。
食べ終わったら、シャルロッテ様に借りた本を読もうかな。
そんな事を考えながらパンを食べていたら、誰かが耳元で囁いた。
「エレナも転生者なの?」
「?!」
振り向くと、そこに居たのはエレーナ・アズロニア男爵令嬢だった。
私は耳を抑えて彼女を睨みつけた。
「ごめんなさい、驚かせちゃって。私エレーナって言います」
「エレーナ様、いきなり耳元で話すのはやめて下さい」
「ここ座ってもいい?」
「どうぞ……。私はクロニア男爵家の長女エレナと申します」
「知ってるよ、で?エレナも転生者なんでしょ?」
「え?」
私も話したい事があるので、相席を許可した。
初対面なので自己紹介をしたけれど、彼女も私の事は知っていたみたいね。
それにしても、転生者?
彼女は何の話をしているの?
「とぼけなくていいよー。バレンタインとホワイトデイ企画したんだよね?異世界転生者ですって言ってるようなもんでしょ」
「エレーナ様が、何の事を言っているのか良く分かりません」
「だからー、前世の記憶を持ったまま、この世界に転生したんでしょ?」
「いいえ、前世の記憶を持った人の物語は図書室で読んだ事がありますが、私は違います」
確かに物語の中には、前世の記憶を持った子供が様々な問題を解決していくお話があった。
転じて生をなした子供。なるほど、彼女はそんな人達を転生者と呼んでいるのね。
でも、何故私が転生者だと思い込んでいるのかしら?
「じゃあ!何でバレンタインなんてイベント考えついたのよ」
「お友達に、素敵な人に出会い恋をするキッカケが欲しいと相談されたので、バレンスイートとタインスイートの菓子店共同で、気になる人にお菓子をプレゼントするイベントを企画しました」
「もしかして、名前はお店から?」
「そうです。それと、ホワイトデイの発案者は二学年のサージス・スワリエ侯爵令息です。お返しをする日はないのかと言われて、告白の返事をするイベントを企画しました。名前は発案者であるサージス様の髪色から付けました」
「って事は、エレナは転生者じゃ、ない?」
「はい、エレーナ様は前世の記憶をお持ちなんですか?」
「う、あ、はい。前世は、別の世界に住んでいました」
「まあ!素敵!その世界には、バレン・タインデイとホワイトデイがあったんですね?」
「そう、ごめん勘違いしてた。私達すごく似てるから、同じ転生者なのかなって思って」
こことは違う世界の前世の記憶を持つ少女!!
不思議なお話だけど、それが事実なら私が転生者だと勘違いするのも仕方がない状況だ。
まだ情報が足りないので、否定も肯定も出来ないけれど、未知なる物に対する知的好奇心を抑える事が出来なかった。
ーー楽しい!
「気にしないで下さい。という事は、バレン・タインに複数の男性にチョコレートを贈ったのも、何か理由があるのですか?」
「バレンタインには、義理チョコっていうのがあって、お世話になった人とか、学生の頃はクラスの男子全員に配ったりしてたから」
「やはり、悪意は無かったんですね」
「悪意なんて無いよ!でも、人脈を広げたいって下心はあったかな。だからメッセージカードの言葉も、友達に書く内容じゃ無かったかもしれない」
メッセージカード!お話が楽しくて忘れる所だった。
私は、この話をエレーナ様にしたかったのよ!
「メッセージカードに関して、ずっと言いたかった事があります。自分の名前を"エレ"と愛称で書かないで下さい」
「友達には、あだ名で呼んでもらいたくて」
「私の名前はエレナです。だから、エレと愛称だけ書いてある貴方からのメッセージを見て、私だと勘違いする人がいるんです」
「え、そうなの?」
「バレン・タインの後これだけの方が、ピンクの髪の"エレ"は私だと勘違いして、お返しのプレゼントを持ってきました」
私は、名前を学年クラス別にまとめた紙を彼女に渡す。
いつ彼女と会ってもいいように、準備していた。
「こんなに?!エレナは何を貰ったの?」
「全て『それは、私ではありません』とお話しして、お返ししました」
「貰っちゃえば良かったのに」
「こちらから贈ってもいないのに、受け取れません」
「真面目ね、私なら全部貰ってあげるのに」
「みなさん、好意を持っていたようですよ?友達を相手にしている雰囲気ではありませんでした」
「勘違いさせちゃったのね、悪い事をしたわ」
「複数の殿方を誑かす悪女って以前噂されていたのを知っていますか?」
「悪女?そんなつもりは、なかったわ!」
「そんなつもりが無いのなら、これから気をつけて下さいね」
「分かった。あと、手紙には愛称を書かないようにする」
「分かっていただけて良かったです」
転生者だと信じるなら、彼女の前世の常識と、この世界の常識にはズレがありそうだ。
彼女のいた世界は、もっと自由なのかもしれない。
「でも、私は人脈が欲しいの!私の容姿で誑かさないように男性と友達になるのって難しいよね」
「何の為に人脈が欲しいのですか?」
「私、宝石がついたアクセサリーを貴族の間で広めたいのよ。だから、買ってくれそうな貴族令息に売り込みをしていたの」
商売において人脈は大切で、情報と同じくらい大きな武器になる。
だから、人脈を広げたい気持ちは分かるけど……。
「アクセサリーを身につけるのは、誰ですか?」
「女性でしょ?」
「何故男性に売り込むのですか?」
「女性に贈るのは、男性だから」
「それが間違いです。男性に売り込んでも、その商品は広まりませんよ」
「じ、じゃあ、どおすればいのよ!」
彼女の叫びを聞きながら、周囲を見渡す。
ちょうど私達の前の席に同じクラスのご令嬢が、お茶をしながらホワイトデイの事を話していた。
「エレーナ様が身につけている、ネックレスとブローチ。それが貴方が広めたい商品ですか?」
「そうなの!ネックレスに宝石がついていて綺麗でしょ?守護石じゃないんだけど、正規の宝石だから、これは少し高いの。守護石の半分くらいの価格だよ」
「でも、それだけの価値があるんですね」
「そうね、あと守護石をアクセサリーに加工したい場合は、シェリーズ宝石店で守護石を買ってもらった時に、予約注文できるの」
「ブローチは?」
「正規の宝石を作る時に出た欠片石を使っているから、ブローチは私のお小遣いを二ヶ月分貯めれば買えるかな」
だいぶ曖昧な価格表現だけど、宝石の種類や使用している量によって価格は変わるのだろう。
こんな素敵な商品を、眠らせておくのは惜しいわね。
「その二つ、少し貸してくださいませんか?」
「いいけど?」
私は彼女から受け取ったアクセサリーを身に付けた。
「見ていて下さい」
そう言って、私は笑顔を作り背筋を伸ばし、目的の場所に向かった。
彼女の勧める宝石の付いたアクセサリーを、私が広めて差し上げます。




