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とにかく、ここから離れないと。
給仕の彼が出ていく前に…え~と。そうだ。
「すみません。お手洗いをお借りしてもいいでしょうか?」
定番だけど他に思い付かない。
ちょっと恥ずかしい言い訳だなあ。
「ご案内いたします。」
「失礼します。」
グレゴリーさんとラズベリーさんに礼をして、クルビスさんに目線で了承を取ると案内すると申し出てくれた給仕の彼について部屋を出る。
お邪魔した時に感じたけど、この家はとても静かだ。
外の喧噪から切り離されたような錯覚に陥る。
静かすぎて怖いくらいだ。
ジジさんのお店はとても落ち着いたのに、ここの静かさは放課後の学校みたいだ。
何だか訳もなく怖くなる。そんな感じ。
他人様のお家に対して失礼な感想だけど、さっきからする嫌な予感といい、この静けさといいどうにも居心地悪いんだよね。
どうしてだろう。
「こちらでございます。」
声をかけられてハッとする。
いけない。お手洗いに案内してもらってたんだった。
「あ、ありがとうございます。…あの?何か?」
お手洗いに当るドアを手で指し示しながら、目が食い入るように私を見ている。
グレゴリーさんと同じだ。目だけが別のことを言っている。
でも、嫌な感じじゃない。
何かにすがるような泣きそうな目だ。
だから、思わず声をかけてしまった。
さっきの給仕の時、一瞬視線が合ったのも気のせいじゃないと思ってる。
「あの。も、申し訳ありませんでしたっ。」
え?ええっ?
謝られてる?何で?
とにかく落ち着かせないと。
魔素が乱れてしまっている。
「落ち着いて下さい。あの。どうして私に謝るんですか?」
「…ご存知ないのですか?」
だから何を?
説明欲しいなあ。
「あの。わたくしが黒のセパをぬ、盗みました。あ、主のために何かしたくて。申し訳ありませんっ。」
このひとがネロの誘拐犯ってこと?
ああ。成る程。こうして立っているとよくわかるけど、彼は私と変わらないくらいの体格だ。
だからネロに一撃でやられたんだろうなあ。
思い出したのか震えだしてる。ネロの蹴りは痛いらしいから思い出したかな?
何だか怒りが萎えてしまった。
直接謝罪してもらおうと思ってたけど、今言ってもらったしなあ。
彼、すごく必死な感じで、今にも倒れそうだ。
顔色が蒼くなってきて目が潤んでいる。
「…知らなかったんですよね?」
「っ。はいっ。」
「もうしないで下さいね?」
「っっっ。」
給仕の彼は声にならない様子でコクコクと頷く。
この様子だと再犯とかはなさそうだ。
じゃあ、何でネロを狙ったのか、もうちょっと詳しく本人の口から聞いてみようか。




