記憶のない朝
「ハルカ。今日はこれを飲まないか?」
そう言ってクルビスさんが差し出したのは丸みをおびた素焼きの壺。
お酒を付けこむ樽に似た形だ。
甘い香りが漂ってくる。
でも、これホントにお酒?
「どうした?」
「どうしてそんなに嬉しそうなんですか?」
「バレたか。」
わかりますよ。
そんな上機嫌で勧められたら。
「魔素が高まる酒だ。」
魔素が高まるって、つまり、感覚も鋭敏になるから…。
媚薬がわりのお酒ってことですね。
「婚姻の祝いに父からもらった。異種族と婚姻する際、ドラゴンの一族はこれを伴侶に飲ませて、魔素のつり合いを取るようにするらしい。魔素酔いの防止だな。」
ああ。ドラゴンの一族は普段から魔素が強いから。
私が最初に魔素酔いを起こしたみたいに、きっと濃い体色のひとでも他の種族だと魔素酔いを起こしてしまうんだろう。
それが副作用で媚薬にもなるっていうわけね。
もっと最初に欲しかったなあ。これ。魔素酔いの訓練大変だったんだけど。
「まあ、味も美味いらしいんだ。飲んでみないか?」
絶対他の目的だろうけど、でも、さっきから漂ういい香りが気になってるのも本当だ。
飲み過ぎなきゃいいよね?
「じゃあ、頂きます。」
そこから私の意識はなくなった。
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「うう。暑~い。」
じっとりと汗ばんだベッドが気持ち悪くて目が覚める。
いつものクルビスさんの執務室の奥の部屋だ。
「え?裸?何で?」
汗を拭おうとして、違和感に気付く。
慌てて起き上がると、いつもは何か羽織っているのに、今日は何も身につけていなかった。
全身に噛んだ跡とか一杯あるんだけど。
何があったの?犯人はわかってるけど。
「クルビスさん…?」
姿の見えない伴侶を探して部屋を見渡す。
すると、奥の洗面所の扉が開いて、クルビスさんが出て来た。
「おはよう。ハルカ。まだ寝てていいよ。さっきまでやってたから、疲れただろう?」
…さっきまで?
え?何?私、朝までクルビスさんと?
「あの、さっきまでって?」
「…憶えてないのか?」
私の質問に、目を真ん丸に見開いてクルビスさんが聞き返す。
クルビスさんのこういう顔珍しいなあ。
「キスも?強請ってくれたことも?」
へ?キス?
強請るって…私がっ?
「え?私、キスをおねだりしたんですか?」
「…ホントに憶えてないのか。」
驚く私を見て、がっかりした感じで肩を落とすクルビスさん。
え。何だかごめんなさい。そんなに落ち込まないで。
「となると、あの酒のせいか。どうりで可愛く強請ってくれるはずだ。」
可愛いおねだり?
キスの?え。全然覚えてない。
クルビスさんは私に強請られるのが好きだから、夜はそういうセリフを言うことも多いんだけど、それでも可愛くキスを強請ったことってないなあ。
うわあ。すごくがっかりしてる。
でも、全然覚えてないんだけど。
身体がだるいから、朝までっていうのは確かだと思うけどね。
「…これは誰かにやってしまおう。」
あ。もうお酒使わないんだ。
まあ、相手が全然覚えてないんじゃねえ。
う~ん。このまま仕事に行かせたら、支障がありそうだなあ。
しょうがない。
「クルビスさん、おはようのチューしましょ?」
なるべく可愛く見えるように、首を傾げておねだりする。ただし、自分の姿は想像してはいけない。
すると、あっという間にクルビスさんのひざの上に抱えられて、軽い朝のキスが始まった。
これも長いんだけど、まあいいか。
でも、お酒の効果には驚いたなあ。
ドラゴンの相手をするのに正気じゃ無理だから、とか?
今度遊びに行った時にイシュリナさんにこっそり聞いてみようと思いつつ、甘えながらしょげた旦那様を励ますのを頑張った。
はあ。新婚って大変。
それともうちだけ?
Yuinestさんからのリクエストで朝チュンでした。




