リリアナさんのお礼
3000字ほど。
式の数ヶ月後くらいの話です。
ボウッ
目の前の模様が淡く光始める。
転移陣に上手く魔素が流れ込んでる証拠だ。
少しずつ、均等に魔素を流し込んでいく。
私の魔素は強いから、流し込み過ぎると転移陣を壊してしまうから慎重にしないといけない。
転移陣の模様が全て均等に光を放つようになると、準備完了。
さ、荷物を送らなきゃ。
「ハルカさん、それが終ったら休憩にしましょう。」
カイザーさんにカウンターから声をかけられて時計を見ると、すっかりおやつの時間になっていた。
私が広めたおやつの習慣は北では結構定着していて、この転移局でも8時と14時くらいに休憩がてらおやつを食べることになっている。
持ってくるのはローテションで、今日はカイザーさんの番だ。
カイザーさんはこの北西地域の転移局の代表なのに、一緒に現場で働いてくれる気さくな上司だ。
「手が足りないからですよ。」と笑って言ってたけど、中々術士の見つからないこの北西の転移局ではなくてはならない存在だ。
誰に対しても礼儀正しく穏やかに接するから、地域からの信頼も厚い。
この間なんて、足の悪いお祖母さんの荷物を快く家まで届けてあげたりしていたし、色で下に見てきた業者にラベンダー色のシェリスお姉さんの代わりに苦情を申し立ててあげていた。
同僚のキャサリンさんもとてもいいひとだし、良い職場に就職出来たことにはいつも感謝している。
「ただいま戻りました~。」
ウワサをすればキャサリンさんが帰ってきた。
私が来るまで唯一の術士として頑張っていたいつも笑顔の絶えない明るい女性だ。
「お帰りなさい。ちょうど休憩にする所だったんです。」
「やった。おやつ~。」
明るい黄色の尻尾がゆらゆら揺れている。
おやつが楽しみだって言ってたもんなあ。
キャサリンさんは頭の後ろから尻尾にかけて鮮やかな黄色をしていて、その他は濃い紺色のトカゲさんだ。
ご両親がこの地域で八百屋さんの屋台を開いていて、「実家に近いから」とここに就職したのだそうだ。
今も実家に届いていた大量の野菜を荷車に積む手伝いをしていた所で、「こき使われた~。」とぼやきながらもカイザーさんの取り出すプリンに目が釘付けだ。
おやつに目を輝かせている彼女をカイザーさんはにこにこと見ている。
このふたり中々いいと思うんだけど、未だに職場の同僚のままだ。
まあ、こういうのって周りが騒いでも仕方ないしね。
「こんにちは。」
おやつに浮かれてた所に凛とした女性の声がかかる。
この時間にお客さんなんて珍しいなあ。
「は~い…。」
入口の方を振り返ると、そこにいたのは白っぽい地に黒のヒョウ柄の体色をしたトカゲの女性がいた。
彼女は東の守備隊の戦士部隊副隊長さんだ。どうしてここに?
「こんにちは。局長さんはいらっしゃいますか?」
「あ。はい。カイザーさん、お客様です。」
カイザーさんに御用だったんだ。
私服だし、お仕事で来られたわけじゃないみたいだ。
ふたりは外に出たので、おやつを先に頂こうとするとキャサリンさんの様子がおかしいことに気づく。
プリンを食べる手を止めて、じっと入口を見ている。
「キャサリンさん。早く食べないと魔素が逃げちゃいますよ?」
私が声をかけるとキャサリンさんはハッとして慌ててプリンを食べ始める。
…気になってるのかな?それならカイザーさんも嬉しいだろうなあ。
カイザーさんはキャサリンさんを好きなんじゃないかなあって思うんだよね。
中々そういう所を見せないからわかりにくいけど。
しばらくして、カイザーさんが戻ってきて「ハルカさん、リリアナさんが御用があるそうです。」と言われた。
何の用だろうと思いつつ、礼を言って席を立つ。
「お久しぶりです。」
「お久しぶりです。式の時はお世話になりました。」
彼女は入口脇に立っていて、お互い形式上の挨拶をする。
名前は呼ばない。彼女は名乗ってないから。
「トカゲの一族の戦士、リリアナと申します。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。先日は姉がお世話になりました。」
へ?名乗った?
あ。名乗り返さなきゃ。
「ご丁寧にありがとうございます。里見遥加です。どうぞ遥加と呼んで下さい。…お姉さん、ですか?」
「はい。シェリスです。この間、助けてもらったと聞きました。」
ああ。シェリスさん。
式の後のデートの時に差し入れしてくれた女性で、ここに務めるようになってからは彼女のお店にも良く買いに行ってる。
この間、新しい調理器具を注文したら、納期にぎりぎりに高額で質の高くないものを送ってきた業者がいて、私がそれに気づいてカイザーさんが苦情を申し立てたんだよね。
本人に手渡される前だったのもあって、お店の責任になって話はついた。
その業者は色の淡いシェリスさんに店の売れ残りを押し付けようとしたらしい。
色の淡いひとにはまともに売ってくれない店もあるのだと、その時に知ってすごく腹が立ったのを憶えている。
それにしても意外だなあ。
シェリスさんは南地区から来たって聞いてたから、リリアナさんとはつながらなかった。
「シェリスさんの妹さんだったんですか。」
「はい。姉はここに来て、初めて普通に暮らせるようになったと喜んでいました。ハルカ様が姉を庇って下さったと聞いて、一言お礼をと思いまして。ありがとうございました。」
そう言ってリリアナさんは胸に手を当ててきちんと上体を傾ける。
それを見ながら、やっぱりかっこいいひとだなあと改めて思う。
初対面では面と向かって喧嘩を売ってきたけど、式の時は副隊長として警備の指揮を取ってサポートしてくれた。
今もお姉さんのことで私にきちんとお礼を言ってくれてる。
真っ直ぐで正直なひとだ。
クルビスさんの事が好きで、副隊長として自分の仕事に誇りを持っていて、お姉さん思いの優しい妹で。
式の時は嫌がらせや襲われたことだってあったけど、彼女だけはいつも堂々と私に対峙してきた。
魔素だって隠したりウソをついたりなんてしない。ホントに真っ直ぐだ。
「出来ることをしただけです。お姉さんにはこちらこそいつもお世話になっています。」
だから、私も正直に彼女に向き合う。
真摯な態度には真摯に答えなきゃね。
私、リリアナさん嫌いじゃないなあ。
まあ、最初はいろいろあったけどさ。
「…あなたを初めて見た時、頼りないと思ったの。似合わないって。でも、違ったみたい。黒にふさわしいひとね。」
え~と。褒められたのかな?うん。たぶんそうだ。
似合わないっていうのはきっとクルビスさんにだろうけど、そう思ったのは彼女だけじゃないだろうな。
こう言ってくれたのはお姉さんの件もあるだろうけど、きっと彼女は私がやることを見ていたんだと思う。
周りが試してくるのと同じように、私が何を出来るのか、クルビスさんの伴侶と呼ばれるのにふさわしいのかって。
だって、彼女はクルビスさんのことが好きなんだから。
いきなり現れた私のことなんて気に入らなくて当然だ。
「ありがとうございます。」
「姉をよろしくお願いします。」
「はい。」
簡単な言葉のやり取りだけだけど、今までで一番魔素も表情も柔らかかった。
きっとこれがリリアナさんの素の顔なんだろう。
リリアナさんは私にお姉さんを頼むと、「それでは、失礼します。」と言って人混みの中に消えて行った。
後ろ姿を見送りながら、彼女とはまたお話したいと思う。
名前も聞けたし、すぐには無理でもこうやって少しずつ近づけていけたらいいな。
シェリスさんとも仲がいいみたいだし、これからもチャンスはあるだろう。うん。これから。これから。
さて、そろそろ休憩も終わるし、お仕事に戻ろうか。
まずはカイザーさんにリリアナさんが帰ったことを報告しないと。
mikoto様からのリクエストで「リリアナさんとの和解」でした。




