守備隊のカリー
今日は3000字。
式が終って数日後の話です。
「ルドさん、今日のおすすめは何ですか?」
いつものように料理長のルドさんにお昼のおすすめを聞く。
下の食堂で食べるようになって、いろいろなメニューがあることを知ったんだけど、こっちの食材がわからない私には聞いてもまったく想像出来ない。
だから、料理長のルドさんにその日私が食べられるメニューと食材について教えてもらうようになっていた。
なのにルドさんは上の空。珍しい。
「ルドさん?」
「っ。ああ。そうだな今日のおすすめはカリーだ。」
カレーかあ。
この間食べたけど、美味しかったなあ。
よし。カレーにしよう。
ルドさんのおすすめは外れなしだし。
「じゃあ、カリーを下さい。」
「ああ。…ハルカは甘いカリーというのは、いや、なんでもない。忘れてくれ。」
え?何?
甘いカリーって、甘口のこと?
「甘口のカリーですか?」
「知ってるのかっ?」
へ?いや、カレーなら辛口、中辛、甘口は普通じゃあ?
もしかして、違うの?
「え、ええ。故郷のカリーは辛さを調節するものでしたから。甘口は子供用ですね。」
「子供用…。そのレシピを教えてくれないか?」
ルドさんの言葉に厨房がざわつく。
いや、厨房だけじゃなくて、食堂全体もざわついている。
いったい何だっていうんだろう。
私またなんかやっちゃった?
「ハルカさん。レシピを教えて欲しいというのは、普通は言いません。言えばかなりの報酬を要求されるか、相手のレシピももらうかなんですよ。」
戸惑う私にアニスさんがこっそり耳打ちして教えてくれる。
レシピにも情報規制のかかる街で、レシピを欲しいって言うのは捨て身のお願いになるみたいだ。
じゃあ、このざわつきは料理長のルドさんが捨て身のお願いをしたからなんだ。
そりゃ皆驚くよね。
「ええ。いいですよ。ただ、こちらのカリーと作り方が少し違うんで、そのまま使えるかわかりませんけど。」
納得して私が了承したことを伝えると、また周囲がざわつく。
え?今度は何?
「交換条件はいいんですか?」
へ?何それ?
…ああ。レシピは普通教えないからってこと?
そんなのいりません。
ルドさんにはいつもお世話になってるしね。
「ルドさんにはいつもお世話になってますから、これくらいならいつでも。」
私が何も受け取る気はないと伝えると、またざわつく。
もう。いいじゃない。うるさいなあ。
それにしても甘口のカレーかあ。
うちではすりおろしたリンゴや蜂蜜を入れてたくらいだなあ。
あれだけでも、結構甘くなるんだよねえ。
だから、こっちのドライカレーでも結構うまくいくんじゃないかな?
「…ありがとう。恩にきる。」
ルドさんが胸に手をあて、深々と頭を下げる。
いえ。そこまでのことじゃないんで。フルーツ入れるくらいしか知りませんし。
「いいえ。そんな。気にしないで下さい。大したことはしませんから。ホントに。」
私が慌てて大したことは知らないと教えると、ルドさんは「まったくかなわない。」と笑っていた。
いやだって、作るのはルドさんですし。
昼食の後教えることになって、とりあえずカレーを食べる。
相変わらず光りそうな蛍光色だけど、味は絶品だ。
それにしても、ここって果物豊富なのに、入れるって発想なかったのかな?
何より、どうして突然甘口のカレーなんてのを作ろうと思ったんだろう?
「もしかして、子供たちのためかもしれませんね。」
アニスさんが苦笑しながら教えてくれる。
どうやら、式の前にイシュリナさんとビルムさんと一緒に子供たちとお昼を食べたのが発端らしい。
それ以来、子供たちの間でカリーの話題がよく出るらしく、「ぼく、もう辛いの平気!」とかいい出す子も出て来たのだとか。
う~ん。あの時納得してみせたのは一時的なものだったかあ。
「今日のメニューはカリーにしてくれと、食事を運んで下さる調理師さん達にお願いしてるみたいで、それが料理長にも伝わったのでしょう。」
ああ。それは調理師さん達も困っただろうな。
メニューを決めるのは基本的に料理長であるルドさんの役割だし。
勝手にいいよとも言えないし、何よりここのカレーは中辛しかない。
たぶん、あー兄ちゃんがそれしか作らなかったんだろう。
「なら、私の知ってるレシピで上手く出来るといいですね。」
「そうですね。きっと子供たちも喜びます。」
うん。カレーって言えば、子供の人気メニューだもんね。
ここでもそうなってもらおうか。
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「フルーツ!?」
作り方を教えた私に、ルドさんだけでなく見学希望のベルさんにバウルさんまでが驚きの声を上げる。
まあ、生で食べるのが当たり前みたいだったし、驚くよねえ。
昼食の後、ルドさん達のお仕事がひと段落するのを待って、奥の厨房でカレー作りをすることになったんだけど、思いがけない材料に皆目が点だ。
ちなみに、ベルさんとバウルさんは調理師さん達の多数の参加希望の中、様々な競争を勝ち残って、カレー作りに参加する権限を勝ち取ったそうだ。
「ええ。それと蜜を少し入れます。フルーツを入れると酸味が増すので。」
「そんな方法だったとは…。だが、子供たちにはそれくらいの方がいいかもしれない。」
「そうっすねえ。子供の時は舌が敏感っすから。じゃあ、クセの無い百花蜜がいいかもっすねえ。」
「辛味の香辛料も少し減らしましょうか?」
私が蜜も入れることを教えると、調理師三人は驚きつつもレシピの検討を始めた。
さすがプロ。初めて聞くことなのに、もう対応してる。
私が知ってるのはリンゴを入れる方法なので、リンゴの味のアボカドもどきなフルーツを教えておいた。
後は3人がやってくれそうだなあ。私いなくても良かったんじゃあ?
「今日のカリーソースに少し入れてみるか。ハルカのレシピの材料はこちらには無いものばかりだしな。」
ルドさんのその一言でテキパキとフルーツと蜜を加えたカリーソースが用意され、私の前に提供される。
ルドさんたちも味見したけど、元を知ってる私に確認して欲しいのだそうだ。
口に含んだカリーソースは、懐かしいフルーツの香りが口に広がる思い出の味だった。
うん。これくらいなら辛くないし、子供たちでも食べられるんじゃないかな?大人には甘いけどね。
「ん。ちょうどいいですね。さすがです。」
「そうか。後はこれが子供たちに受け入れられればいいが。」
「いけるっすよ。でも、甘口ってホントに甘かったんっすねえ。」
「野菜の匂いもカリーの匂いでわかりにくくなってますし、子供には食べやすいでしょうね。」
三者三様で感想をいいつつ、私のOKが出たことにホッとしていた。
この甘口カリーはすぐさま子供たちに提供され、子供たちに大絶賛されることになる。
それが退院した子供たちから伝わって、甘口カリーは北の守備隊の名物料理のひとつとなった。
そのうち、守備隊をやめた調理師さん達が各地で広めて、甘口だけでなく、カリーそのものが種族を超えた一般的なメニューに変わっていった。
この広がりを見て、「カレーすごい。」と私がつぶやいたのはまた別の話。
笹丸様のリクエスト「甘口カリー」でした。




