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「ビルム殿の伴侶は義手や義足を作っていらっしゃるのよ。」



 思い出せなくて困っていると、イシュリナさんが助け舟を出してくれる。

 義手や義足?それって、魔技師のサリエさんだ。



「ああ、サリエさんがご伴侶なんですね。」



 たしかに、彼女も真っ赤な体色をしていた。

 でも、いかにも職人さんって感じの彼女と目の前の美老人なエルフはまったく結びつかなくて思い出せなかった。



「ご挨拶しただけだと聞いていましたのに、覚えていて下さいましたか。」



 ビルムさんが嬉しそうにますます目元を緩める。

 ぐっ。何て言うか、年齢と共に磨かれた魅力にクラクラしそう。



 クルビスさんがいなくて良かった。

 深呼吸してっと。



「ええ。ルシン君の話もしましたし、ルグの実も勧めて頂いんです。故郷の木の実の味に似ていたので、そのお話もしました。」



「おや。そんなにお話を?私には何も…。」



 不思議そうな顔がまたクリティカルヒットです。

 しかし、顔には出せない。魔素にも…出てないよね?



「とても短い時間でしたから。他のもたくさんの方がいらっしゃってましたし。」



「ああ。ヘビの一族の宴ならそうですね。」



 ビルムさんも参加したことがあるのか、少し遠い目をしていた。

 きっと、すごく飲まされたんだろうなあ。



 私の場合はクルビスさんがかばってくれたけど、ビルムさんは大変だったんだろう。

 似たような経験をしたもの同士の連帯感が生まれた所で、イシュリナさんが声をかけてくる。



「挨拶はそれくらいでいいかしら?私も子供たちの様子を見に来たのよ。西の子は一度お見舞いに行ったのだけど、こちらはまだだったから。」



 ああ。子供たちのお見舞いに来られたんだ。

 それで、メラさんと一緒に転移陣で来たんだ。メラさんなら自力で転移陣を発動できるから。



「それならご一緒しましょう。北に預けられた子らはとても回復が早いと聞いています。」



「まあ、さすがねえ。長がいらっしゃるからかしら。ハルカさんも一緒にいかが?子供たちが懐いているって聞いてるわ。」



 子供たちか。最近はおやつの差し入れもアニスさんにお任せしてて、あんまり構ってあげてなかったんだよね。

 きっと、ずいぶん元気になってるはずだ。



「そうですね。私も子供たちに会いたいです。」



「じゃあ、決まりね?行きましょ。メラ、私たちは子供たちの所に行くわ。」



「ええ。私も後で顔を出します。」



「早くね。もうお昼だから、ご飯食べたらお昼寝の時間だわ。」



「もちろん。」



 イシュリナさんがメラさんに声をかけると、リリィさんの案内で子供たちの入院している病室に移動することになった。

 イシュリナさんが廊下に出た途端、大声が響き渡った。



「イシュリナ様っ。お助け下さいっ。同族の危機にございますっ。我らは何も、何もしておりませんっ。」



 声が響き渡った途端、後ろについて来ていたビルムさんが私の前に出る。

 本当はイシュリナさんの前にも出ようとしたみたいだけど、逆に止められたようだった。



「いいわ。…どなたかしら?我が一族には毒を流すものなんていませんわ。…街の規則を守れない者もね。」



「ええっ。ですからっ。」



「守らなかったでしょう?…あなた方の塗っている黒、街に登録されてない染料だとか。勝手な調合は禁じられているのはご存知よね?」



 染料も登録がいるんだ。知らなかった。メモメモ。

 技術都市だけあって、技術に関するものは何もかも管理されてるんだな。



「で、ですが、我らはっ。」



 相手はなおも言い募る。

 …たぶん、さっきのカメレオンの一族の女性の親族、おそらく父親だと思うけど、言いたいことしか言わない所がそっくりだなあ。



「研究で使う者は許されてるわね。でも、私、研究者の集まりであなた方を見たことが無いの。…新しい知識に背を向ける者に、一族を名乗る資格はないわ。それが始祖からのしきたりでしょう。」



 一族の中でも非難されてたんだな。

 まあ、古い知識だけで生きてるって、いいことじゃないもんね。



 研究者の一族なら、なおさら許されないだろう。

 …もともと知識を持ってたせいで、自分で得る努力を忘れちゃったのかな。



「そ、そんなっ。我らは、これまで街のために尽くしてまいりましたっ。」



「まあ、どんなことを?…あなた方が流した知識は間違っている物が含まれるから、即刻やめるようにって通告がいっていたわよね?1000年以上前の知識なのですって?その知識のせいで謝った技術が流れてしまって、被害届も出てるのよ?あなたの怠け癖は子供にまで移ったようね。間違った知識のまま、毒を身体に塗り続けるなんて、恐ろしいこと。」



「ど、毒ですとっ?我らには何も。」



 ここで初めて、相手がちゃんとした返事をした。

 さすがに、毒って言葉には反応したみたい。



 それにしても、イシュリナさん容赦ないなあ。

 事実だけを淡々と相手に突きつけてる。



 まあ、普通に話しても相手が聞かないからだろうけど。

 今までの会話からして、どうも知り合いみたいだし、お任せしよう。



「我が一族には効きにくいらしいわね。それでも毒は毒よ。少しずつ感覚を狂わせる。…あなた、最近、目や耳、それにお腹が悪くなっていない?」



「っっ。」



 心当たりがあるのか絶句している。

 というか、女性だけじゃなくて、男性も黒く塗ってるの?



 一族の伝統とかってやつ?

 …それはないか、カメレオンの一族でのお披露目は普通の体色のひとばかりだったし。



 じゃあ、あの家族だけがってこと?

 うわあ。何を思ってそんなこと子供にまでさせたんだか。



「…何が悪いのですっ。黒を持てば、認められるのですよ?黒をまとって何がいけないのですっ。」



「黒が認められるのではないわ。その強い魔素を使って何が出来るかが評価されるの。常に試される立場になりたいなんて変わった方ね。黒を持っていても、何も出来ない者は街に居場所はないわ。かつての私みたいにね。」



 …。これ、イシュリナさんの話?

 初めて聞いた…。これって、カメレオンの一族の男性に向けて言ってるけど、私にも言えることだ。



 黒だからって最初は歓迎されてる。

 でも、この街はシーリード族が作った街、実力主義の街だ。



 何も出来なかったら…。

 それこそ、黒を持っていて何も出来なかったら、私はクルビスさんの隣に立てない。



 …常に試される立場、か。

 きっと、イシュリナさんは何度も試されてきたんだろう。



 そして、それに負けなかった。

 いつも穏やかに笑ってるけど、それは揺るぎない自信の現れなんだろうな。



 いつかは、私もあんな風になれるかな。

 今はまだ、レシピの普及なんてことくらいしか出来ないけど。



 私だけに出来ることをやれるようになりたい。

 そして、ちゃんとクルビスさんの隣に立ちたい。



 私がそんなことを思ってる間に、カメレオンの一族の男性は駆けつけた隊士さんに連れていかれたようだった。

 あれだけ(わめ)いていたのに、すっかり大人しくなったみたいだ。



「ふう。困ったことね。こんなことをしていては何時まで経っても昔のままだわ。…ごめんなさいね?今の子供たちには大丈夫だったかしら?」



「…ここの扉は魔素を遮断出来ますので、おそらく大丈夫だと思います。」



 イシュリナさんの質問にリリィさんが答える。

 その声が少し震えてるように聞こえたのは気のせいじゃないだろう。



「そう。それなら良かった。さあ、行きましょう?」



 きっと今のイシュリナさんは、いつものように穏やかに微笑んでいるんだろう。

 ビルムさんが盾になってくれてたから少ししかわからなかったけど、さっきまでドアの外から冷気が流れて来ていた。



 あの冷気には憶えがある。

 怒ったフェラリーデさんととても似ていた。



 イシュリナさんも氷の魔王の顔があるタイプなんだろうか?

 そっと顧みたら、メラさんとメルバさんはあさっての方向を向いていた。



 …そうなんだ。魔王タイプなんだ。

 イシュリナさんを怒らせないよう気をつけよう。

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