24
そのままメルバさんとクルビスさんにカメレオンの一族の内情なんかを聞いて過ごすと、私は仕事に戻るクルビスさんと隊長室に戻り、メルバさんはグレゴリーさんを送るために転移室に向かった。
高価な品物をたくさん持って移動する時は、転移陣で直接移動出来ることが条件だからだ。
今回すぐにアクセサリーの変わりを用意してもらえたのは私が守備隊にいたからだと聞いて、ここからお嫁に行かせてもらうことになった理由の1つがわかった気がした。
メルバさんなら転移陣の起動なんてすぐだ。
きっとグレゴリーさんは驚くだろう。
…私も今驚いてるけど。
クルビスさんが誰もいない隊長室に入るなり、奥の私室に私を連れ込んで抱きしめたからだ。
「…ハルカ。」
でも、聞こえてくるのはいつもの甘い声じゃなく、少し緊張した硬い声。
流れ込んでくるのは、安堵と恐怖の魔素だ。きっと、今まで抑え込んでいたんだろう。
「ごめんなさい。」
クルビスさんの魔素を感じ取ると、悪いと思うと同時に謝罪の言葉が自然と口から出た。
だって、今回は私が悪いから。相手が「悪役令嬢」だってわかってて向かって行ったんだもの。
これは現実だって、嫌と言うほどわかってたはずなのに、ラノベな展開に浮かれてホイホイ近づいた。
「取りまきのいる悪役令嬢」なら、衆人観衆の前で刃物なんて出さないだろうと勝手に決めつけて。
メルバさんに釘を刺されたのはそういうことだ。
怒られるでなく、正面から事実を淡々と突きつけられた。この方がキツイ。
きっと、あー兄ちゃんも同じような所があったんだろう。
あー兄ちゃんがトリップしたのはここより危ない世界だったみたいだから、メルバさんは気が気じゃなかったに違いない。兄妹そろってお世話になります。
今回の件は、私にとって異世界の日常はまだ非日常だったのだと思い知らされた。
衣食住の保障された生活で、命が狙われてるという事にどこか実感が持てていなかったのだ。
もう、私ひとりの身体じゃないのに。クルビスさんを置いて死ぬわけにはいかないのに。
まだ、どこかでラノベで呼んだ世界を観光するような、物見遊山な浮ついた気持ちが強かったみたい。
これから結婚するっていうのに、これはないよね。
いろいろなことが相まって、申し訳ないと思いつつクルビスさんを抱きしめ返す。
そしたら、落ち着いたのか私を抱きかかえていた腕が緩んだ。
魔素も穏やかなものになったことにホッとして、クルビスさんを見上げるとすぐ近くに顔があって驚いた。クルビスさんも私の顔が見たかったらしい。
「お願いだから、1つで行かないでくれ。リリィを後ろに控えさせたんだって?後ろじゃなく、横か斜め前に護衛は置いてくれ。後ろじゃ守りきれないことがある。」
あ~。心配はこれもあったのか。
確かにリリィさんが庇ってくれたのがほんの僅かに遅れていたら…ぶるりっ。
「はい。それもリリィさんに聞けば良かったって思ってます。私は知らないことばかりだから。」
「いや。俺が伝えるべきだったんだ。シードにもきつく注意された。「伴侶を守る気があるのか。」って。まったくその通りだ。自分の無茶がそもそもの原因だというのに…。」
私が反省を述べると、クルビスさんが軽く首を振る。
どうやら落ち込んでいるみたいだ。
「ハルカはすごいよ。俺が話も出来なかった令嬢を手の平で転がしていたっていうし、リードともリリィともリッカとだって対等に話をしている。俺は…。俺は何が出来るんだろう?伴侶の危機に駆け付けることも出来ないで…。」
これ、たぶん、初めて聞くクルビスさんの弱音らしい弱音だ。
私よりずっと年上で、街を守る守備隊の隊長さんで、物語の英雄のような立場にいるひとなのに。
そんなひとを自分のせいで弱らせてしまったのかと思うと、申し訳ないと同時に弱音を聞けたことが嬉しくて、それを誤魔化すようにぎゅっと抱きしめた。
頭を摺り寄せ、大丈夫だと、私もいると訴える。
「クルビスさんはいろんなことが出来るしわかってるじゃないですか。隊をまとめることも、街を守ることも、…それが1つじゃ出来ないって知ってることも。私も一緒です。誰かに支えられてここまで来ました。1つで無理なら2つでやればいいでしょう?2つが無理ならもっと。誰かと何か出来るっていうのはそれだけですごいことですよ。」
何だかエラそうなことを言ってしまったけど、「ひとりで出来ないならふたり、ふたりで無理ならもっとたくさんで」っていうのは実家の家訓の一つだ。
「出来ないことを知れ。また知っているものと付き合うように。」というのがおじいちゃんの遺言というか、口癖らしかった。
それがそのまま家族の基準になって、家訓のひとつになったわけだ。
結婚するってお互いの考えをすり合わせていくことでしょう?なら、私を支えていたものをクルビスさんにも。
「…ありがとう。」
それが伝ったのか、クルビスさんは今度は優しく抱きしめ返してくれた。
このひとは私をちゃんと見てくれる。それがとても嬉しかった。




