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受け取ったベールを付けてみる。
聖母マリアが身につけているような布製のシンプルなベールだから、マリアベールと呼ばれる形だ。
「ありがとうございます。うん。綺麗なマリアベール。注文通りです。」
私が白いベールに満足していると、アニスさんとリリィさんが遠慮がちに声をかけてくる。
「あ、あの。ハルカさん?」
「この布は…。」
やっぱり、「白い」ベールは気になるか。
言ってなかったもんね。
「故郷の式では伴侶は互いに白を着る習慣があるんです。色には「あなたの色に染まりたい」っていう意味があって、頭から被る布には「魔除け」の効果があると信じられています。それで、マルシェさんにお願いして白い布でベールを作ってもらいました。」
ルシェモモでの婚姻の儀式はお互いの色をまとう以外に、一族を象徴する服装で行うことになっている。
クルビスさんはトカゲの一族の象徴として短めの剣をもつ。
これは遥か昔に、トカゲの一族が森の中で家族単位で暮らしていた名残らしく、家族を守る証として狭い場所でも振り回し易い短めの剣を持つのだとか。
だから、私も何かヒト族を象徴するものをと言われて、結婚式の象徴ってウエディングドレスにしろ白無垢にしろ「白」と「被り物」だなあと思ってお願いしたのだ。
でも、鏡に映った自分を見て気づいた。
黒いドレスに白い被り物って何だか修道女や尼さんのイメージで結婚式っぽくないかも。
ま、まあ、言わなきゃわかんないよね。
ドレスもベールも華やかだし。
「そうなんですか。白にそんな意味が…。」
「魔除けですか…。だから頭から被るのですね。裾の刺繍は…冷却と日よけの式ですか。」
アニスさんは驚きつつもベールに興味深々で、リリィさんはベールの形を見て納得すると金銀の刺繍に気がついたようだった。
さすが治療部隊副隊長さん。
「ええ。布を被るのは暑いからと言って、ありがたいことにメルバさんが冷却と日よけで2つの式を刺繍して下さったんです。」
「長が?」
「最近、部屋にこもっていると思ったら…。」
私の説明を聞いて、アニスさんは驚きでますます目を見開き、リリィさんは心当たりがあったらしく納得していた。
深緑の森の一族は、一族のいない私のバックアップをしてくれていて、化粧品にドレスの手配と様々なサポートをしてくれているけど、今回のベールに関してはメルバさんの個人的なお祝いだったから、知らないひとの方が多いだろう。
「長がこれほど緻密な刺繍を得意とされているとは存じませんでした…。」
マルシェさんがため息をつきながらベールを見ている。
一見、ただの金銀のラインなんだけど、よく見るとデザイン化された文字がびっしり並んでいるんだよね。
これ、すごい手間だよね。
ベールそのものの完成は早かったけど、数日でこれだけの刺繍を仕上げちゃうメルバさんって何者って感じだ。
お針子のマルシェさんからしたら、羨ましい腕前だろう。
アニスさんもリリィさんもジイィっと刺繍を凝視している。
「副隊長。これ、冷却しすぎないよう、強弱の調節機能までありますよね?」
「ええ。日よけも陽射しだけじゃなく温度まで跳ね返すようになってるわ。」
…シンプルなデザインなのに、ずいぶん高機能なベールになったみたい。
まあでも、日差しを気にしなくていいのは助かる。最近の日差しは冗談抜きに熱射病になるレベルだ。




