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今回長いです。
2500字程。
ドラゴンの巣だけあって、全体的に洞窟っぽい岩をくりぬいたような作りをしている。
ドアを開けると畳みの廊下が伸びていて、壁のくぼみなんかには陶器の花びんに花が活けられていた。
驚いたことに、ちゃんとドアを開けてすぐに靴を脱ぐようになっていて、壁際に靴箱があったのでそこにサンダルを入れて先に進むことにした。
クルビスさんは靴を脱いで移動するということに抵抗があるみたいだったけど、畳は草を編んだ丈夫な敷物で、畳の場所は靴を脱ぐのだと説明し、私が実践してみてようやく靴を脱いでくれた。
歩いてみると畳の感触が柔らかかったらしく、「成る程。これは靴を乗せる場所ではないな。」と納得していた。
故郷でもこうなのかと聞かれたけど、普通は部屋に敷くもので廊下は一般的じゃないと答えておく。畳廊下なんて庶民には縁がないものだ。
不思議なことに、中には照明器具らしきものは見当たらなくて、全体的に明るい。
まるで壁全体が淡く発光しているみたいだ。
「あれは…ドアか?」
私が壁に気を取られてると、クルビスさんが立ち止まる。
クルビスさんの視線の先には…障子があった。
「障子!?こんなものまで…。」
「知ってるのか?」
思わず出たセリフにクルビスさんが聞いてくる。
ああ、そうだ。障子なんて知らないよね。説明しなきゃ。
「故郷のドアです。今では室内用ですけど…。こっちで見ることになるとは思いませんでした。」
「そうなのか。変わった作りだな?木と…紙か?」
正体がわかったからか、クルビスさんが近づいてしげしげと眺めている。
珍しいよねえ。地球でもこんなの日本にしかないし。
「引き戸なんですよ。軽くて動かしやすいです。紙が光を通すので、室内に外の光を届けてくれます。」
障子の本来の用途は外の明りを部屋に入れることだ。
実家の和室はカーテンの代わりに窓枠サイズの障子がハマっていた。
晴れた日は電気をつける必要もなくて、とても明るかったのを覚えている。
そんなことを説明すると、クルビスさんは障子紙の薄さに驚嘆し、骨組みの繊細さに関心していた。
こういうとこが技術都市の住人って気がする。
最初に私の荷物を見た時もしげしげと観察してたもんね。
アニスさんにも教えてもらったけど、珍しいものを見たらそれを土産話にすることになってるらしく、街や地区の外に出たひとにはいろんなひとが話を聞きに来るものなのだそうだ。
きっと、私たちも帰ったらいろんなひとに聞かれるんだろうな。
「確かに軽いな。うっかり壊しそうだ。」
障子の華奢な作りに困ったような顔をして、クルビスさんは指先でそうっと障子を開けた。
こっちのドアは大きくて頑丈なものばかりだから、障子にはカルチャーショックを受けたみたい。
「軽いので開け閉めが楽ですけどね。…ちゃぶ台まで。」
中の部屋も畳がひいてあって、真ん中には丸いちゃぶ台にみかんとお茶セットが乗っていた。
急須はさすがにおなじみの丸いポットだ。
壁には床の間があって、掛け軸と花が活けられている。
らし過ぎるくらい和室なんだけど、なんだろう。この光景に覚えがある。
(…あ。これ、おばあちゃん家の居間だ。あー兄ちゃん、おばあちゃんの家を説明したの?)
見覚えのある光景に顔を引きつらせつつ、何でこんなに細かく再現されているのか疑問に思う。
エルフの里にはこんな和室はなかったし、おばあちゃん家を知らないはずのメルバさんが再現したにしては出来過ぎている。
畳一つにしたって、綺麗に編んでいるし縁の生地も和風の模様で、それもおばあちゃん家と同じ模様だ。
まるで見たものをそのまま再現したような…。
「ハルカ?」
クルビスさんが心配そうに名前を呼ぶ。
いけない。部屋のことはメルバさんに聞いてみればいいことだ。今はクルビスさんを休ませないと。
「すみません。祖母の家の部屋にそっくりなんで、驚きました。きっとメルバさんが兄から聞いてたんですね。座りましょっか。お茶入れます…。クルビスさん?」
私がちゃぶ台に近づこうとすると、クルビスさんに抱きしめられた。
暖かい魔素が身体を包む。そして同時に心配と恐怖も感じる。
「…辛いなら部屋を変えてもらおう。きっと、祖父さんは珍しいものがあるのを見せたかっただけだろうし、問題ない。」
え。いきなり何を…あ。もしかして、私がホームシックにかかってるって思った?
知ってる景色に黙り込んじゃったから。帰れないことに傷ついてるって。それは誤解だ。
「いえっ。あまりに祖母の家に似てるので、驚いただけです。兄が話したにしては細かいところまで再現され過ぎてるんですよ。だから、不思議だなって。」
それでもクルビスさんから心配の気配が取れない。
ん~。困った。そっくりなことの方に驚いちゃったのは本当だしなあ。
それに、こっちに残るって自分の中で踏ん切りついてるし、実家の風景ってわけでもない。
元の部屋は子供の頃に見たものだし、今はもう無い家だしで、これで帰りたくなる気持ちはわかないというか…。
むしろ、昔懐かしい気持ちが強くて、おばあちゃんと作った和菓子をいろいろ思い出すんだよね。桜餅食べたいなあって思うくらい。
これをどうわかってもらおうか。
「大丈夫ですよ。本当にそっくりなことに驚いただけなんです。…この部屋の元は私が小さいころに祖母が住んでた家です。故郷にももう無いんですよ。だから驚いたんです。もう見ることはないと思ってたから。」
ゆっくりとクルビスさんに伝わるように気持ちを込めて言う。
こっちで生きてくって決めたんです。
あなたと一緒にいるって言ったでしょ?
「もし、今、日本に繋がったとしても帰りませんから。私は自分で決めてここに「残る」んですよ。帰れないって「諦めた」んじゃないんです。」
だから大丈夫。世界に宣誓だってしたんだから。
全部、ちゃんと考えたんです。だから。
どうか、あなたが傷つかないで。
自分のせいだなんて思わないで。
ちゅっ
思いが伝わればいいとクルビスさんに口付ける。
軽い触れるだけのキスだ。
でも、思いは伝わったと思う。
私が離れた時には、クルビスさんの魔素は穏やかなものに変わっていた。
白い竜の話は次回。
伸び伸びになってすみません。次こそは。必ず。




