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そのままどんどん甘くなる空気に恥ずかしくなって、トイレに行くって誤魔化して逃げ出した。
甘い空気になったら、そのまま見せつける方がいいってアニスさんや女性陣に言われてるけど、恥ずかしい物はやっぱり恥ずかしい。
こっちは謙虚な日本人なんです。
人前でのいちゃいちゃは無理っ。
顔の熱をパタパタと手で仰いで冷ましながら、他のひとにつかまらないように魔素を抑えてこっそりと移動する。
えっと、トイレ、トイレっと…あれ?
「ここ、何処?」
もしかして道を間違えた?
やだ。引き返さなきゃ。
真っ直ぐきたんだから、真っ直ぐ戻ればいいよね。
すると、廊下の先から声が聞こえてくるのに気づいた。
どうやらもめてるみたいだ。
どうしよう。気づかれないようにそうっと戻ろうかな。
「まったく。忌々しい。あの出来損ないがっ。」
戻ろうとした私の耳にしゃがれた声が聞こえた。
そのあまりの剣幕に思わず立ち止まってしまう。
「まったくで。一族と名乗るのもおこがましい色だと言うのに、このような晴れの場にのこのこと顔を出すとは。いくら兄弟とはいえ、長も何を考えておられるのやら。」
「あ奴が来られぬように手を打ったというに、何事もなかったかのように来おった。」
「転移陣の細工も無駄でしたな。」
「しっ。誰が効いているやもしれませんぞ。」
「何。今頃は皆トカゲの次代殿とつながりをつくろうと必死ですよ。しばらくは来ません。」
何?これは何?
今言ってるのって…。
(お、落ち着かなきゃ。魔素を宥めて、気づかれないようにしないと。)
これは聞いておいた方がいい。
直感で決めて、自分の魔素が抑えたままなのを確認すると、壁際に寄った。
「それならいいのですが…。結局、黄色の方も上手くはいかなかったようですし、奴らの手の者でもいるのではと…。」
「それはありませんよ。どれだけの数を介したと思ってるんです。我らまでたどり着けるはずがありません。」
「そうだ。堂々としていればよい。黄色の方はグレゴリーのやつが邪魔ばかりしおるからよ。屋敷から他の者を追い出しおった。」
「まあ、ホーソン病にかかったのでは仕方ありませんな。」
「それでも良かったのだがな。治ってしまった。計画から外れはしたが、せっかく死病にかかったものを。あの小娘が余計なことをしてくれたからっ。」
「ままま。キーサ様。その辺で。今回のことに関してはきっと偶々ですよ。トカゲの次代様の伴侶様といえば、お作りになる菓子のお話ばかり聞きますし。」
「そうですね。見た限りただの小娘に思いました。今日は話題の菓子を食せるかと期待したのですが、残念でしたな。」
「…ふん。まあ、しばらくは生かしておく価値があるな。」
「そうです。技術を取れるだけ取ればよろしいではありませんか。」
「ですが、あのクルビス隊長の溺愛ぶりを見ると、近づくのも難しそうですね。」
「ふんっ。レシピの公開なんぞを謳っているなら、我らを拒みはせんだろう。せいぜい持ち上げておけばいい。」
「さすがキーサ様。それが一番でしょう。」
「それにしても今日は不愉快なことよ。アースの小僧も味方しおるし…。」
後は同じような愚痴が続きそうだったので、私はそうっとその場を離れることにした。
大変なことを聞いてしまった。
まだ頭が混乱してるけど、とにかく私が聞いてたことに気づかれないようにしないといけない。
周囲に誰もいないことを確認しながら移動する。
(…転移陣のことを言ってた。あれってわざとだったってこと?キィさんを来させないようにするため?何で?)
次々と疑問が頭の中に渦巻く。
でも、どれだけ考えても答えは出ない。わからないことが多すぎるからだ。
このまま考えてても仕方ない。クルビスさんに言わないと。
そこまで考えて、はたと気づく。
このまま戻っていいんだろうか。
きっと今の私の顔は酷い物だろう。
もしさっきのひと達の仲間がいたら、私が聞いてたと気づかれてしまう。
どこかで休憩しないと。
「…伴侶様?」
びくうっ。
誰?…青の一族の女性だ。
このひとは敵?味方?
どうしよう。今の状態をどう誤魔化そう。




