11話 青年はPKと出会う
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結局、ワースは来た道を戻ることにした。ワースはボスを倒しに来た訳ではないからだ。いくらなんでも一人でボスを倒すのは無理だとわかっていた。
ボスに挑戦するパーティがボスに突撃していく様子を見ていたワースは、ちょっとだけボスを見ていこうと思い立った。
重鎧の女リーダーが先陣を切ってボスのポップ範囲に入り、その後を重鎧の男、軽鎧の男、ローブの男女の順で入っていった。
ワースは側にあった岩影に隠れ、ミドリに周囲の警戒を頼んだ。ワースがごくりと息を飲む中、ボスのポップが始まった。
このMMOのボスのポップの仕方は二通りあり、最初からそこにいる場合とプレーヤーが近付くことによって姿を現す場合がある。
今回のボスは後者の方だった。
周りの土の中から土煙を盛大にあげ姿を現した。
「行くぞ!」
地中から現れた土竜に向かって重鎧の女リーダーは声を上げながら接近する。その様子を見ながらワースはボスの観察と考察を始めた。
(『ブラウンキングモール』。それがこの土竜の名前だ。『土竜』と書くとなんだかドラゴンかと思えるが、モグラを漢字で書いただけの話だ。そんなことはさておき、このモグラは大きさが大型トラックほどだ。基本的な攻撃方法は爪による引っ掻きだ。目が見えていないため常に鼻をひくひくさせながらプレーヤーを認識して攻撃しているようだった。引っ掻き攻撃の威力は高く鎧を着た前衛であってもみるみるHPを削られていく。しかし、引っ掻き攻撃の範囲は短く少し離れていればダメージを喰らうことはない。幸いといっていいか、モグラらしく地中を移動する気はなく、その場から上半身を出したままのようだ。だからといって、このモグラが後衛に対する攻撃手段を持っていないことはない。現に今引っ掻き攻撃をする傍ら、時折土の塊を投げ付けてくる攻撃をしていた。投げてくる土の範囲がそれなりに大きく、狙いを付けられた場合投げるモーションをしたらそこから全速力で回避しないと回避が難しいようだ。全体的に防御力が高いが魔法に対する耐性がない。そこが攻略のポイントだろう)
ワースは『ブラウンキングモール』の攻略方法を考察していく。
ワースははっきり言ってボス攻略をするタチではない。どちらかといえばどこかのフィールドでモンスターと戯れているタイプだ。
それがこの度のワースは違っていた。ブラウンマウンテンを登りワースの亀レーダーに反応があった。ここを越えた先に亀型モンスターがいると。要するにただの勘なのだが、新たな亀を目指して先を邪魔するボスを倒そうと躍起になっていた。
実際、このブラウンマウンテンを越えたすぐ先に亀型モンスターがいるフィールドがある。こんなことはまだこの時点で運営以外は知り得ない事実なのだが、ワースはそれを勘で突き止めた。まさにこれはワース自身が持つ『超感覚』というレアメリットなのかもしれない。
それはさておき。
重鎧の女リーダーが率いるパーティはよく戦っていた。『チョコレート・カレーライス』のような個々の殲滅力には掛けていたが、別のゲームでもパーティを組んでいたのだろう、パーティの連携はしっかり取れていた。
しかし、途中でヒーラーとして回復魔法を使っていたのだろうローブの女の回復魔法が止まった。MPが尽き、あまつさえMPポーションも尽きたのだろう。
そのためまず始めに重鎧の男のHPが無くなった。その男は信じられないという表情を浮かべながら消滅した。
HPが無くなってゲームオーバーしたプレーヤーは最後に立ち寄った街の神殿に転送される。死亡ペナルティーで所持金が半分になり所持していたアイテムのいくつかが無くなる。そして経験値が減少する。
次に、軽鎧の男が消えた。その後続くようにして重鎧の女リーダーも消えた。前衛が軒並み消えたことによりブラウンキングモールは引っ掻き攻撃を止め遠距離攻撃である土投げに切り替えた。先程よりも頻度がぐんと上がった土投げ攻撃にローブの男と女は回避しようにも回避しきれなくHPを散らしていった。
そして、誰もいなくなった。
パーティを壊滅させたブラウンキングモールは満足そうに鼻をひくひくさせた後、地面に潜って行った。
ワースはふぅ、と溜め息をついた。今の今まで集中して戦闘を見ていたからだ。
傍らで周囲の警戒をしていたミドリは溜め息をついたワースをじっと見詰めていた。
「それじゃあ、帰るか」
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PK。それはプレーヤーキルの略称である。文字通りゲーム内でプレーヤーに攻撃を仕掛けてHPを全損させる行為である。これはある意味MMOというゲームには付き物である。
この『Merit and Monster Online』ではPKは禁止である。街の中ではダメージを与えることはできなく、街の外ではGMに報告するということでPKしたプレーヤーにペナルティを加えることができる。疑わしいという報告でもGMは綿密な調査を行い、処罰するという触れ込みである。ペナルティは1週間のアカウント停止と所持アイテムの一部破棄とブラックリスト入りである。ブラックリスト入りしたプレーヤーが再びPKを行うとアカウント破棄される。
ワースとミドリはブラウンマウンテンを下りていった。途中で現れるモンスターを蹴散らしながら。
そろそろ始まりの街が見えるというところで全身を黒で統一した柄の悪そうな男がワースの前に立ちはだかり呼び止めた。
「ちょっと、そこのお前さん。話があるんだ」
「はい、なんでしょう」
ワースは何事かと思い、話を聞こうとした。
「……うむうむ、お前さんであってるようだ」
「何かしてしまいましたか?」
ワースは男のにやにやした表情に何も感じることはなく普通に答えた。
「いやーね、つい先日お前さんがフィールドで戦っている時にモンスター集めちゃったでしょ。そのせいでウチのパーティが壊滅しちゃった訳。どうしてくれるんだ?」
「あぁ、そうですか。ご愁傷様でしたね」
「そうじゃない、謝るのも大事だがちょっと誠意を見せるのが先じゃねいか?とりあえず10000c。これくらいで手を打とうじゃないか」
「……っ!」
ようやく男の目的がわかったワースは顔を歪めた。
恐喝。先に被害を被ったと言って慰謝料を請求する手口。ワースはこの仮想空間にもそういうことをする人がいるのか、と驚いた。
なにやら良くないものを感じたワースはメニュー画面を操作してお金があるかどうか確認すると同時にミドリのステータス画面の『CLOSE』を押した。万が一ミドリに危険が及ばぬように手を打ったのだった。
いきなりワースの傍らにいたミドリが消えたことに男は驚きの声を上げる。
「おいおい、何やってるんだ!?」
「ちょっと邪魔になったので避難してもらっただけです。それと、今持っているお金では払えません」
「そうか、なら今持っている金、全部出しな」
男のドスの効いた声にワースはびくっとするが、毅然とした態度で答える。
「いえ、誠意を見せるとのことですから、きっちり10000cを渡したいと思います」
「そうか、で今はどうするんだ?このまま逃げるつもりか?」
「私の名前をご存知のようですし、後で請求しにくればいいじゃないですか」
もっともワースにはお金を渡すつもりはなかった。この男から離れた後にGMに非マナー行為として連絡しようと考えていた。
「……ちぃ、しゃらくせーな。おい、おまえら、やっちまうぞ」
男の大声に岩影から4人の男が現れた。
「ふぃー、やっとですかい」
「さっさとやっちまおーぜ!」
「なかなかいい男じゃない。ちょっと線が細くて楽しみがいなさそうだけど」
「……。……!」
ワースは腰に挿していた杖を手に取る。首にかかる劇彩色のスカーフを直し、全身の力を抜く。
対する男達は4人がナイフや剣やメイスを持ち、1人が杖を持っていた。
ワースは魔法使い。今ここにミドリがいないためただの紙装甲の的だった。どう考えても勝ち目はなかった。ミドリを出せば勝機は少しでも出て来るのだが、ワースは頑としてもミドリを出すことはなかった。例え命を散らしてもミドリにはこんな人間の醜さを知ってほしくなかった。ワースにはミドリが所詮AIであることはすっぽり抜け落ちていた。
「うおぉぉぉ!」
ワースは叫びながら魔法を発動させる。
魔法発動によりその場から動けないワースを見ながら男達はにやにやとした笑みを浮かべながら襲い掛かってくる。
「魔法使いであることを悔やみながら死ね」
ナイフを持った男がそう叫びながら襲い掛かってくるのを見ながらワースは冷静に緑色の光を帯びた杖を突き出した。
「『キューストライク』!」
『棒術』のスキル『キューストライク』はワースが最近手に入れたスキルだ。効果は命中率上昇。元々『棒術』の扱いが上手いワースのリアルスキルと相まって、ミリ単位の操作を容易にする。
杖はぶれることなくナイフの男の目を突き刺した。いきなり目を刺された男は切り掛かろうとしたナイフを思わず取り落とした。クリティカルポイントへの攻撃だったため、HPがみるみる減少し半分のところで停止した。
「なっ!?」
ワースは杖を引き抜き、魔法を発動させる。
「『攻撃力上昇』」
攻撃力を上げる付与術を自分に掛けたワースは杖を振り回しながらスキルを発動させる。
「『スイング』」
振り回した範囲にいた男達は一様にのけ反った。このスキルにはのけ反り効果がある。
少しの間動けなくなった男達を狙ってワースは再び杖を振り回した。
しかし、そこでワースの快進撃も止まってしまった。なぜなら後ろで待機していた男は魔法を発動させ、ワースの体を炎が焼いた。
そのことにより攻撃の手を止めてしまったため、なんとか体勢を立て直した男達に一斉に襲い掛かる機会を与えてしまった。
そして、ワースはメイスの一撃を喰らい、ワースのHPは0になった。ワースの意識はブラックアウトした。
その後、フィールドに残されたのはピンク色のスカーフだけだった。
プレーヤーが死亡すると持っていたアイテム・お金をいくらかドロップする。それはランダムに決定され、時たまにプレーヤーの持っていたレアアイテムがドロップする時もある。PKをするプレーヤーはそれを狙ってやる人が多い。PKをやるメリット・デメリットは様々あるが、一つ言えることは現実世界でやるよりも圧倒的に心理的なハードルが低く、行うことがたやすい。従来のMMOと比べVRMMOというタイトルはGMがPKを発見しにくいということもある。
さて、ここでワースがドロップしたアイテムは装備品である『幸運のスカーフ』だけだった。他のアイテムやお金は全くドロップしなかった。
「おいおい、これだけかよ」
「金を全くドロップしないのかよ、あいつは全く金を持っていなかったのか?」
「つーか、この趣味の悪そうなスカーフは何なんだよ」
リーダー格の男が『幸運のスカーフ』の情報を見た。
「はぁああああ?」
リーダー格の男の叫びに周りの男達は訝しげにその男を見た。
「何かあったんすか?」
「LUCが1.5倍……」
周りの男のセリフが耳が届いていないようなリーダー格の男は呆然としたままだった。
*2014.9.24に、一部分致命的な矛盾点が見つかったため該当箇所修正しました。




