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第三章の六 占い・二

みなさまのうちどなたかが、お父さまのあとを継がれるかですが、この卦は私には読み切れません」


「よい」

 伯久が言う。

「述べよ」


 有無を言わさぬ威圧感で(もっ)て言われ、辺りが一瞬静まり返る。

 決して大きな声ではなかったが、春の土埃の道に、水が打たれたように空気が変わった。


 仲玄が言う。

「おお、こわいこわいだねぇ。偉そうだ! 僕は(にー)()のそういうところはよくないと思うんだよ」

 叔翊も身体を震わせる。

「あーほんとおっかねぇなー! (だー)()よくないぜ! ほら、道士もぶるっちまってる」

 二人の明るい()()に、場が(なご)む。

 伯久は(おど)けたように言う。

「私はそんな(こわ)(もて)だろうかな? すまなかった。で、なんだ、道士。私の妻になる者の顔でも見えたか? その顔があまりにまぶしかったのか? それともその逆か? 私は気立てがよければ、ふくよかでもあばたでもよろしいぞ?」

 客たちに小さな笑いの波が広がる。空気が軽くなったのを感じて冥華は言う。

「……では申し上げます……卦には……」

 確かにそうと告げている、紙の上に墨で書かれて現れた卦を見つめて冥華は言う。

「みなさま全てがあとを継ぐと出ております」

 客たちが目を丸くする。

「ど、どういうことだい道士の(しゃお)(ちぇ)

 客の一人が言い、他の客たちも、そうだおかしいぞ、どういうことだとざわざわし始めた。

 叔翊が言う。

「そんなん不効率だろ? 大哥があとを継いで、俺と(ちゃお)()が別のことしたほうがどう考えたっていいじゃねぇか」

 仲玄も言う。

「僕もそう思うねぇ。だいたい、僕は跡継ぎなんて真っ平さ。繊細なんだ。重圧と忙しさで髪が抜けたらどうするの。()(たん)の季節に(たー)(ふぉん)の街に行けなくなったらどうしてくれる」

 伯久は笑う。

「私も真っ平だ。二人とも知っているだろう、私の望みを」

「哥哥」

「大哥」

 二人の責めるような声音にも伯久は春の日差しのように微笑む。


「そう、ちょっとした小料理屋を開きたいのだ。もちろん店主は私、私はこう見えて料理が好きでな。だがこのあたりの料理は大皿で出るだろう、あれが不満でなあ。もっとすこしずつ小皿で出てきたらいいと思うのだ。あっそうだ、どうだろう私のこの望みはかなうかなあ」


 弟二人は、苦い顔で兄を見つめている。

 冥華は卦を観て、筆の尻で頭を搔いた。


「えっと、どうですかね。だいぶ難しそうです」


 弟二人はにっこりと笑い、伯久は手で顔を(おお)って(なげ)いた。

「なんてことだ……!」

「あっでも、絶対無理ってこともなくて、ええと、あの、その、なんていうか、本業の(かたわ)らちょっと、とかならあるいは」


 弟二人が冥華に顔を近づけてひそひそと言う。

「余計なこと言わないでくれるかい」

「このまま絶望させてやってくれ。頼む」


「はっはは、二人とも。余計なことはなさるまいぞ?」

 自信に()()ちた声で伯久は言う。


「うん、よし。そう、いつか小さな店を持ち、私が客に料理を振る舞う。そういう未来があるのなら日々のあれこれもなんとかなろう」

「……そしてその修練のための、微妙においしくない料理を僕たちは食わされつづけるわけか……」

「……ううっやだなあ……やだなあ……あの微妙においしくない料理つらいなあ……」


 伯久には弟二人の嘆きなど聞こえないらしく、上機嫌で微笑んでいた。


 冥華は恐る恐る言う。

「当たるも八卦、当たらぬも八卦でございますので、私には何とも」


 客たちをかき分けて、背の低い者が来た。ひょこりと顔を出すと明導だった。

「迎えが来てるよ。時間だって」

「ありがとう」


 言うと冥華は三人に向かって言った。

「今宵は顔見せ、お代は結構です。またいらしてください」


 周りの客たちが言う。

「道士小姐、しばらくここにいるのか」

 冥華は、紙で硯と筆を(ぬぐ)って筆入れにしまい、帯に下げて紙挟みを丸めながら受け答えをする。

「はい」

 冥華は文鎮代わりの小銭入れを貸してくれた男に財布を返して礼を言う。


「ありがとう。たすかりました」

「なんの。いいってことよ」


 他の客が言う。

「明日も来るならまじないを頼みたいんだ」

「呪いの(たぐい)は引き受けませんよ」

「なんだい、できねえのかい」

「間借りの道士がすることではないので、家持ち土地付きの道士に頼んでください。それ以外は占い、まじないなんでもやります。値段次第ですよ。では(ざい)(つぇん)!」

 冥華は明導のあとをついて、伯久ら三人を残して人だかりを抜け、店の外に出る。




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