第三章の四 酒場
灯りがつけられている廊下を歩いて階段を下りると、熱と声が押し寄せてくる。
笑い声、話し声、からかう声、議論の調子の声。酒と食べ物と、人間の匂いと熱さ。
この一階は、酒と食事を出す店で、舞台がついている。男の琵琶弾き三人と女の歌唄いが三人いて流行の曲を客たちに聴かせている。
昼に掃除をしていた店員たちが、熱い料理や酒の入った土瓶、空いた皿や煙草の灰壺を運びながら椅子と椅子の間をすり抜ける。
客たちは酔いに赤らんだ顔と、長旅の埃を撒き散らしながら、甘辛く煮た肉を食い、油で炒めた干した海鮮や動物の内臓、刻んだ青菜を胡麻の油と香り高い粉で味付けしたもの、とろみのついた、山海の乾物が煮込まれた白いスープを食べ、様々な味わいの酒を楽しんでいた。
料理と酒、煙草の匂いと客たちの体臭が交ざり、空気はふしぎに濃くなって揺れている。
冥華は空いている卓に着くと、紙挟みと硯、筆を帯から外して置く。店の者に声をかけて水と皿をもらい、背筋を正して硯に向かうと、硯の陸に水を落として、静かに墨を擦り始めた。
賑やかな店の中で冥華のまわりだけが冷たく静かだ。
周りの客たちがその異質さに気がついて、注目し始める。男が三人、卓を取り囲んでニヤニヤと言う。
「なんだお嬢ちゃん。こんなところで手習いかい」
「ばあやはどこだ? ばあやは」
「もう夜だぜ? そんなもんより役に立つことがあるだろ? その野暮ったい袍を脱げよ?」
「裸を見せろよ。そんぐらいしか役に立たねぇだろう?」
「なんだこいつ、右と左で目の色が違うぞ」
「高く売れるかな?」
「いやいやどうだ、こんな小娘じゃな」
ぎゃははと笑い声が立つが冥華は耳を貸さず、静かに墨を磨り終える。
冥華は紙挟みを置くと、下敷きの毛氈を敷き、紙を一枚抜いて毛氈の上に置いた。
呟く。
「おっと、文鎮がないわ」
「これを使いな!」
と太った男が、たっぷりと銭の入った財布を置いた。おおっと声が上がる。
「ありがとう。お借りするわ」
冥華は笑って言い、筆に墨をつけて紙にさらさらと文字を書いた。大きな文字一文字と、それを囲むように小さな字を淀みなく書き連ねる。文字でできた円陣のような文様が、やがて紙の上に現れた。
充分に注目を集めた頃合いに、筆を置き、冥華はよく通る声で言った。




