第三章の三 鬼
耳の近くで、ひやりと風が吹いた。
冥華は目を擦って起き上がって言った。
「ありがと、鬼」
部屋の中は暗い。日が落ちきっているのだ。
あらかじめわかるように置いていた火口箱を取り、蝋燭に火をつける。
皿の上に立てられた蝋燭の炎が揺らいで、室内を照らす。
冥華はあくびをしながら窓を開ける。
昼間はすすけていた提灯には、全て火が入れられ明るく灯っていた。
到着して一息ついた旅人が、夜の大路に繰り出していた。砂漠を越えて来たらしい西の人間たちは、髪が赤かったり茶色だったりで一目で分かるし、髪が黒い人間たちの衣服や肌の色も様々だ。酒気を帯びた笑い声がどこからでも響いていて、見たこともない楽器で音楽を奏でている芸人が、街角で人を集めている。酔っ払いが踊りだし、はじめて会う人間に手を差し出して一緒に踊り始める。旅の老人が鈴を出して拍に合わせて鳴らし、手拍子と笑い声が起こる。 そのあたりは行き来が滞り、その様子を見て抜け目ない物売りがそっと店を開いてたちまち繁盛する。
冥華はしばらく街の様子を眺めていたが窓を閉め、部屋の中に目を転じる。
冥華の至近距離、紙一枚と離れていない距離に、男女が一人ずつ立っていた。
女は血まみれで眼球と歯と鼻がない。
男は頭が半分砕けていて脳が柔らかく崩れて肩に落ちかかっていた。
冥華は眼球はないものの、二人の眼窩に、それぞれ視線を向けて一言ずつ言う。
「近すぎるから離れて。でないと通り抜けるわよ。私はかまわないけど、そっちはどうかしらね。布団新しいのにしたから使わないでね」
柳絮が風に飛ばされるようにふわりと鬼たちは下がった。
冥華は引き出しにあった、筆と硯と短くなった墨、それに紙挟みを取り出す。横にあった筆入れに一式まとめて入れてから、帯に挟む。
「ねぇあなたたち。少し力を分けるから、そんな形でいないでさ。二人とも、一番好きな時の自分の形でいなさいな。できるわよ、やってみて」
冥華は蝋燭の火を消して、外に出た。




