第三章の二 薫玲、酒を飲む。
「見つけましたわ」
「見、見つかっちゃっ……」
店の男が来て薫玲に言う。
「嬢ちゃん、座るんならなんか食うか飲むかだ」
薫玲は男に小銭を渡す。
「青菜の饅頭。酒をつけて。つりは取っといて」
男は小銭を受け取って、あっという間に饅頭と、土瓶に入った酒を出した。
冥華は言う。
「おっ、おいしいわよこれ」
「もう私、腹立っちゃって食べるどころじゃないんですけど」
「じゃ私食べ」
冥華を睨みつけたまま薫玲は饅頭にかぶりつく。熱くて口を閉じられず、飲み込むと顔を歪ませて言った。
「おいしい」
「でしょ。お茶どうぞ」
「じゃないですよ! なんなんですかあなた!」
明導が言う。
「俺ここいていいの。いないほうがよくない?」
冥華が言う。
「いいよいて」
薫玲は気にせずに続けた。
「戻りますよ!」
「いいじゃない遊んだって」
「いいわけないでしょ」
「ねぇ、萌宮の女官って、こんなに気軽に街に降りるの? なあにその服。私のこと言えないじゃない」
「この辺りは治安がいいので、まあ、下町ですけどギリギリ遊びには来ますよ」
「頭の布何よ」
「女官結いをほどくわけにはいきませんでしょ。すぐに結えるものではないので」
「目立つものねー。まあお疲れ様」
「お酒でも飲まなきゃやってられませんわ。とんでもない姫が来たものです」
薫玲は酒を飲む。冥華は言う。
「おいしい?」
「飲みます?」
「私はいい」
薫玲は長く長く息を吐いて、口の中でぶつぶつ言うと、身体の力を抜いて、椅子の背にくたりと身をもたせかけた。それから店の男に言う。
「お酒おかわり」
薫玲は男に小銭を渡した。またあっという間に卓に酒が置かれた。
冥華は薫玲に言う。投げやりな様子に不安になったのだ。
「あっ、あの、私がいなくて面倒だったら、文箱に赤いちいさい札入ってるから、それ、猫にくっつけたら私に化けるから」
「なんですって?」
「私は道士なので、そういうこともできるの」
薫玲は酒を碗に注ぎ、くいと飲んだ。
「わかりました。で、今夜はどうするんです?」
「アレまでには戻るわ」
「分かりました。アレの時はいてくださいよ」
言うと薫玲は、食べるだけ食べて、何かブツクサ言いながら歩いて去った。酒に酔った様子は全くなかった。
冥華は食事を終えて明導と別れた。
蛾楼門に戻る。老婆に裾を引かれた。
小さな袋を渡された。中にはわずかな金が入っていた。釣り銭なのだろう。
冥華は袋を老婆に返した。
老婆は袋を懐に入れた。
部屋に戻ったら、血の染みこんだ板は張り替えられ、布団は新しくなっていた。
部屋はすっかり掃除されて、枠には薄布の貼られた窓がとりつけられていた。木の扉の蝶番もなめらかで静かに動く。
腐肉と錆のような匂いは染みこんでとれてはいなかったが、ずいぶんすっきりした。
まだ明るいが日が傾いて少し寒い。冥華は寝台に寝転がった。真新しい布団で気持ちが良かった。
「鬼。日が沈んだら起こして」
そう言い、冥華は目を閉じてあっという間に寝入った。




