第三章の一 明(みん)導(たお)
冥華は部屋を出て、来た廊下を戻る。青い扉の前を過ぎ、階段を下りると、掃除をしていた女が言う。
「こっちから出ないでよ。ここまっすぐ行ったら右に曲がったとこに、赤い扉があるからそこから出ておくれ」
「ありがとう。掃除中にごめんなさい」
言ったら女がにこっと笑った。
「いいや」
冥華も微笑んだ。
教えてもらったとおり外に出る。
外にいた老婆に、
「金の紙縒りの部屋を、掃除して、新しい布団と新しい床板をしいて貰って下さい」
と冥華は言って、金を渡した。
「食事をしてきます。その間にできますか」
老婆は返事の代わりに、自分の懐に金を入れた。
大路に戻ると、珍しい装束の冥華に子供たちが寄ってきた。
「お金あげないよ。でも、おいしいお店教えてよ」
そう言うと子供たちはつまらなそうな顔をして去っていき、一人の男の子が残った。
「饅頭のおいしいとこ知ってる」
男の子は目を輝かせて言い、冥華の前に立って歩きだした。身体も衣服も汚れていて、痩せていたが動作はしっかりしていた。
冥華はついていくと、店先に蒸籠を山のように積んだ、間口の小さな店に着いた。
道に椅子と卓が出され、早めに仕事を終えた男たちが、饅頭を食べ歓談しながら酒や茶を飲んでいた。
「ここの、肉饅頭がおいしいんだ」
「甘いのもあるじゃない。そっちはどうなの」
貼られている、板に書かれた品書きを読んで冥華が言うと、男の子が驚く。
「そうなんだ? 俺、字が読めないから」
「肉饅頭は食べたことあるの」
「うん、ここのお客さんが食い切れないって言って、くれた」
「そう。胡麻餡のと肉のと、お茶ください」
竈の前、もうもうと湯気を立てる蒸籠の前で立ち働いている女性にそう言うと、冥華は道に出されている椅子に座った。男の子に椅子を勧める。
「えっ」
当惑している男の子に、茶を持ってきた店の男が言う。
「小僧邪魔だから座れよ」
「あっ、はい」
茶碗は二つ置かれた。
冥華は皿に盛られた饅頭をそれぞれ二つに割り、半分を男の子に差し出した。
「食べな」
「ありがとう!」
男の子は目を輝かせて饅頭にかぶりつく。冥華は右手で饅頭を食べ、左手で茶を注いで飲んだ。
「ん、おいしいわ。蓮と筍と茸。羊ね」
「こっちのおいしい。甘い、甘い」
「名前は」
「傍道」
「明導にしなよ。明るい、みちびく」
「そうする」
明導が頷く。
空いていた椅子に突然だれかが勢いよく座った。
冥華が驚いて見ると、平民の服を着て頭から布を被り、目を見開いて笑顔を作っている薫鈴だった。




