序章・一 支度
序章・一 支度
鵬国、冬宮。
宮廷の後宮から下がった妃たちが暮らす宮である。
宮廷のある都から、馬車で七日ほどかかる距離の、気候の穏やかな街に作られた、その宮の一室に、帝の妃たちが様々な着物や装身具を広げていた。
妃たちに囲まれた少女は、申し訳なさそうに口を開く。
「あの、みなさま、私、そんなにたくさんは持っていけませんし、そもそも、瑙正一品さまとお話しして、道士として萌宮に上がるってことで黒ずくめの支度をしたんですし」
けれども寵姫たちは、手に手に衿飾りや被帛、裙や綬を持って、少女に言う。少女は美しく着飾った妃たちよりも全く質素ななりをしていたが、豊かな黒髪は艶やかで肩は細く、それなりに整った顔つきをしていた。年の頃は十五になったくらいだろう。
変わっているのは目で、右が黒色、左が青色だった。
だが妃たちの中に、目の色を気にしている様子のものは一人もいなかった。
「だからって、冥、あなたこの行李の中身はないわよ。いくら道士だからって黒ずくめだなんて。これを詰めなさい。真珠揃いの十点をあげるわ。これは南洋の大きな粒なの。ぜったい似合うから。ね。そうだ、それでも黒ずくめがいいなら黒真珠はどう?」
「錦の刺繡の衿の一点もないってどういうことなの? ねぇ冥、花鳥の刺繡をしたものを持っていって。これを一緒に作って楽しかったわねぇ。覚えてる?」
「冥、冥、ほら、金襴の沓よ。裏に冬宮のね、ここのね、住所とね私の名前を織り入れたから、なにかあったらこれを大人に見せなさい。売ってしまってもいいから何かあったらここに戻ってきて。この私があなたを迎えてあげるから」
「ねぇ今萌宮どうなってるか誰か知らないの。毒殺とか刺殺とか続発してたりしないの」
「ねぇ冥、行かないで」
「ねぇ冥、一緒にいましょう」
不躾に扉が開いて、年の頃は十歳くらいの、左側半分だけ伸ばした髪を結っている少年が入ってきた。その両眼は、冥の左目と同じ青色だった。
「ごめんよ。あのさあ」
冥は中指と薬指の二本を立てて爪を唇の前で滑らせるようにしながら少年にその指先を向けた。
「疾ッ!」
呪文と共に少年は、長い毛の黒い猫に変化する。
「黒潭、ここ衣装合わせの部屋なんだから来たらダメでしょ」
猫はニャーと鳴くと不満そうにしっぽを振り、近くにあった珊瑚の簪をくわえると早足で外に出た。
「これっ黒潭ッ!」
妃の一人が言って立とうとするが、それよりも早く冥が立って猫を追いながら言った。
「私が。おまかせください」
本書は、集英社Webコバルトに掲載された同タイトル作品の、著者本人による改訂版です。
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