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22「どうやら魔王に語らなければならないようだ」


 不思議な光景を見た。


見たと言っても、俺自身で見ている光景ではなく……そう、まるで誰かが見ている光景を同調して見ているようだ。


『―――は?―こ―は――なの?』


一面が石の壁で出来ている部屋。

部屋の床の中心には魔法陣のようなものが描かれている。


声が聞こえる。

おそらくは今俺が同調している身体の主の声だろう。その声から判断して、この声は女性のものだ。それも若い。


だが姿は分からない。

声すらもあまり聞き取れないが、その声はどこかで聞いた事がある気がした。


『成―だ。――の紹―――功し―』


靄がかかった人影の前に、真っ黒なローブに、頭まですっぽりとフードを被っている。

フードの隙間から見える、透き通った白い肌に、不気味に歪められた唇。

その姿はまるで、絵本に出てくる魔女のよう。


『――なた―ダ―?』


『私―名はマ――ン。あなた―選――た。そ―、あなたこそ―』


なんだ、何を言っているんだ。

此処は何処で、お前は誰なんだ。

聞こえない。

聞き取れない。

もっとハッキリと言ってくれ。


俺の願いが届いたのか、次の言葉だけは何故かハッキリと聞こえた。


『――貴方こそ、貴方こそが選ばれし勇者なのです』


「――――――っ!?」


「んにゃっ!?」


飛び起きる。

荒れた呼吸ながら、俺は周りを確認するが、そこは間違いなく俺の部屋。

石の壁は勿論、床に魔法陣なんてものはない。


「ゆ、夢……か?」


夢にしては今のはあまりにもリアルだった。

夢というよりも、今のはまるで誰かの記憶のよう―


「……馬鹿馬鹿しい」


そんなことはありえない。やはり今のは俺が見たただの厨二全開の痛々しい夢だったんだ。


「い、痛い……」


こんな夢を見ちまったのも、また勝手に人のベッドに潜り込んだりする妹のせいだ。

コイツが毎日毎日妄言を吐くから奇妙な夢を見てしまうんだ。


罰代わりに一発頭を叩いてやろうと俺は妹に手を伸ばし―


『貴方こそ、貴方こそが選ばれし―』


「……勇者」


「へっ?お兄ちゃん今なんて・・にゃあ――――――――!?」


馬鹿な考えを振り払い、必殺のデコ☆PINを妹に穿つ勢いで放つ。

あまりのダメージに額を抑えて床にのたうち回る。


そんな妹を無視して俺は身体の調子を確かめる。

熱も下がったようで、1日寝ていたおかけで普段よりも調子がいいぐらいだ。


……まあ、昨日はちょっとしたハプニングがあったが、思い出したくない。

くわばら、くわばら。


「ほら、遅刻すんぞ」


「愛が痛いよ、お兄ちゃん……」


「行って来ます」


「マイブラザー!?」


手早く着替えを済ませた俺はバッグを手にし、部屋から出る。


清々しいはずの朝が変な夢のせいで台無しだ。

一瞬でもこう思ってしまった自分が恥ずかしい。



――妹の話は本当なのかもしれないなんて。




◆◆◆



月日が止まるなんてことはなく、2ヶ月前までは綺麗に咲いていた桜は枯れ、桜色だった木々は若葉の緑で彩られている。

つい先日お天気アナのお姉さんが梅雨入りを宣言した通り、どことなくジメジメとした暑さな気がする。

どうせ暑いならもっと夏らしい暑さにしてほしい。

こうジメジメとした暑さはどうも好きになれない。


唯一メリットがあるとしたら、衣替えでブレザーやカーディガンを着ていた女子がそれを脱いだことだ。

女子達がワイシャツ一枚になったおかげで男子達は狂喜乱舞。

目の保養を得た。


まあ、一部の女子は男子の邪な考えを察したか薄手のカーディガンを着てガードしているが。

実にサービス精神がない連中だ。


ちなみに今、俺の目の前にいる魔王(笑)さんと八神はカーディガン着用派。

しかし夏はまだ始まったばかり。

いったいいつまでこの猛暑に耐えられるか楽しみだ。


「……今何かイヤらしい事考えてなかった?」


「そ、そそそんなことはないでござるよ!?」


季節は変わっても、学校は1日休んだぐらいで何かが変わるわけでもなく、俺はいつも通りの学校生活を過ごしていた。

クラスメイト達は「馬鹿でも風邪引くんだな」とか「鬼の霍乱か」「馬鹿しか引かない風邪ですね、わかります」と言ってきた。

ちなみに最後のは三沢。


大人な俺はいちいちつっかかる事無く授業中黙って消しゴム弾を一発ずつ放っておいた。

三沢には避けられたが。


そんないつも通りの日常の中、俺はいつも通りのメンバーでいつも通り屋上で昼飯を食べていた。

もう本来なら屋上は立ち入り禁止という罪悪感はなくなった。

あの八神ですらもう平然と屋上にいる。

慣れって怖いね。


各々自分の持ってきた昼飯を食べ進める中、俺はふと朝の夢の事を思い出した。


「なあ、魔王(笑)さん」


「今まで夏樹が私をどう思っていたか激しく理解したわ……!」


「さ、紗那さん、フォークはダメですよ!」


出だしから失敗した。


だが、この呼び方が一番しっくりくるため改めるつもりはないが。


一瞬目がマジになった魔王(笑)さんは標的から俺からプチトマトに変更し、突き刺す。

トマトから噴き出る赤い果汁。

八神が止めてくれなかったら俺がああなったかもしれない。

そう思うと背中に嫌な汗が流れる。


「……で、何よ」


私、不機嫌ですオーラを解放した魔王(笑)さんのプレッシャーから耐えつつ、俺は気になっていた事を訊く。


「い、いや。ただ魔王(笑)さ……じゃ、じゃなくて二階堂が魔王だった世界はどんな世界だったのかなーって思ってさ」


「……紗那でいいのに」


「えっ?」


「何でもないわ」


また過ちを犯してしまいそうになったが、魔王(笑)さんがキッと睨んできたため慌てて修正した。

だというのに魔王(笑)さんの不機嫌オーラが更に増大した。なんでや。


「でも珍しいわね。夏樹があの世界の事を訊きたがるなんて。前は私が話そうとしても聞く耳持たなかったのに」


「んー、まあ、なんとなく気になったって事で」


「何よそれ」


俺の要領を得ない返事に呆れる魔王(笑)さん。

すると不機嫌オーラが多少和らいだ。

よくわからんがラッキー。


「それは俺も気になるな」


今まで黙々と食事を続けていた三沢が急に話に加わった。

三沢は魔王(笑)さんの言う与太話に近い話は大好きだしな。


「あ、あの……私はその話はあまり聞いた事がないんですけど、確か紗那さんが魔王って設定の話でしたよね?」


「設定じゃないわよ!」


「ひゃうっ!?」


俺と同様NGワードを言ってしまった八神が魔王(笑)さんに睨まれる。

畏縮してガクブルになっている八神の姿は、まさに蛇に睨まれた蛙の構図だ。


「もういいわよ。どうせ皆信じてはいないんでしょ」


「「「…………」」」


「よし、一人ずつ屋上から落とすわ」


「じょ、冗談だよ冗談!」


イジめ過ぎたせいで魔王(笑)さんがガチ魔王化し始めたので、話を脱線させるのはもう止めとく。

気を取り直して本題に戻る。


「どんな世界って言われても説明するのは難しいのよ」


「時間の流れが違うってのは前聞いた気がするけど」


「ええ、そうね。私はこちらでは2週間ぐらいしか経ってない間に向こうで5年近く過ごしたわ」


それだと魔王(笑)さんもう成人してねとツッコもうとしたが、これ以上藪をつついたら本格的に身の危険に関わるので止めておく。


「でも、そうね。一言で言うなら夢のような世界だったわ」


「夢のような?」


「そう、まるで誰かがこうあって欲しいと願ったような世界。ファンタジーな生き物もいたし、童話と似たような所もあったわ」


話を聞いて訳が分からなくなった上、余計胡散臭くなった。

よくあるRPGの世界みたいなものなのだろうか。


「で、でも、そんな夢のような世界で紗那さんは魔王だったんですよね」


……確かに。

聞いた感じはほのぼのとした感じなのに、そんな世界で魔王してた魔王(笑)さんっていったい……。

むしろ、そんな世界だからこそ魔王(笑)さんが魔王として君臨できたのかもしれない。


「私だってなりたくってなったわけじゃないわよ。目を覚ましたらいきなり貴女が魔王です、なんて言われたんだから」


俺は魔王(笑)さんが言う状況と似た夢の事を思い浮かべる。

すると自然に俺の口から言葉が出ていた。


「……それって床に魔法陣が描かれてたり、一面が石の壁だったりする部屋でか?」


「えっ?確かにそんな感じだったけど……って、どうして夏樹が知ってるのよ?」


知るはずのない事を俺が言い当ててしまったため、魔王(笑)さんは驚いた表情を見せる。

別に話してもいいかと思ったが、あくまで偶然だろうし俺の頭を心配されるようになられても困るので適当に濁しておく。


「い、いや。RPGでよくありそうな展開じゃん、そーゆーの」


「よくありそうな展開ねえ……」


疑いの眼差しを向けてくる魔王(笑)さん。

目を合わせていてはボロが出てしまいそうなので、俺は目をそらして話を切り上げる。


「ほら、こんな与太話はもうやめにしようぜ」


「一ノ瀬が聞きだしたんだろうが」


「飽きた」


「あ、貴方ねえ……!」


今日の魔王(笑)さんは頭に血が上りすぎな気がする。

全部俺のせいだけど。


「ふむ。ならば作戦会議といこうか」


「作戦会議?何のだよ」


「無論、あと数日にまで迫った体育祭についてだ!」


鏡を見なくともわかる。

間違いなく今の俺は露骨に嫌そうな顔をしているだろう。

他の二人を見てみると、魔王(笑)さんは額に手を当てて溜め息を吐き、八神は苦笑いを浮かべている。


というか、先日ようやく親睦会を乗り切ったと思ったらこれか。

イベントが多いのが学園の魅力の一つだが、三沢と関わってしまうとイベントの数だけ面倒が待ち構えている。


「今回は大人しくしたらどうだ?前回あんだけ暴れたんだからさ」


「何を言うか!それでは俺の行動を楽しみにしている者達に失礼ではないか!」


……そんな奴らいるのか。

確認のため、魔王(笑)さんに目で訴えると、魔王(笑)さんは更に深い溜め息を吐いて答えた。


「ええ……残念ながら三沢の行動を楽しみにしている生徒は少なくはないわ。ここの生徒は良い意味でも悪い意味でも盛り上がるのが大好きのようだから」


それには同意だ。

かくいう俺もそのうちに一人だし。


ただ、こう何度も問題を起こしたら学校側も黙っていないと思うんだが。

というか、今まで退学にならなかった事が奇跡だろ。


「それに体育祭は俺達の学園生活の始まりになったイベントだからな。それを何もしないわけにはいかないだろう一ノ瀬?」


ふふん、と鼻をならして笑みを浮かべる三沢。

その笑みは初めて会った頃から変わらない。


「始まりって、どういうことよ?」


意味深な三沢の言葉に興味を示す魔王(笑)さん。

八神も気になるようで、少し身を乗り出している。


そうか、2人には話した事なかったか。


「なに。あの出来事がなければ今の俺達の学園生活はなかったし、今こうして一緒にいることもなかったということだ」


「めっちゃ不本意だけどな」


「照れるな」


「照れてねえよ!?」


――そう、あれは今と同じ梅雨の時期。

思い出すのは4年前の、俺が青南学園に入学した最初の年。


そして、この悪友と学園生活を共に過ごすきっかけになった出来事―――――



次回、過去編です。

人気投票での1位だけの特別ストーリーが意味をなくしてる気もしなくはないですが、まあいいでしょう(オイ

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