16「どうやら魔王の手下が大活躍のようだ」
我こそはと体育館を駆け出す生徒達に取り残される中、俺は再び視線をヒントが書かれたカードにやる。
そこには『彼女は3番目であり、愛を司る者。12の星を散りばめた冠を被り、ゆったりとした衣服を身に纏う。手にはセプターを、椅子の下には金星のシンボルを付けた盾を置く。小川の水が緑豊かな木々の合間から流れていく。彼女は実る穀物に囲まれている』と。
……何度読み直しても、この文章が何を示しているのか理解出来ない。
彼女は3番目ってのは、出席番号が3番の女子生徒の事か?
でも、それだと愛を司る者ってのが意味が分からない。
緑豊かや穀物ってとこから学園にある庭園かとも思ったが、そうなると前半の文章が意味をなさなくなるしな……。
ていうか、セプターって何だよ?中央?
俺がカードを見つめて悩んでいると、少し後ろから八神が心配そうに俺の様子を窺ってる事に気付いた。
「どうしたんだよ。あっ、八神もカードの意味が分からないとか?」
「い、いえ。私は参加するつもりはないので……」
「って事は不参加?勿体ない。三沢の思惑に乗るのは癪だけど、一攫千金を手にするチャンスだぞ?」
今回のイベントはどっちかっていうと頭脳戦だしな。運動が苦手な八神でも、持ち前の知識を生かせば1番を狙えなくもないと思っていたのに。
「そ、そうではなくて……」
「ん?」
「わ、わた、私は一ノ瀬君を手伝おうって」
……What?
手伝う?八神が?俺を?
八神のあまりの予想外の発言に、俺はつい呆気に取られてしまう。
「わ、私も、私の知り合いの人達にも本当の意味であの薬が必要な人はいませんから。だ、だったら、自分の宝物がピンチの一ノ瀬君を手伝いって……あ、あの、迷惑でしたか?」
おどおどしながら上目遣いで俺を見つめる八神。
……そうか。俺の理想郷はこんなにも近くにあったのか。
盲点だった。
最近、馬鹿な妹や思わず失笑してしまう魔王や三沢とかミサワとかMI☆SA☆WAとかのせいで癒しがなかったからな。
こんな大切な事を忘れてしまっていた。
俺は感激のあまり八神に抱きつく。
「ひゃわ!?」
抱き締めて初めて分かる。
柔らかで華奢な八神の身体。俺の鼻腔を刺激する、ふんわりとした優しいにおい。そして何よりも上半身に当たる2つの未知の弾力が俺のある部分をすくすくと急成長させようとする。
だが、それよりも俺は八神の優しさに感動した!
「もう八神でゴールインしていいや……。俺と結婚しよ」
「ふえっ!?け、けけけけけけ結婚!?け、け結婚って、あの、その!?」
俺の腕の中で八神の身体が熱くなるのが分かる。
そんな八神が急に愛おしく思えてきた。
次の瞬間、俺が八神との未来予想図を描いていたら、マイクが信じられない速度で俺の頬の真横を過ぎ去っていった。
敏捷値を測定していたら間違いなく槍兵も仰天のAを超えていただろう。
冷や汗が止まらない。
こんな芸当が出来る人間は限られている。
俺が知っている中でも4人……あれ、結構いるな。
「あ、ああああなた!レナから離れなさい!そ、それに結婚って何言ってるのよ!?」
仲良くし過ぎて八神のテンパり癖がうつったか。
案の定マイクを投擲したのは魔王(笑)さんだった。
ちなみに他の3人は妹に三沢、それにおふくろだったりする。
「うっさい!誰のせいで俺の心が荒んだと思ってるんだ!参加しないなら大人しく魔界(笑)に帰って1人で世界征服でもしてろ!」
「……向こうで別に世界征服しようとしたわけじゃないし、別に好きで1人でいたわけじゃないわよ。それに配下ならたくさんいたし、寂しくなんて全然なかったし……
」
日頃の溜まった鬱憤を爆発させてぶつけると、思った以上に魔王(笑)さんに効果があったようだ。
魔王(笑)さんは涙目で壇上で体育座りをしながら何かブツブツと言っている。
どんだけメンタルの弱い魔王なんだよ。
『……いつまでもイチャつくのは構わんが、制限時間があるのを忘れるなよ』
「おっと、そうだった」
三沢に言われて俺は名残惜しいが八神を解放する。
ようやく解放された八神は茹蛸のように真っ赤だ。
「ていうか意味わかんねーよ、このヒント。全然ヒントになってねーし」
『ふむ。やはり頭が残念で馬鹿な脳筋な一ノ瀬には難し過ぎたか』
「一言どころか三言ぐらい余計なんだけど!?」
『一ノ瀬にはペナルティがあるしな……仕方あるまい。特別に俺からのヒントだ』
はん。何を言うかと思えばそんな事か。
「舐めるなよ三沢。俺は世界の頂点に立つために幼少の頃より帝王学を学びし選ばれた男。そんな俺に情けなぞ―」
『いらんのか?』
「是非ともこの憐れな私めに情けを!」
壇上から上から目線で楽しそうにする三沢。
地面にひれ伏して土下座する俺。
一瞬だった。
一瞬で互いの上下関係が分かる光景だった。
「一ノ瀬君にプライドはないんですか……」
「誇りがあっても何も守れない……。本当に大切なモノを守るために必要なのは、誇りすらも投げ捨てる覚悟なんだ」
「それが土下座して言うセリフですか」
冷たい。冷た過ぎる。
スラスラつっかえずに喋る八神って何か怖い。
『そこまでされたからにはヒントを授けんわけにはいかんなあ』
三沢からのヒントはどうせまた意味が分からないものだろうが、ないよりはマシだ。
俺は一字一句聞き逃さないように集中し、三沢がヒントを言うのを待つ。
『22の中での3番目だ』
「……は?」
予想よりも遥かに意味が分からないものだった。
変化球もいいとこだ。
22の中での3番目?
余計に意味が分からなくなった気がする。
「い、一ノ瀬君。私にもカードを見せてもらっていいですか?」
「ああ、はいこれ」
言われた通りに八神にカードを渡す。
あんなセクハラまがいな事をしたにも関わらず、八神は俺に協力してくれるようだ。
何、この子。
いい子過ぎるんですけど。
最早日本では絶滅危惧種に認定していいほど貴重ないい子だ。
もしかすれば、この子の前世は聖母マリアなのかもしれない。
つーか今現在進行形で聖母に見える。
特に母性を主張する双丘とか。
『ふふふ、どうするんだ一ノ瀬。そう悩んでいる間にも時間は刻一刻と迫っているぞ』
どうやら三沢には俺がヒントに悩んでいるように見えたようだ。
指摘する必要がないから、そういうことにしておく。
しかし、三沢の言う通り時間は刻一刻と迫ってきている。
このままでは何かは分からないが俺の宝物が爆破されてしまう。
そして何よりも、このまま三沢に勝ち誇った顔をされるのは我慢出来ん。
俺はない頭で必死に答えを導き出そうと―
「あ、あの。わ、私、分かりました」
「『…………えっ?』」
「こ、これってタロットカードですよね?」
ぽかんとした表情を浮かべる俺と三沢。
俺はともかく、三沢のこんな表情はレアだ。
自分でヒントを与えたとほいえ、まさかこんなにも早く答えを導き出すとは思ってもいなかったのだろう。
「タロットカード?」
「は、はい。占いに使われる物です。タロットカードには大アルカナっていうのがあって、その大アルカナの数が22なんです」
「いや、それだとカードに書かれた最初のヒントの意味はどうなるんだよ?」
その大アルカナってやつの数と三沢が言ったヒントの数は一緒だけど、それがその占いのカードと結びつくとは思えない。
「に、22の大アルカナにはそれぞれ名前と意味、それに順番があるんです。0が愚者。1が魔術士といったように。その中で3番目、そして愛を司る彼女にその他の文章の意味を考えれば思い浮かぶのは1つしかありません」
「『…………』」
俺も三沢も何も言えなかった。
八神がこんな喋る事にも驚きだし、こんな知識を持ってる事にも驚いた。
まさか天然テンパりキャラを卒業して、解説・予備知識などの頭脳担当のインテリキャラ的な立ち位置でも狙っているのか八神は。
『むぅ……』
三沢が面白くなさそうに八神を見る。
……まあ、頭脳担当のインテリキャラって、どことなく三沢と被ってるからな。
「そ、そのカードの絵には多少の違いはありますが、どれも12の星を散りばめた冠を被り、セプターや金星のシンボルが付けられた盾が描かれているんです」
「あのさ。気になったんだけど、セプターって何?」
「せ、セプターというのは英語で王笏の事です。君主が持つ象徴的かつ装飾的な杖で、レガリアの一種なんです」
「つまりはリリカルなステッキって事か」
「……全然違いますよ」
そんな難しい単語をたくさん並べられても理解出来るわけないだろ。
つーか、レガリアって何?
海な猿に出てくるあの巨大天然ガスプラント?
「で、結局カードが示すのは何なんだよ。勿体ぶらずに早く教えてくれ」
「は、はい。3番目のカードの名は『THE EMPRESS』。つ、つまりこのカードが示すのは―」
これが俺ならドヤ顔で言うんだが、当然の如く八神はしない。
八神は相変わらず何故か恥ずかしそうに、だが、はっきりとこう言った。
「『女帝』です」
未だスタートすらしない主人公達。
親睦会、終わるんだろうか……。




