EP.1 健一、卵焼きに挑戦する
登場人物紹介
真田健一:主人公。陰キャ男子。玲香とは義理の兄妹。玲香に告白されるも答えは保留中。だが、既に外堀は埋められている。料理経験は皆無。
神楽坂玲香:誕生日一日違いの義妹。戸籍上はまだ神楽坂玲香。色々あって、健一に告白した。料理経験は豊富。
とある休日の正午。
健一は、ピンクのエプロンを着て、キッチンの前に立っていた。
隣にはそのエプロンの本当の持ち主の玲香が、なんとも言えない表情でこちらを見ている。
玲香はいつものジャージにポニーテール姿だった。
健一は拳を握りしめ、力説した。
「大丈夫だって。僕だって卵焼きぐらい作れるところ見せるから」
「そのやる気は買うけれど……」
今日は、約束していた、卵焼きの作り方を教えてもらう日だった。
いずれは弁当を作る際に、冷凍食品だけでなく卵焼きもラインナップに加えるつもりだった。
「それで、お義兄ちゃんが作りたいのは、厚焼き卵で良いのよね?」
「そうだね。弁当のおかずっていうとそういうイメージあるし」
やはり、マンガやアニメ等で見るお弁当では定番と言っていいだろう。
おかず作りの第一歩としては、ちょうど良いと思っている。
そんな健一を見て、玲香は不安そうな表情をしていた。
「お義兄ちゃん……もしかして、厚焼き卵なんて簡単に作れると思っていない?」
「さすがに簡単だなんて思っていないけど、結局、卵を焼くだけなんだから、なんとかなるでしょ」
あまりに楽観的な健一に、玲香は不安げな表情をしていた。
「…………で、どうやって厚く焼くのかわかっている?」
「どうやるって……四角い卵焼き用のフライパンに、溶いた卵を少しずつ入れて、うまいこと焼くとできるんだよね。テレビで見たよ」
かつてテレビでなんとなく見た映像を思い返しながら、健一は説明した。
「……………………はぁ……」
玲香は呆れ顔を見せ、ため息をついた。
「どうしたの、玲香」
正直、まだ玲香を呼び捨てすることには慣れない。
だが、最近は「さん」付けで読んでも、口をきいてくれないので、そう呼ばざるを得ないのだ。
「そのうまいことの部分が一番大事なのだけれど……できるの?」
「……無理かな?」
そう言われると自信がなくなってきた。
「私が言えることは――今後も、一人で料理は絶対にしないこと」
「えー、なんでさ」
「そんな考えで料理したら絶対に危ないから、わかったわね、お義兄ちゃん」
「……わかったよ……」
強い口調の玲香に頷くしかない健一。
反論できるわけが無い。
その強い口調も、健一を心配しているが故なのだから。
そして、玲香の完全監視されながら、調理が始まる。
その際、健一が格好をつけて卵を片手で割ろうとして失敗をしたりはしたが、そこは玲香にフォローしてもらい、焼きの工程までたどり着くことが出来た。
「……なんか既に疲れたわね……」
「……本当に申し訳ないです……」
「まあいいわ。早速焼き始めましょうか」
玲香はガスコンロに卵焼き用のフライパン――卵焼き器を置き、今後の行程を説明した。
「お義兄ちゃんの言うとおり、卵液を少しずつ入れて焼いていくというのは間違ってはいないわ」
「そうなんだ」
「薄く焼いた卵を巻いて、そこにまた卵液を入れて焼けたら巻いて――を繰り返せばできるわ」
と、玲香はスマートフォンをこちらに向け、レシピ動画を見せてきた。
「なるほど……」
口で説明されただけではイメージがわかなかったが、動画で見てようやく理解できた。
「……結構難しいね……」
動画内では、箸だけで見事に卵を巻いていき、見事な厚焼き卵が出来ていた。
自分に出来る気がしなかった。
所詮卵焼きと楽観的に考えていたが、少し甘く見ていたかもしれない。
「別にその動画通りに箸でやろうとしなくてもいいわ。フライ返しとかを使えばそんなに難しくないから」
「……なるほど」
なるほど、確かに箸を使うよりは簡単そうだ。
「……じゃあ、やってみるよ」
「私は、できるだけ手を出さないようにするから、頑張って、お義兄ちゃん」
「わ、わかったよ、玲香」
健一は覚悟を決めると、ガスコンロに火をつけ、調理を開始した。
「うーん……とりえあえずはできたけど……」
ダイニングテーブルには、健一が作った厚焼き卵――らしきものが存在していた。
卵を巻く時に慌ててしまい、歪になったままさらに突き進んでしまい、この奇妙な卵焼きが出来てしまった。
その隣には、玲香がその後、見本として作った見事な形の厚焼き卵があるだけに、その差は歴然としていて、目も当てられないものだった。
「とりあえず、食べましょう」
これが今日の昼食だった。
昼食用に米は炊いていなかったので、パックご飯をレンジで温めていた。
パックご飯は、玲香がいつでもご飯が食べられるように、それなりの数常備しているのだ。
「そうだね……でも、本当にいいの? 僕が作った厚焼き卵を食べるのが玲香で」
健一が作った厚焼き卵らしきものは、隣に座っている玲香の前にあった。
そして、健一の前には玲香が作った厚焼き卵がある。
健一的には、自分で作った厚焼き卵を食べるつもりだったのだが、玲香が「私が食べるわ」と言ったのだ。
「もちろんよ。出来映えを確認しないといけないのだから」
「……玲香がいいならいいけど……」
「では、食べましょう。――いただきます」
「いただきます」
健一は、玲香が作った厚焼き卵を食べる。
塩味があってとても美味しかった。
甘い卵焼きも嫌いではないが、ご飯のおかずとしては、このぐらいがちょうど良かった。
だが、健一としては、玲香が食べようとしている厚焼き卵の方が気になった。
玲香が厚焼き卵を口に入れる。
「……どう……かな?」
「……別に。普通に美味しいわよ」
玲香は、ごく普通の表情だった。
お世辞を言っている訳ではなさそうで、安心する。
「そう……」
「心配する必要はないわよ。――少々、焼くのに失敗はしても、卵焼きは味付けさえ間違えなければ大丈夫だから」
「……確かに」
今回の卵焼きには、焼く前の卵液の方に、味付けを施しているが、その味付けについては玲香の言われるがままだった。
本当は自分なりの味付けをしたかったが、それを許してくれる空気ではなかったのだ。
故に、形が不格好であろうと、味そのものは問題ないというわけだ。
「それで……こんな厚焼き卵じゃ、お弁当に入れられないよね?」
「私は、これでも良いと思うけど、お義兄ちゃんは納得していないのよね?」
「そうだね。出来れば、見栄えも良くしたいかな。――だから、また教えてくれるかな? 手間を掛けてしまって悪いんだけど」
「別に問題ないわよ」
玲香はあっさりと答えた。」
「え、そう? 僕みたいなド素人相手だと大変じゃない?」
「そんなことないわ。だって……」
と、玲香は椅子を横にずらすと、健一に近づいた。
「え?」
困惑している健一に、
「こうしてお義兄ちゃんと二人っきりでいられるのだから、嫌なはずないでしょ」
と、玲香は耳元でそんなことを囁いた。
「……………………そ、そう……」
突然のことに、健一はそう返事をすることしか出来なかった。
あとがき
どうも、青雲空です。
不定期ですが短編形式で二人の日常を書いていこうかと思います。
本編の続きが出来るまでは、不定期更新予定です。
よろしくお願いします。




