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第四八話 二人きりの生活 六日目⑤

登場人物紹介

 真田さなだ健一けんいち:主人公。陰キャ男子。玲香とは義理の兄妹。予定外のことに弱い。

 神楽坂かぐらざか玲香れいか:誕生日一日違いの義妹。実際は真田玲香。黒姫様と密かに呼ばれている。今日、健一と出かけてひとつの答えを得る。


 帰宅し、今は玲香が夕食の支度をしている。

 健一はダイニングテーブルに座りながら食事が出来るのを待っていた。

 手伝いをしようと思ったのだが、玲香に拒否されたので座って待っているしかなかった。いつもは料理そのものは作らせてもらえないが、雑用はさせてくれたというのに。

 今日は特別・・なのだろうか。

 それに――

 玲香を見る。

 いつものピンクのエプロン姿で、髪型もポニーテールとなっていた。

 だが、エプロンの中に来ている服は、出かけた時に着ていた黒のワンピースだった。

 普段なら家に帰るなり、ジャージに着替えるのだが、今日は何故かそれをしなかった。髪型だけポニーテールにするとエプロンを着け、料理をし始めたのだ。

 玲香曰く、「着替えるのが面倒くさい」とのことだが――多少の違和感はある。

 だが、その違和感の正体がわかるわけもなく、ただ夕食が出来るのを待つことしか出来なかった。


 やがて夕食が出来た。

 完成した料理は皿に盛り付けられ、テーブルに置かれる。

 新宿からの帰り、最寄り駅のスーパーで一緒に買い出しをしたので献立はわかっている。

 ――確かに豪勢だ……

 メインは牛肉のステーキで和風のおろしソースが掛かっている。ステーキは――箸で食べるからだろう――食べやすい大きさで切ってあった。

 同じ皿には付け合わせとして、マッシュポテトにほうれん草とベーコンのバターソテーがのっていた。

「どうぞ」

 玲香がお盆にのせていた味噌汁とご飯が入った茶碗をそれぞれの席に置く。

 味噌汁は豆腐とわかめの味噌汁だった。

 ご飯は、健一は普通盛りで、玲香は当然のごとく大盛りだった。

 ――お昼にあれだけ食べたのに、大盛りで食べられるのか……

 さすがとしか言うしかなかった。


 玲香も席に着いた。

 エプロンは外し、黒のワンピース姿になっていた。

 ポニーテールだった髪は、下ろしてストレートになっていた。

「食べましょうか」

「そうだね。じゃあ……いただきます」

「いただきます」

 早速ステーキの一切れを箸で持ち、食べてみる。

 舌に触れた瞬間、驚くほど柔らかい食感に思わず目を見張る。歯を立てるまでもなく肉がほろりとほどけていく。おろしソースのさっぱりとした酸味がよく合う。

 ――さすが黒毛和牛……

 このステーキ肉は、黒毛和牛のヒレ肉だった。

 値段も通常の牛肉よりも相当高く、玲香も購入する際に悩みに悩んでいた。

 だが、自分で夕食は豪勢・・にしようと言ったからか最後には決断し、購入していた。

 箸で茶碗の白米をすくい、炊きたての米のふっくらとした甘みが肉とソースの余韻と合わさる。

 素材が良いのはもちろんだが、焼き加減も完璧だった。さすが玲香としか言い様がない。

 ついつい食事に夢中になってしまった。

 ――きっと玲香さんも夢中に食べているんだろうな……

 と、思いながら玲香の方を見る。

 だが――

 何故か、玲香と目が合った。

「え?」

 玲香は食事をする手が止まっていた。

 あの(・・)玲香がステーキの半分も食べていない。

 どういうことだろう。

「玲香さん? どうしたの?」

 健一が声をかける。

 だが、玲香は健一の言葉を聞いているのか聞いていないのか、わざとらしくこほん、と咳払いをひとつした。

「健一さん」

「な、なに、玲香さん……」

 やけに真剣な表情の玲香に戸惑う健一。

「今日は、楽しかったわね」

 玲香が言ったのは、昼間、二人で出掛けた時の感想のようだった。

 構えていただけに、拍子抜けしてしまう。

「……楽しいと思ってもらえたのなら、良かったよ。――最後の方はバタバタしてしまって、申し訳なかったけど……」

 脱出ゲーム後のノープラン具合については謝る。

 玲香は首を振った。

「そんなことないわ。あれはあれで楽しかった。きっと良い思い出になるわ」

「そ、そうかな」

「……本当にありがとう、お義兄ちゃん」

「だから、それはやめてって――」

 と、そこまで言ってから、玲香の表情を見た。

 真剣な表情だった。

 食事の手も、完全に止まっていた。

「本当に、感謝しているの」

 まっすぐな視線を、こちらに向け、玲香は言った。

 いつもなら、恥ずかしくなって目を逸らしてしまう健一だが、今はそれをしてはいけないと、思った。

「……………………」

「母が再婚して、健一さんと義理の兄妹になると知った時、とても戸惑ったわ。うまくやれるのだろうか、と。しかも、同居するとなったら、いきなり二人きりだなんて」

「そうだよね。――でも、そうは見えなかったけど」

「それだけ気を張っていたってことよ。――健一さんの方は、すっかり忘れていたみたいだけれど」

 初日の朝のことを言っているのだろう。

「あれは寝起きだったから……」

 頭をかきながら言い訳をすると、玲香はふっと笑った。

「それから色々あったわね」

 玲香は今日までのことを思い返しているようだった。

「……そうだね……」

 健一も同意した。

「玲香さんとは、一年の頃からクラスメイトだったけど、話した事なんてなかったからなぁ。――義理の兄妹になっても、ほとんど会話なく過ごすと思っていたよ。でも、玲香さんの方から歩み寄ってくれたから」

「それは健一さんの方も同じ事をしてくれたからよ。こちらがそう思っていても拒否されたらどうにもならないわ」

「そうだね。じゃあ、二人とも頑張ったって事で」

「そうね」

 二人は顔を見合わせて、くすりと笑った。

「まさか、玲香さんとこんなに普通に話せるようになるとは思わなかったよ」

 女の子とをまともに話せなかった健一だが、玲香とは普通に話せている。

 まったく緊張しないかというとそうでもないが、少なくとも自分から玲香に話しかけることを躊躇することはなくなった。

「私もよ。――私は、健一さんのことを、今では本当の家族のように思っているわ」

「……そう思ってくれるのはうれしいよ。――僕だって、玲香さんのことは家族のよう――兄のようにありたいと思っているから。同い年なのにね」

 健一は苦笑した。

「そうね。私も、健一さんのことは、兄のように思っているところはあるわ」

「こんな頼りない僕のことをそう思っててくれたんだ。知らなかった」

「……頼りない部分も含めてお義兄ちゃん(・・・・・・)という感じかしら」

「……なるほど」

 健一が納得したようにつぶやくと、玲香は「でもね」と続けた。

それだけ(・・・・)ではないの」

「え?」

 玲香の言っている意味が分からず首を傾げる。

 玲香は続ける。

「健一さんのことは、お義兄ちゃんのように想っている(・・・・・)。それは嘘偽りない事実だわ。でも、それだけ(・・・・)ではないのよ」

 玲香は、含みのある言い方をした。

「どういうこと?」

 健一は首を傾げる。

 義兄のように思っているが、それだけではない、というのは、どういうことだろう。

 健一が首を傾げていると、玲香がジト目でこちらを見ていた。

 察しの悪い健一に対して不満げな表情をしていた。

「まったく……健一さんはまったくわかっていないみたいなのではっきり言わせてもらうわ」

「え?」

好きよ(・・・)

「へぇ…………へ?」

 健一は、なにげなく返事をした後――思考停止した。

 玲香がなにを言っているのかわからなかった。

 そんな健一に、玲香は念押しをするように、はっきりと言った。

「私は、健一さんのことが好きなの」

「……………………………………………………」

 健一は混乱していた。玲香の言葉がすんなりと胸の内に入っていこない。

 ――僕のことを好き……それって……

 話の流れからして、兄妹的な好き、というわけではないだろう。

 だが、現実感がない。

「それって、どういう意味……かな?」

 確認の意味を込めて、健一は訊いた。

 そんな健一を見て、玲香は大きくため息を付いた。

「まったく……やれやれね。ここまでニブいと困るわね。――まあ、健一さんらしいと言えばそうかも知れないけれど」

「いや……その……」

「もちろん、恋愛的な意味(・・・・・・)での、好きよ」

 玲香は、はっきりと断定した。

 逃げ場はなくなったと言っていい。

 だが、未だ現実感がない。

 そんなこと(・・・・・)あるわけないと思っていたからだ。

「何度でも言うわ。好きよ、健一さん」

 玲香の告白は、なんのてらいもなく、気持ちの良いものだった。

「…………そう、なんだ……」

 ここまではっきり言われ、健一は赤面し、なんとか言葉を絞り出す。

「ふふん」

 玲香はそんな健一を見て、ようやく満足げな表情をしていた。

「とりあえず話の続きは、食事を終えてからにしましょう。せっかくのステーキがもったいないもの。――続きはそれからにしましょう」

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