221.大切な仲間
――――何故……何故一介の冒険者がこれほどまでの力を………
――――覚えていろ……我が消滅してもあのお方が必ず……必ず貴様を…………
驚愕。混乱。怒り。
そんな感情と悔しさを滲ませた表情を浮かべながら黒ずくめの悪魔が消え去っていく。
その人物こそダンジョンを根城にしていたラスボスその人。
人……と呼ぶには若干種族が違うが、件の悪魔は太陽を浴びた吸血鬼のように頭から徐々に塵になっていき、捨て台詞とともに完全にこの世界から消え去った。
悪魔の消滅と同時に突如としてどこからかファンファーレの音が鳴り出し、この時点をもってダンジョンの踏破を示される。
『これでダンジョンを踏破……できたのですよね……?』
『うん。随分とハードなダンジョン攻略になっちゃったけど、お疲れ様ヒナタさん』
ふぅ――――――――
俺たちは示し合わせることもなく大きな大きな息を吐く。
随分……随分とハードなダンジョン攻略だった。ちょっとヒーラーに対してのデメリットがあるダンジョン。レベルカンストしている俺なら何の困難もなく突破できるはずだった。
しかし終盤で突如として発生した雑魚の数グループ同時撃破。タンクというパーティーの要がいなくなるという縛り付き。それが少し……いや、かなり精神力を持っていかれた。ここまで全力を出したのはアフリマン戦以来だ。
1秒のズレも許さないヒールワークとカウンターヒールの見極め。自身に加えてヒナタさんのリキャスト管理。時間にしたら5分とかからない戦闘だったが密度がすごかった。もう脳が焼き切れるかと思った。
正直、アレに比べたら次のラスボス戦のほうが雑魚である。
ちょっと凝ったギミックが来た程度でダメージは大したことない上、1秒を争うようなスキル回しを要求されることもない。
当然何の困難もなく撃破し、俺は早々にダンジョンから退出する。
『っ………! 朝、か…………』
思わず顔をしかめるほどのまばゆい光。
ダンジョン踏破によって開放される山頂エリア。
そこから見えたのは更に遠くの山からわずかに顔を出す暖かな光だった。
どうやらゲーム内時間では夜を越して朝になるらしい。疲れもあって画面から差し込む光に目を細めていると、後方からもう一人の功労者が近づいてくる。
『セリアさん……』
『あぁ、もうムービー終わったんだね。見てよこの景色。山頂からの朝日も中々澄んでて綺麗だと――――』
『――――すみませんでしたっ!!』
後方から近づいてきた足音。それは勿論今日一緒に冒険をしたヒナタさんだった。
彼女ともこの景色を共有しようと振り返るとその足取りは重く、景色が広がる道半ばで立ち止まり勢いよく頭を下げてくる。
『すみませんセリアさん!勝手に突っ込んで余計なことしちゃって!セリアさんにはすごい迷惑をかけてしまって……!!』
『ヒナタさん……』
『ただのゲームなのにクモに驚いてパニックになって、おかしいですよね……。やっぱり私、ゲーム向いてないのかな……』
ははは……。
乾いた笑いが静かに聞こえてくる。鼻をすする音が聞こえ、声も心なしか潤んでいる。
笑っていても笑っていない。その心は真逆の感情を示していた。
確かにあの時はゲームのクモでも駄目なのかと俺も驚いたし、まさか奥まで引っ張るとは思わなかった。その後の戦闘も随分苦労した。
だけど――――。
『………ヒナタさん、ちょっとこっち来てもらえる?』
『そちら、ですか?』
『そう。階段登って、隣まで』
山頂の少し下、階段を下ったところにいる彼女を手招きして俺と同じ高さにまで誘導する。
登ったことで朝日に照らされるヒナタさん。さっきの位置からは見えなかったであろう景色に『わぁ……』と感嘆の声を上げる。
『綺麗……』
『綺麗だよね。何度かここに来たけど、今日ほど綺麗に思ったのは初めてだよ』
二人して見つめるのは遥か遠くの朝日。
雲の隙間から溢れる光芒に目を奪われつつチラリとヒナタさんに目を向ける。
長い黒髪と青のインナーが入った女の子。泣きぼくろや独特な虹彩を持つ彼女は随分と力をかけて作ったキャラクターだろう。光に照らされてキラキラと輝く瞳を見つめていると、俺の視線に気がついたのか彼女もこちらを見つめてくる。
『それは深夜だからとか、そういう……?』
『確かに深夜テンションもあるかもね。でも、それ以上に大事なのはヒナタさんっていう"大切な仲間"と一緒に見られたからだよ』
『っ――――!!』
綺麗な景色に感動する心。
ダンジョンを突破できた達成感は勿論あるが、それ以上に強いのは仲間と一緒に見られたからだ。
以前俺がここに来た時は一人でストーリーを攻略中だった。当時も綺麗とは思ったが、これほどではない。仲間と"楽しい"を共有するのはそれほどまでに素晴らしいものなのだ。
その言葉を受けて彼女は言葉に詰まり息を震わせる。
まさかと目を見開きながらも、彼女はゆっくりと口を開いた。
『本当に……?私も"大切"、なのでしょうか……?』
『ヒナタさんはもう俺にとって"大切な仲間"だからね。仲間なんだから迷惑なんてかけて当然だよ。それに、約束も守ってみせたでしょう?』
『…………"指一本触れさせない"』
続いて出た答えに俺は深く頷いてみせる。
殆ど一方的な約束だが、それでもやり遂げてみせた。指一本触れさせることなく守り切ることができた。
俺としては一緒に冒険を始めたあの日から彼女も大切な仲間だ。だから、あの程度の苦難などどうってことない。
『…………私、これからも一緒に冒険してもいいのですか?責任取って辞めなくて、いいんですか?』
『むしろ辞められると俺が悲しいよ。せっかく大切な仲間ができたっていうのに』
辞めるなんて大げさな。そうも思ったが、彼女はそれほどまでに深く責任を感じていたのだろう。
そんなことは必要ない。そう肩をすくめて見せると『そうですか……』と、か細い声が聞こえてくる。
『そう……ですか。私、誰かの"大切"になれたのですね…………』
『…………』
誰かの"大切"
その言葉にどのような意味が込められているのだろう。
今の俺にはわかりようがない。
彼女のつぶやきに返答はあえてしない。代わりに隣に寄り添って、すすり泣く彼女を優しく見守るのであった。
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私は、誰かの"大切"になったことはない。
親は私のことなんて見ていなかった。
二人とも仕事が忙しく、学校は世間体を気にした二人が私を連れて共に引っ越すせいで頻繁に転校する毎日。
ただ義務だからと親は事務的に私に生活できるだけの知識を与え、教育は雇われた誰かに放り出された。
だから父も母の顔も殆ど覚えていない。最後に会ったことさえ数年単位前のこと。
たまたまスカウトされてアイドルになって、大切だと思えそうな仲間ができかけたけれど、そうなる前に親は私にアイドルではなく女優の道を選べと言いつけて海外の学校に転入させた。
そこは生徒全員が敵となる過酷な環境。数多くの生徒と限られた枠。少しでも隙を見せればクラスメイトに虐げられてしまう学校で"仲間"と呼べる人なんて一切いなかった。
学校でのカリキュラムを終え、戻ってきた日本。
ほんのちょっとしか在籍しなかったのに、何故か手厚く面倒見てくれている社長に勧められたゲーム。最初はちょっとした暇つぶしだった。ゲームを通して色々な人と関われとは言われたけどたかがゲーム。大した感情を持たずに始めた。
誰も……誰も私のことなんて見ていない。
『ここならきっと、キミの求めているものが見つかるよ』と社長に言われたときも聞き流しながらゲームを起動した。
しかし彼に出会い、彼に助けられ、守ると言ってくれた。
そして言ってくれた。"大切な人"だと。
たかがゲーム。
それなのに私は彼のその言葉に救われた気がした。
女優やアイドルとしてのアイコンではなく私個人を必要としてくれる人がいる。大切だと言ってくれる人がいる。
そう思うだけで、どこか寒さを覚えていた心が温かいもので満たされていった。
あぁ……これは私の取れる行動は一つしかない。
誰も居ない部屋、ヘッドセットを外して画面から視線を外し、窓から見える輝かしい月夜に目を向ける。
「――――絶対に貴方を見つけてみせますからね。セリアさん」
"大好き"って言ってくれましたし……ね。
光の反射で窓に映るその口は、三日月のような形になっていました―――――




