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ネトゲの相棒を男だと思って結婚したら、リアルは大人気アイドルだった件  作者: 春野 安芸
第2章

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170.暴走のあとしまつ

「すみません陽紀くん……あんな、あんなはしたない真似を……」

「全然、気にしてないよ。きっと変なのに当てられたんでしょ」

「本当にすみません……。私も3人の姿を見たら私が私じゃ無くなったといいますか……」


 若干太陽も落ち始めた冬のおやつ時。

 冬というものは驚くほど太陽が低いものでまだ12時、まだ太陽が天辺を通り過ぎたばかりと悠長に構えていたらあっという間に日が暮れてしまう。

 しかしここは日本の中でもまだマシなほう。昔ゲーム内で北海道に住む人から聞いたところによると14時でほぼ夕焼け、17時には完全に真っ暗だというではないか。1時間以上差があるこの街と北海道の太陽の差。そんなの洗濯物は乾くのかと疑問に思ったほどだ。


 そんなこんなで筋肉痛になった日のお昼すぎ。俺は帰宅する彼女を送るため最寄り駅までともに肩を並べて歩いていた。

 今朝方修羅場もどきを生み出した原因である筋肉痛はお昼を過ぎる頃には段々と治っていき、今となれば痛みを我慢しさえすれば問題なく歩くことが出来るようになっていた。

 きっと明日にはすっかりいつものように万全となっているだろう。まぁ、明日は体育があるからマラソンで筋肉痛に逆戻りとなるのだが……。


 日の日差しを正面から浴びながら歩く2人きりの岐路。隣を歩く少女は少し背中を丸め申し訳なさげに、恥ずかしそうに頭を下げる。

 謝罪するのは先程家で起こった暴走未遂事件のこと。むしろ俺からしたらあの程度で済んだことによる驚きのほうが強い。右ストレートか蹴り、もしくは刃物が出てきてもおかしくなかった。なのに怒るだけだった彼女の度量には頭が上がらない。


「むしろ俺が一番悪いよ。ロクに返事もできてないし、さっきだって本気で拒絶する手もあったんだし」

「いえっ……!はい。そうですね……。でも陽紀くんは私のこと、拒絶したりしないのでしょう?」

「まぁ、うん」


 困ったように笑う彼女から発せられた見抜かれたような言葉に俺は思わず目を逸らす。

 そのとおりだ。拒絶はしない。できない。結局のところは彼女らに嫌われたくないという根底的な思いも抱えているから。

 結局は心の弱さ。しかしその想いは同時に麻由加さんを裏切ることにも繋がりかねない。相反する思いと罪悪感に目を伏せると、スッと伸びてきた手が俺の手を握って思わず顔を上げる。


「陽紀くんはそれでいいのです。もし強く2人を拒絶するような人だったら私、あなたのこと好きになっていなかったと思います。きっとあなたは弱いとか思うのかも知れませんが、そのような優しいところが好きになった理由でもありますから」

「ま、麻由加さん……!」


 彼女の懐の深さは地の底よりも深かった。

 握られる暖かな手に春の日だまりのような笑顔。何も気に負わなくていいと、そう告げる彼女の言葉は今の俺にとって何よりの救いでもあった。

 その優しさに思わず涙腺も崩壊しそうになったが突然ピッと人差し指が俺の前に現れて言葉も涙も引っ込んでしまう。


「でも、陽紀くんも悪いんですよ!」

「えっ……」

「だって、突然あんなに情熱的なキスをして……その……えっと……」


 俺が悪い。油断していた時の一撃。

 さっきとは一転してその言葉が強く強く頭の中で反響した。

 あの時は俺からの想いを伝えるために行動に出た。しかし彼女にとっては良くなかったかのように聞こえてサッと身体の熱が引いていく。

 受け入れてくれると思ったがやはりダメだったのか?その後一転して彼女からの猛攻をすっかり忘れた俺は危機感を覚える。


「もしかして嫌……だった?」

「そ、そんな事ありません!嫌なわけ……!むしろその逆といいますか……もっと欲しかったといいますか……あうぅぅ……」


 よかった。

 嫌がっているわけじゃなかったんだ。


 安堵する俺とあっという間に顔が紅く染まっていく麻由加さん。

 午前中俺の部屋で対面した時に見えた彼女は電気の付いていない部屋ということもあって少し表情が読み取り辛かった。

 けれど今は燦々と光り輝く太陽の下。その表情は明るい日の光に照らされていてこれでもかと言うほど耳まで紅くなっている。

 言葉の最後のほうは小さくて聞き取ることはできなかったが、茶色の髪で顔を隠そうと模索する姿は何よりも新鮮で可愛く思えた。


「でもよかった。嬉しいって言ってくれて」

「も、もうっ!ほら、電車の時間も迫ってますし急ぎますよっ!!」

「わっ! ちょっと待って!俺、今走れない……!」


 まるで自らの感情を隠すように、そして誤魔化すように俺の手を更に力強く握った彼女は先導して引っ張りつつ駅への道を慌てたように走ろうとする。

 俺の懇願により走ることだけは思いとどまってくれたものの、すぐにその手は離されて足さえも動きを止めてしまった。何事かと空いた距離を埋めるものの彼女は背を向けうつむいたまま動こうとしない。


「どうしたの?」

「その……思い返せば電車まで時間はありました。だからその……寒くなってても冷たくなってますし、えっと……」


 麻由加さんとしては珍しく、イマイチ要領を得ない発言だったがすぐにその意図を理解することができた。

 背を向けているものの片手だけはこちらへと浮かせていて今か今かと辺りをさまよっている。


 目も手も彷徨う姿。あぁ、きっと俺からしてほしいんだな。

 そう答えに行き着いた俺はそんな彼女の手をそっと取り、ジャンパーのポケットへ自分の手ごと突っ込んでみせる。


「……!」

「そうだね。寒いし、温まりながらゆっくり行こうか」

「……はいっ!」


 俺の横に隣り合った彼女はそっとこちらに身体を寄せ2人一緒にあるき出す。

 そのスピードはゆっくりゆっくりと、今この時を噛みしめるような歩みだった。


 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



「ただいまー」

「おかえりおにぃ~」


 麻由加さんを送って帰宅の路。

 特別大したイベントもなく無事に帰ってこられた俺をリビングで待っていたのは我が妹雪だった。

 いや、最近出したコタツでぬくぬく温まりながらアイス片手にライブ映像を見ている姿を待っていたと評するのは議論の余地が大いにあるが、それでも返事があるのは悪くないものだ。

 スピーカーから流れる若葉の歌声以外の音が無い空間。あたりを見渡してもよく見る姿が見えなかったことに気づいて思わず雪に声を掛けた。


「なぁ、若葉は」

「若葉さんは帰ったよ。今日こそ荷ほどきするんだってさ」

「へぇ……」

「甘えちゃうからこっち来ないでとも言ってたよ」

「……そっか」


 引っ越して一週間。未だあの部屋の荷ほどきは済んでいないという。

 やる気が出たのはいいことだ。自分の力でやろうという心構えも。

 しかしその分この部屋が静かになる。ここの所ずっと日中若葉が居たものだから居ない部屋ってこんな感じなんだな……なんだか少し懐かしいというか、なんというか。


「寂しい?」

「そ、そんなわけないだろっ!」

「そう?私は寂しいな~。あぁそうか。おにぃはさっきまでイチャイチャして若葉さん成分補給してたもんね~」

「なんだよそれ……」


 なんだよ若葉成分って。

 あれか?葉緑素的な何かか?俺光合成しちゃうのか?


「ま、いいや。ところでおにぃ、来週のチケット頂戴」

「あん?チケット?何それ」

「しらばっくれても那由多ちゃんから聞いて知ってるよ!23日の学校のイベント!チケットあるんでしょ!」

「あぁ……」


 突然問われたチケットの話題。

 何のことかと本当に分からなかったが、そこまで言われてようやく答えにたどり着いた。


 23日。学校にて行われるちょっとした文化祭もどき。

 文化祭といっても出店が大々的に出るわけではなく文化部の部活の成果を展示する、本当に文化のイベントだ。

 習字や美術、吹奏楽など様々なイベントがあるが特に面白いものではないと聞く。一応各生徒につき2人が入場できるチケットが配られてはいるがその中身からあまり多くの保護者が来ることもない小さなイベントだ。

 まさか雪が興味あるだなんて思わなかった。でも入試受けるのだし部活の参考にもなるだろう。そう納得して財布からチケットを取り出す。


「ほら」

「ありがと。これでお母さんも喜ぶよ」

「母さんも一緒に来るのか?」

「まぁ……そうだね。楽しみにしててねっ!」


 チケットを受け取った雪は大事そうにそれをポケットにしまい込む。

 母さんが来るなんて意外だな。明日は23日といえど平日だし俺が特別何か展示や発表をするわけでもないのに。

 そのまま雪は再びライブ映像に没頭し始める。しかしチラチラとチケットを見てニヤける雪を見て、俺は一抹の不安を感じるのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] すぐに痛みが出て、すぐに引くのは若い証拠… さて、二枚のチケット。誰が来るんでしょうねえ…?
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