冤罪と裏切りと大罪人
「我が王に、いや!ここにいる全ての者に今こそ明かそう!!このユウマ・カナドメなる者はあろう事か魔族と手を組み、我らが帝国の領土を侵略しようと画策していた国家反逆の大罪人だっ!!」
アルバの高らかな声が中庭に反響する。
「……は?」
と、同時に周囲の視線が俺に集まった。
ちょっとまてっ!
なんの話だ!!
いつ俺がそんなことっ!!
予想外の発言に言葉が出てこない。
俺があたふたしている間も周囲の人々の疑惑の念は強さを増していく。
まさかこいつ、計画していたクーデターを俺がシルバたちにバラす前に、逆に俺を悪人に仕立て上げるつもりか!!
アルバの思惑を理解した俺は、とっさに反論する。
「ま、待てよ!!俺は内通なんかしていない!魔族と遭遇したのだってダンジョンにいたアイビスだけだっ!」
俺は周りの人々に言い聞かせるように大声を挙げた。
しばらく唖然として立っていたクリスも慌てながらにアルバに食い下がった。
「その通りですアルバ殿!!冗談にしても、これはあまりにも悪質過ぎますよ!」
「カッハッハ!!何が冗談なものか!わしは本気だクリス殿!その証拠に奴にだけ魔族の証である闇が扱えるではないかっ!魔族の仲間であると言う証明にこれ以上の何がある!」
「違うっ!これは俺の属性が魔属性だからだ!お前こそ、昨晩、俺にクーデターを起こそうとしていることがバレたから、冤罪を着せて俺を貶めようとしているんたろ!!」
『クーデター』という言葉にシャルル王を初めとした城の重役たちの空気が変わる。
「……わしが、クーデターを計画しているじゃと?」
それまで高笑いしていたアルバの顔が一気に強ばった。
「そうだっ!お前は昨晩、城の通路に隠された秘密の部屋でクーデターの計画を練っていた!俺は昨日、お前の後をおっていたんだ!そこで、お前は俺が後ろをつけていることも知らずに秘密の部屋に入っていったんだ!」
よし!
このまま押し切れれば、逆にアルバが悪い方向に進めることが出来る。
そう俺は確信した。
あともう一押し!
「お前が今語っているのだって……」
そこまで自信満々に言い放った時、目の前で俺を睨むアルバの表情が一瞬、笑ったように見えた。
何が悪い予感が走る。
今の流れは俺が勝っているはずなのに、どこか腑に落ちない。
まるで、今までのやり取り全てがアルバの描いたシナリオ通りに進んでいるような……
「何か勘違いしているようだな魔属性の勇者とやら。」
それまで異議を唱えることなく話を聞くことに徹していたアルバがついに口を開いた。
「…何言ってんだ、俺が勘違なんかしてるわけ……」
「いや、確かに大きな勘違いをしている。もし勘違いではないと言うのであれば、貴殿は取り返しがつかない嘘をついているな」
アルバはそう言い放った瞬間、気味が悪い程の笑みを俺に向けてきた。
「いまさっき貴殿は城の通路に隠された秘密の部屋等と話しておったが、第一、そんな部屋はこの城には存在しない。」
え?
「い、いや!確かに秘密の部屋はあった!四階の東側の通路で、お前は壁を叩いて扉を出現させてただうがっ!」
「ふん!戯言を!もし仮に貴殿の言っていることが本当ならば、この城の主人でおわせられるシャルル王が存在を知らないはずがない!幸いにも、今は王直々にこの場に来て頂いているのだ。貴殿の口から聞いてみるが良かろう」
俺は急いでシャルル王の方を見る。
が、俺と目があったことに気がついたシャルル王は「そんな部屋は知らん」とばかりに首を横に振った。
なっ!?
その光景を見ていたアルバは、俺に見せつけるかのように鼻で笑うと、さらに続けた。
「このように、この城の主であるシャルル王がその存在を知らない時点でこの者が全くの嘘を吐いている明らかである!」
つい先程までアルバに向けられていた疑惑の目が一瞬のうちに俺の背中に集まった。
まずい!アルバの奴、これを狙ってやがったのか!
このままだとアルバの掌の上だ。
なにか形勢逆転の一手を。
だが、アルバはそれを良しとはしなかった。
また、すぐに語り出す。
「そして、次にこやつはわしが昨晩その部屋に入っていったと言った。しかし、それもまた嘘である。わしは昨日から今日の明朝までずっと自身の研究室で研究して一歩も部屋の外に出ておらん!その証明はわしの部屋の門番をしていた者たちに聞けば分かることよ!」
すると、観衆の兵士たちの中から「確かに、アルバ殿は一度も部屋の外には出られていなかったな」という会話がちらほらと挙がりだす。
「いや、でも俺はたしかに昨日の夜に……」
「何よりも、わしを見たという昨晩、なぜ貴殿はたった一人だりで夜の城内を徘徊しておったのだ?他の勇者殿は全員自室か大食堂にいたはずなのじゃがな?」
アルバが言い放ったその核心的な言葉は一瞬のうちに俺から体温を奪った。
何もかもアルバの思惑通りだった。
アルバが昨日から部屋から出ていなかったことは証明され、一方の俺は、昨日の夜の御飯の時間に一人抜け出していたことは、この城の侍女やその場にいたクラスメイトを始め誰もが周知の事実だ。
誰がどう見ても俺の劣勢だった。
早く現状を打開しなくては。そうは思うものの何も言葉が出てこなかった。
今の俺が何を言おうとも言い訳にしかならないことは既に明白だったから。
黒いモヤが俺の心を覆っていく。
やばい、どうしたってアルバに口論では勝てない。
一気に吹き出し始めた冷や汗が、小花代の治癒によって治りかけていた火傷の痕をヒリヒリと刺激した。
周囲の疑惑の目が俺を冷たく刺すのだ。
これと同じ冷たさをつい最近も感じた事を思い出す。
『召喚の儀』で俺だけ神器が現れなかったあの時と全く同じだ。
どうしてこうなった!
……嫌だ、あんな苦痛を感じるのはもうまっぴらなんだ!
怖い、怖くてたまらない。
呼吸が出来ない。
どんなに息を吸っても体に酸素が回らない。
思考がまとまらない。
その焦りがまた俺から空気を奪っていく。
顔をあげて観衆の方を見ても、いまだに数えきれないほどの視線が俺を射抜き続けていた。
やめろ、俺をそんな目で見るな。
心臓の鼓動のだけが速く大きくなって、その他の音は瞬く間に遠くに消えてしまう。
「そ、それと彼が反逆者だと断定するのはまちがっていますっ!」
不穏な空気を察知した小花代がすかざずフォローに入ってくれる。
が、それもアルバにはお見通しだったのだろう。
「聖女様よ、わしは以前からその男を怪しいと思っておったのです。そして、つい先日城内で見回りをしていた際決定的な証拠を見つけましてな……」
アルバはそう言うと、ローブの胸元に着いたポケットから何かを取り出した。
そして放り投げると、それはキンッと音をたてて地面に転がった。
アルバが投げたのは小さなメダルだった。
そのメダルには、シャルル王の肖像だと思われる画が掘られていた。
この国の通貨ではない。
何か偉業を成し遂げた者のみが国王直々に授与される特別なメダルだ。
そしてそれは、俺がダンジョンで魔族アイビスを倒した証にシャルル王から譲り受けたメダルでもあった。
「このメダルは、王の寝室に繋がる廊下に落ちていたものだ。」
アルバはゆっくりと俺の方に歩み寄ると、見下ろしながら言った。
「原則、王の許しがない限り近衛兵以外あの廊下より先には入っては行けないことになっておる。その理由が分かるか小僧?」
「……お前っ!!」
もはや、答える気にもなれなかった。
恐らくこのメダルは、昨晩アルバに見つかりそうになって逃げた時に落としたのだろう。
それを見つけたアルバが俺を貶めるために利用したのだ。
俺は耳を両手で塞ぎ、何も見えないように下を向いて丸まっていた。
その姿を見ながらアルバは満足そうに続ける。
「誰かが王の就寝時に寝込みを襲う可能性があるからだ。すなわち、あの廊下にこのメダルが落ちていたと言うことはメダルの持ち主が王の暗殺を企てていたことになる。…そして、最近になってこのメダルを授与されたのは一人しかおらん。」
結果は分かりきっていた。
アルバが誰を指して言っていたのかを口にする前に大勢の観衆たちが俺の名前を口々に呟いた。
そして、その呟きはすぐに観衆の叫びとなり、俺への侮蔑に変わった。
「ふざけんな!お前俺たちを騙してたのか!」
「この裏切り者!地獄に落ちろ!」
「私も彼一人だけ魔族と同じ力を持っていたのは怪しいと思っていたのよ。」
「あんたは勇者なんかじゃない!売国奴!」
朦朧とし始めた耳内には侮蔑の声と共にシャルル王の苦々しい声が聞こえてくる。
「あの者を捕らえよ。」
取り囲んでいた兵士たちが持っていた槍を俺につき向ける。
無気力に座り込んだままの俺は、されるがままに押し倒され頭を地面に擦り付けた。
小花代が即座に俺を庇おうとするも、数人の兵士によって引き離されてしまう。
「っ!まって…!」
小花代はそれでも必死に手を伸ばすが、それが俺のところまで届くことはなかった。
その日から俺は国を救う英雄から一転、守るべき人々をを裏切った大罪人へ成り下がったのだった。
帝都のはずれ、おそらく素人冒険者が最初に挑むであろうダンジョン『ハイネン洞窟』を取り囲む森の中。
日は随分前に沈み、今はうっそうとした木々が風に揺られてザワザワと音を立てて気味が悪い。
いかに初心者用ダンジョンとは言っても流石にこの時間帯までダンジョンに潜ろうとする変わり者は居なかった。
しかし、この日は違った。
薄気味悪い森の中でひとつだけテントが張ってあり小さな明かりが灯っていた。
そこには男がひとり。
赤黒いロングコートを羽織った男はこの場に不相応な鼻歌を歌いながら夕食の鍋の準備をしている。
そこに買い物袋を抱えた青年が現れた。
青年は男を「師匠」と呼び、今がた帝都で話題になっていた話について語り出した。
「なぁお師匠、この国に何人か勇者が召喚されたって話は前したろ?」
青年の質問に対し男は、ん、あぁ。と適当に返答すだけで煮込みあがった汁の味見を行ってばかりだ。
そんな男をよそに青年は尚も話を続ける。
「それでな。そん中の一人がどうやら魔王軍の内通者だったみたいでよ。近いうちに処罰されるらいんだ。」
青年は「こりゃ晒し首だな」と付け加え親指で自身の首をなぞった。
それを聞いた男は、突然それまで持っていたお玉を放り投げて勢いよく立ち上がる。
「それは本当か!?」
青年も男がここまで話に食いつくとは思っていなかったようで、少々驚いた仕草をした後、
「結構話題になってたから嘘ではないよ思うぜ。」
とおどおどしく答えた。
男は急に真剣な表情になって青年に言う。
「イオ、明日は帝都に向かうぞ。もしかしたらしばらく留まるかもしれん。」
男はそれだけ言うと、出来上がった鍋を一人でパッパと食べてテントに入っていった。
男にイオと呼ばれていた青年も、しばらくは呆然としていたが、師匠に遅れをとるまじと急いで夕食を済ますと明かりを決して眠りについた。
二人が眠った後森は再び静かさを取り戻した。




