巧妙な罠
その日は今にも雨が降り始めそうな程、空は暗く厚い雲に覆われていた。
ベットの上で目を覚ますと同時に偏頭痛が襲う。
日光が届かない為か、部屋全体がどんよりとした空気に包まれている。
「嫌な日だ………」
部屋のカーテンを開けて、空に広がる曇天に一人呟いた。
暗い空模様がこれから起こる何か不吉なことを予兆しているみたいだった。
その瞬間、妙な寒気が背筋をなぞる。
手元を見ると先程から自分の手の震えが止まらないことに気がついた。
もう片方の手で抑えても無意識のうちにその手もワナワナと小刻みに震え始めてしまう。
「何ビビってんだ俺?」
忘れようとしていた昨夜の記憶が明々と思い出されてくる。
あぁくそ!これもかしこも興味半分でアルバなんかの後をついて行かなければ…
まさかアルバがクーデターを画策していたなんて思いもしなかった。
そもそも前提問題、いつ魔族軍がこの帝都に攻め入って来るかも分からない状況なのに、クーデターなんて起こしたら、戦の準備も整わないまま陥落してしまうにきまっている。
アルバだってそんな事ぐらい分かっているはだ。
なんで、クーデターなんて……!
そんな思考が俺の頭の中をめくるめく。
このことは俺しか知らないのだろうか?
今すぐにでもクリスやシルバに伝えるべきなんだろうか?
いや、あの場にはアルバ以外の人物もいたから、誰が敵かも分からない状況で、無闇やたらに口外するのはかえって自殺行為だ。
少しも考えがまとまる気配がない。
いや、でもそれ以上に、一心不乱に逃げてきたは良いものの、アルバに盗み聞きしていたのが俺だとバレていないだろうか?
もしバレているならあの老人が俺の事を見逃してくれるはずがない。是が非でも俺を殺そうとして来るはずだ。
そう考えただけで、計り知れない恐怖が背後から俺を襲ってくるようだ。
パッと後ろを振り返る。
そこには誰もいない。
いつも通りの俺の部屋の光景が映っているだけだ。
大丈夫だ、落ち着け
きっと誰にも俺だとバレていないし、何も起こらない。
だから、冷静になってこれからの行動を考えるんだ。
とりあえず、今は何事も無かったことのように振る舞うんだ。
挙動不審になってアルバに怪しまれることだけは避けないと。
そして、何か怪しい行動をとっているがいないか観察してクーデターの共犯を見つけるんだ。
これからやることが決まって手の震えも少し治まった。
よし、大丈夫だ。
俺は出来る。
今までだって上手くやってきたじゃないか。
ふたつみっつ深呼吸をする。
そろそろ朝稽古の時間だ。
パッパと身支度を済ませ部屋の玄関の前に立つ。
これからの為にも早く成長して少しでも強くならなくては。
そう思い、ドアノブに手をかけて部屋から出ようとしたときだった。
「ダメだ京!扉を開けんなっ!」
突如背後から聞こえてきた声が俺を呼び止めた。
「え?!」
驚いて振り向くと、部屋の奥の窓の外から危機迫った表情で綾崎がこちらを見ていた。
「何やってんだ綾崎。そんなところで。」
俺が綾崎の方に歩み寄ると、彼女は窓を叩きながら再度叫んだ。
「いいから早くこっから逃げろ!早くしねぇと兵たちが押し寄せてくるぞ!」
この時は綾崎が何を言っているのが意味が分からなかった。
だが数秒後、彼女の言っていることの意味を身をもって知ることになる。
「は?だから何言って………」
そこまで言いかけたとき、玄関の扉に大きな魔法陣が浮かび上がった。
次の瞬間、魔法陣から放たれた熱戦が強烈な爆風とともに俺を吹き飛ばした。
ベランダの外まで放り出された俺は、部屋が城の5階に位置するのもあって、受け身も取れないまま中庭の地面に勢いよく落下した。
「………ガハッ!!」
続いて失神してしまいそうな程の激痛が全身を襲う。
……っ熱いっ!!
身体中には先程までは無かったはずの大きな火傷が出来ていた。
何が起こったのか分からない。
突然のこと過ぎて状況の把握が出来ない。
分かっているのは、突如として俺の部屋が爆発し、自分は今、大きな火傷を負いながら地面に突っ伏していることだけだ。
痛い!!
体が燃えているみたいだ。
特に扉側に向けていた背中は火傷が酷すぎて激痛以外の感覚がない。
「…誰か、誰か助けてくれ!」
掠れた声で助けを求めるも、誰にも届かないまま曇天の空に消えてしまう。
すぐに、中庭の渡り通路から鎧を身につけた大量の兵士が入ってきた。
しっかりとした隊列を組みながら俺をの周りを円のように取り囲む。
まるで、敵の捕虜を逃がさないようにするかのように。
「…頼む、助けてくれ。医務室まで連れて行ってくれ」
激痛に耐え、涙を浮かべながらも兵士たちに懇願するが、誰一人として手を差し伸べてはくれない。
「頼む…頼むからっ…」
視界が霞み始めた。そろそろ痛さで意識が途切れてしまいそうだ。
俺を取り囲む兵士たちのせいで見えないが、渡り通路の方では爆発に続く騒動に気がつき、集まって来たであろう侍女やクラスメイトたちの声が増え始めていた。
そして、その中に聞き覚えのある少女の声が響く。
「…こば…ない…」
朦朧とする意識の中でその少女の名前を呼ぶ。
発した声は今までのどの声よりも小さかったが、少女の耳にはしっかりと聞こえていた。
「悠くん?……もしかしてそこにいるのっ!?」
少女は俺を取り囲む兵士たちの壁を押しのけて円の中心へと急ぐ。
「危険です!お戻りください!」という、兵士の制止を無視して壁の最前列まで来ると、大きな傷を負い倒れている俺を目にして少女はハッと息を飲んだ。
「悠くんっ!!」
小花代は慌てて俺の元まで駆け寄り、急ぎ回復魔法の詠唱を始めた。
身体中を襲っていた激通が少しだけ軽減していくのが分かった。
「ありがとう、小花代…」
「いいから、今は喋らないで!自分の身体のことを考えて!」
小花代はいまだ回復魔法をかけ続けてくれている。
ゆっくり目を閉じるとポタポタと何かが俺の顔に落ちてきた。
見ると、小花代の瞳から大粒の涙が溢れている。
その顔を見て、初めて俺の助けを求める声が誰かに届いた気がした。
「ありがとう小花代、ホントにありがとう」
辛うじて感覚が戻り始めた左腕を持ち上げ、小花代の涙を拭ってやる。
傷の癒え以上に彼女の優しさが何よりも心地良かった。
だが、そんな時間も長くは続かない。
取り囲む兵士の背後から不気味な萎れ声が杖をつく音と一緒に近づいてくる。
「大罪人に対し勝手に回復魔法をかけて貰っては困りますなぁ、癒しの聖女様。」
っ!この声はっ!!
すぐに、誰の声なのか理解した。
同時に、一連の騒動を企てた容疑者とその理由と意図についても。
クソっ!殺しにかかるにしても行動が早すぎる!
まさかここまで手を打つのが早いとは思わなかった。
しかも、こんなにも大胆な手段を使って……
その声の主は、ゆっくりと俺の目の前まで歩み寄ると憎たらしく笑った。
「それは一体どういう事でしょうか、アルバさん」
隣に座る小花代がアルバに聞き返す。
静かに且つ冷静に返答してはいるが、音色は信じられないほど冷徹である。
あの小花代が本気で怒っているのだ。
長年一番近くから小花代を見てきたが、ここまでキレているのは見たことがない。
「ですから、その罪人の傷を癒すのをやめてもらいたいと言っておるのです」
だが、なおもアルバは態度を崩さない。
「傷を癒さない?あなたは何を言っているのですか?傷人がこんなにも苦しんでいるのに助けないはずがないでしょう!……それに、彼が大罪人ですって?一体彼が何を犯したと言うのですか!?」
怒りを抑えられなくなった小花代が、勢いよく立ち上がる。
「……もしかして彼を襲ったのもあなたですか?……もしそうであるならば、勇者に対する反逆と見なし、私はあなたを絶対に許しません!」
しかし、そこまで聞いたアルバはカッハッハと笑った。
「そうですなあ、もし、わしが真の勇者様に反逆したのであれば、どんな惨い刑罰でも受けましょうぞ」
そして、アルバは持っていた杖の先を俺に向ける。
「じゃが、そこの罪人が本当に勇者であれば、の話ですがな」
……………は?
意味が分からなかった。
一転シーンと静まり返った空間の中に、アルバが放ったそのセリフだけが響いた。
曇天に染まった空からポツポツと降り始める。
「あ、あなたは、何を言って……」
突然の意味不明な告発に、流石に小花代も戸惑っているようだ。
そこに、騒ぎを聞きつけたシャルル王とそれを護衛する魔術師団長のクリス、騎士団長のベルトランと副団長のシルバも到着した。
「一体何事だっ!!この騒ぎはなんだっ!!」
状況を収めるためにベルトランが割って入る。
しかし、アルバは彼らの到着を待っていたかのように、声を荒らげてさらに続けた。
「我が王に、いや!ここにいる全ての者に今こそ明かそう!!このユウマ・カナドメなる者は、あろう事か魔族と手を組み、我らが帝国の領土を侵略しようと画策していた国家反逆の大罪人だっ!!」
近くに一つ雷が落ちる。
その後すぐ、まるで堤防が決壊したかのような強い雨が降り注いだ。




